記者の目 / 仲介・管理

2017/3/21

「郊外」「駅遠」賃貸でどう勝つか?

「想い入れ」と「緻密な戦略」とが融合した「SORAMICHI」

 新築物件の大量供給や少子化、分譲住宅との競合などを背景に、ますます厳しさを増している賃貸住宅市場。中でも、駅まで徒歩10分を超えるような「駅遠」物件と、都心まで30分を超えるような「郊外」物件で「満室経営」を実現するには、たとえ新築物件であっても相当「汗をかく」必要がある。そうした中、事業者の想い入れに加え、緻密なマーケティングと、そこから浮かび上がったユーザーに訴求する作り込みで話題となっているのが、賃貸住宅等の企画・コンサルティングを手掛ける(株)SPEAC(スピーク)と賃貸管理会社の(株)ハウスメイトパートナーズの協働による賃貸住宅「SORAMICHI」(さいたま市大宮区、総戸数8戸)だ。

「SORAMICHI」外観。建設地周辺の「高くて広い空」の雰囲気や、隣接する3階建ての建物と比べた「SORAMICHI」の階高の高さがよくわかる
「SORAMICHI」外観。建設地周辺の「高くて広い空」の雰囲気や、隣接する3階建ての建物と比べた「SORAMICHI」の階高の高さがよくわかる
配棟上の最大のウリが「中庭」。住戸への通路を兼ねた中庭にはレンガが敷き詰められ、入居者のコミュニティスペースに。共同住宅の通路には屋根を設けなければならないが、建物用途をメゾネットと共同住宅とに分けることで屋根を付けず、空の見える中庭を実現した
配棟上の最大のウリが「中庭」。住戸への通路を兼ねた中庭にはレンガが敷き詰められ、入居者のコミュニティスペースに。共同住宅の通路には屋根を設けなければならないが、建物用途をメゾネットと共同住宅とに分けることで屋根を付けず、空の見える中庭を実現した
2階のワンルーム玄関から中庭を見る。階段もレンガ貼り。メゾネット住戸のサンルーム窓からのぞくレンガ床と、中庭のレンガが連続した空間となっている
2階のワンルーム玄関から中庭を見る。階段もレンガ貼り。メゾネット住戸のサンルーム窓からのぞくレンガ床と、中庭のレンガが連続した空間となっている
メゾネットも玄関部分はレンガ貼りの土間スペース。開け放つと、中庭と連続した空間のようだ
メゾネットも玄関部分はレンガ貼りの土間スペース。開け放つと、中庭と連続した空間のようだ
メゾネット2階のLDK。高い吹き抜け空間が介抱的。天窓からは明るい陽が入る
メゾネット2階のLDK。高い吹き抜け空間が開放的。天窓からは明るい陽が入る
インナーテラスは、バルコニー代わりに洗濯物干しスペースとして考えられており、頭上に太い鉄製のハンガーパイプが渡されている。「人がぶら下がっても大丈夫」なほどの強度があるので、使い道はいろいろありそうだ
インナーテラスは、バルコニー代わりに洗濯物干しスペースとして考えられており、頭上に太い鉄製のハンガーパイプが渡されている。「人がぶら下がっても大丈夫」なほどの強度があるので、使い道はいろいろありそうだ
室内は無垢フローリングをはじめ、天然素材による手作り感漂う空間。とにかく、天井方向の開放感がすごい
室内は無垢フローリングをはじめ、天然素材による手作り感漂う空間。とにかく、天井方向の開放感がすごい
ワンルームは、階高をいかしたロフト付き。一般的なワンルームアパートのロフト空間は天井が頭に当たるが、ここのロフトはその心配は一切ない
ワンルームは、階高をいかしたロフト付き。一般的なワンルームアパートのロフト空間は天井が頭に当たるが、ここのロフトはその心配は一切ない

◆低層住宅街の「広い空」を取り込む

 同物件は、JR東北本線「さいたま新都心」駅徒歩14分に立地。駅周辺は大規模商業施設も林立し、県下随一の繁華街である「大宮」駅にも1駅など利便性は高いが、駅までの距離、都心へのアクセスはいかんともしがたく、徒歩10分を切る競合賃貸住宅の数も多い。こうしたことから、魅力ある商品企画と、間取りや賃料設定に代表される緻密なマーケティングが重要となる。

 SPEACは約1年前、オーナーから賃貸住宅の企画を依頼されたが、より綿密なマーケティングのため、周辺エリアの賃貸住宅仲介と管理を数多く手掛ける(株)ハウスメイトパートナーズ(大宮店)に依頼。竣工後の管理だけでなく、間取りや設備仕様などの商品企画を共同で練り上げている。

 約240平方メートルの建設地は、さいたま新都心駅前の大規模開発地を抜けた一角。戸建住宅が中心で、高い建物はほとんど見つからず、街区道もゆったりと広く、閑静な住宅街だ。同社はこの環境を、どう生かすかを考えた。

「初めて現地に来た時、空の広さに感動した。この大きな空を、中庭と吹き抜けの窓で住空間に取り込もうと思った」(SPEAC取締役・宮部浩幸氏)。

 建設地は、第2種住居専用地域で、許容容積率は320%もあるため、3階建て以上の共同住宅を建てようと思えば建てられる。ただ、むやみに高い建物を建て部屋数を増やしても、建設費を賄うほどの賃料総額も望めないし、敷地を圧迫して「空の広さ」を活かせなくなる。ということで建物は木造とすることとした。

