記者の目

2009/7/24

地道な努力が結実!野村不動産の建替えプロジェクト

「プラウド新宿御苑エンパイア」、建替え実現までの軌跡を探る

 全国に約528万戸存在するマンション。うち、築年数が30年を超えるものは100万戸以上あるといわれており、耐震強度の不足や老朽化による「建替え」への対応が急務となっている。「マンション建替え円滑化法」など、建替えに関する法整備が整いつつも、各区分所有者の経済的な事情や合意形成の難しさ、周辺地域との調整などさまざまなハードルが存在することから、なかなか実現できていないのが現状だ。  そうしたなか、ディベロッパー自らが住民との合意形成を図り、建替えを実現しているプロジェクトがある。野村不動産(株)の「プラウド新宿御苑エンパイア」(東京都渋谷区)だ。

新宿御苑の眺望を十分に堪能できるよう、建物を扇型にデザイン。圧迫感も軽減させることで、周辺環境の景観にも配慮した(イメージ)
新宿御苑の眺望を十分に堪能できるよう、建物を扇型にデザイン。圧迫感も軽減させることで、周辺環境の景観にも配慮した(イメージ)
新宿御苑に隣接するという最高のロケーション。左上にあるのが「新宿御苑エンパイアコープ」(イメージ)
新宿御苑に隣接するという最高のロケーション。左上にあるのが「新宿御苑エンパイアコープ」(イメージ)
2層吹き抜けのエントランスホール(イメージ)。ここからも新宿御苑の豊かな緑が楽しめる
2層吹き抜けのエントランスホール(イメージ)。ここからも新宿御苑の豊かな緑が楽しめる
モデルルームのエントランス部分。床には40cm角の大理石を使用している
モデルルームのエントランス部分。床には40cm角の大理石を使用している
モデルルーム室内。もともと3LDKのプランの住戸を、1LDK+DENに変更したもの。専有面積は125.20平方メートルで、バルコニー面積は5.04平方メートル
モデルルーム室内。もともと3LDKのプランの住戸を、1LDK+DENに変更したもの。専有面積は125.20平方メートルで、バルコニー面積は5.04平方メートル
キッチンには、ドイツ・ハンスグローエ社製のハンドシャワーが標準装備されている
キッチンには、ドイツ・ハンスグローエ社製のハンドシャワーが標準装備されている
建物3階部分の平面図。住民の要望に応じて専有面積を増床できるよう、廊下は三日月型となっている
建物3階部分の平面図。住民の要望に応じて専有面積を増床できるよう、廊下は三日月型となっている
落ち着いた雰囲気を演出する共用ラウンジも設置予定(イメージ)。新旧住民のコミュニティ醸成を図る
落ち着いた雰囲気を演出する共用ラウンジも設置予定(イメージ)。新旧住民のコミュニティ醸成を図る

頓挫しかけた事業計画

 建替えが行なわれている物件は、1963年に建築された「エンパイアコープ」。JR中央・総武線「千駄ヶ谷」駅より徒歩6分、都営大江戸線「国立競技場」駅より徒歩5分の地にあった、地上7階地下1階建て、総戸数69戸の分譲マンションだ。新宿御苑隣接という立地の優位性に加え、「への字」につくられた建物の佇まいの美しさ、さらに当時にしてはめずらしい「冷暖房」や「給湯機」が標準装備された高級マンションとして、高いステータスを誇っていた。

 だが、建物の老朽化により、竣工から31年が経った94年頃から建替えの話が出始め、98年に発生した阪神・淡路大震災を機に、耐震性に不安を抱いた住民が中心となって「建替委員会」を発足。一級建築士事務所・ハウとともに行政との協議を開始し、総合設計制度を用いた高層案で計画を進め、2004年には「約116m、地上36階建」の計画案を行政に提出した。

 しかし、同物件が「神宮外苑絵画館」の同一線上に建つため、景観条例により東京都から「計画案を許可できない」との回答を得ることに。追い打ちをかけるように、新宿区が「絶対高さ制限」を導入したことで、同物件の高さは「30mまで」という規制を受けることになった。
 建替えの検討開始から10年。さまざまな規制に翻弄され、建替え事業計画は難航していた。

野村不動産が事業に参画。建替えが具体化

 そんななか、野村不動産が06年に同事業協力者として参画した。通常、建替え事業において、ディベロッパーは、住民との個別の話し合いや行政との協議をコンサルティング会社に委託することが多い。しかし、同社は大規模再開発や土地区画整理事業を数多く手がけ、まちづくりのノウハウを積み重ねっていた自負があったことから、自らが主体となり住民との合意形成、行政協議を図っていった。

 具体的には、60人余りいる全区分所有者を対象にアンケートを実施したほか、個別の面談にも対応。同時に、区分所有者の住戸選定ルールの協議も開始、各区分所有者の意向を確認したうえで調整を繰り返し、できる限り意向に沿えるよう努力していったという。行政とも100回以上に及ぶ協議を続けた結果、日影規制や絶対高さ制限の緩和に成功するなど、建替えの実現に向けて地道な努力を重ねていった。

 その後も同社は区分所有者への個別訪問を繰り返し、07年1月に建替え決議を迎える。1軒の未賛同者があったものの、その1ヵ月以内には全員合意に達したという。区分所有者が無償で取得できる専有面積、いわゆる“還元率”は「80%」と、住民の当初の目標であった「既存専有面積の確保」「負担金なし」については一部叶わなかったものの、全住民が納得のうえで基本計画を固めることに成功したのだ。

 「一つのルールを決めるのに、半年以上時間を費やした」(同社住宅カンパニー住宅販売部住宅販売課担当課長・泉山秀明氏)との発言からもうかがえるとおり、さまざまな住民が混在している建替え事業において、合意形成を図っていくのには時間も手間もかかる。だが、同社では来るべき「マンションの建替え需要」に備え、事業ポートフォリオの一つとして、建替え事業を積極的に手がけていくという。
 
 なお、事業スキームは全部譲渡方式の等価交換契約を活用。同社がいったん土地所有権を取得したうえで、区分所有者の従前の権利については売買契約を締結した。07年8月には全戸一斉の明け渡しが完了、11月から旧建物が解体され、08年3月にようやく新マンションの工事が着工された。現在は2010年6月下旬までの竣工をめざし、工事が行なわれている。

新宿御苑の緑が堪能できるプランニング

 住民と同社の長年にわたる努力が結実した同物件。そのプランニングは、「新宿御苑に隣接する」という優位性を何よりも生かしたものとなった。  周辺環境との調和を意識するとともに、新宿御苑の眺望を十分に堪能できるよう、建物を扇型にデザイン。住戸は「逆梁構造」を採用することで間口を最大化し、新宿御苑に面するリビングの窓には高さ2.2mのハイサッシを使用した。    容積率が約300%から約400%まで引き上げられたことで、総専有面積は4,925平方メートルから7,387平方メートルへと増床。地上13階地下2階建て、総戸数93戸のマンションへと生まれ変わる予定だ。10階から上には35戸の保留床を設け、9階までに区分所有者の住戸を54戸、1階部分に事務所を4戸構える。  間取りは2LDK~3LDKで、専有面積は66.60~125.20平方メートル。予定最多価格帯は9,000万円台。具体的な販売価格は未定だが、「10階以上・専有面積80平方メートルの御苑側住戸で坪単価500万程度。価格にして1億3,000万前後となる予定」(同氏)という。

建替えは社会的意義の高い事業

 気になる反