 また、さいたま市は「木造の賃貸住宅は2階建てまで」という建築規制があり、長屋(メゾネット)にするにしろ、共同住宅にするにしろ、容積は余る。そこで、すべての住戸を1.5層として、高さ方向でゆとりを出し、その高さをいかして自然の光と風を住戸に導くことにした。

◆管理会社の市場データを商品企画に反映

 どのような間取りを何戸設けるか。ここでは、ハウスメイトパートナーズのマーケティングが活きた。

 建設地周辺のワンルーム(専有面積25平方メートル)は、月額賃料5万~7万円が相場と、他の住戸タイプより賃料単価は高い。しかし、駅周辺~徒歩10分圏内に競合物件は多数あり空室リスクは高く、同じワンルームでも競合物件にはない魅力づくりが必要となる。

 一方で、カップル向け住戸(同45平方メートル)は、賃料相場は8万~10万円。賃料単価はワンルームより低いものの、駅遠物件でもニーズはあり、賃料も下がらないことがわかった。そこで、25平方メートルのワンルームタイプ、45平方メートルのメゾネットタイプの組み合わせを数プラン設定し、工事コスト、賃料総額、空室リスクを算出。比較検討した結果、もっともバランスが良かったメゾネット住戸4戸、ワンルームの住戸4戸に落ち着いたという。

 建築費は、外構含め坪当たり約105万円。1.5層の階高を存分に生かし、ワンルームの住戸は天井高3,600mmでロフト付き、メゾネット住戸の2階は天井高4,200mmもある。住戸は、高窓、腰窓、足元の窓と、あらゆる方向、あらゆる高さに窓が設けられており、太陽光と風が室内に導かれる。

◆中庭と住戸が「レンガ」でつながる

 配棟プランで目を引くのが、建物で囲まれた「中庭」だ。各戸へのアプローチを兼ねたそこは、レンガが敷き詰められており、上空を遮るものがないため、広い空が一望できる。単なる通路ではなく、「暮らしの気配があり、ほどよい距離感を創り出す」(同氏)住民同士のコミュニティ空間と位置付けている。
 実は、この中庭は通路を兼ねているため、全戸を(建物用途上の)共同住宅としてしまうと、中庭に屋根を付けなければならなくなる。そこで同社は、建物用途を共同住宅と長屋と分けて申請。この中庭を実現した。

 ワンルームタイプでは、玄関(土間)やキッチン床、メゾネットタイプでは玄関や2階の中庭側の窓付近(インナーテラス)に、中庭と同じ風合いを持つレンガが張り込んであり、中庭と連続した空間として意識できるようにしている。玄関の土間部分は駐輪スペースとして、メゾネットは洗濯物干し場やサンルームとして活用してもらうため、上部にオリジナルの物干しレールを据え付けてある。そのため、駐輪場とバルコニーは設けずに、その分室内空間を広くしている。これは、ハウスメイトパートナーズのアイディアだ。

◆全戸を「DIY可」に。「敷地内禁煙」も導入

 室内は無垢のフローリングにむき出しの梁をはじめ、天然木の柔らかな空気が充満しており、高い天井高による開放感と併せ、温かみのある雰囲気。スチール製の階段手すりや柵、洗面やキッチンの前面にはモザイクタイル、キッチンは既製品ながら墨色の腰板を貼り付けるなど手作り感もある。

 この雰囲気をさらに生かせるよう、同物件は全住戸を「DIY可」としている。DIYできるのは、ワンルームタイプは寝室前の壁、メゾネットタイプはLDKの壁それぞれ1面。1面とはいえ天井高が高いため面積は大きい。通常の室内壁はクロスの裏側は石膏ボードのみでピンやクギを打ち込むことはできても、きちんと固定はできない。同物件のDIY壁は、石膏ボードの裏側に12mmの構造用合板を組み込んでいるため、耐荷重のあるフックや棚受け、ラックなどもしっかり固定できる。
 DIY壁については原状回復義務を免除することで、自由に飾り付けを楽しめるようにしている。「愛着を持って住む人が集まることで、良好な住環境が生まれ、結果として管理も楽になる」(同氏)。

 管理を担うハウスメイトとしても、1物件すべてをDIY可としたのは初めてだという。また同社は、万が一原状回復が必要な汚損があった時のため、原状回復負担を担保する保険を用意し、オーナーに加入してもらっている。さらにこの物件では「敷地内禁煙」を導入した。室内を禁煙にしても、結局バルコニーや敷地内での喫煙がトラブルになるため、かなりのリスク覚悟で導入したのだということだが、募集においてクレームが付いたことはなかったそうだ。

◆◆◆

 さて、今年2月上旬に竣工した同物件は、賃料はワンルーム6万4,000円、メゾネット10万円と当初想定通りで募集。自由である反面、制約も多く、嗜好性の高い物件であるにもかかわらず、3月中旬の入居開始時点で、きっちり満室となった。

 お金と手間を惜しまなければ、オーナーや建築会社の想い望んだ賃貸住宅を作るのはたやすいことだ。しかし、それが商品として成功するかは別だ。この物件は、市場と入居者を知り尽くした賃貸管理会社とコラボレートすることで、商品としての魂が入った。これからの賃貸市場で必要なことは何かを示唆しているといえよう(J)

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DIY

自分自身でモノの製作や修理を行なうこと。Do It Yourself(あなたが自ら行なえ)の略語。

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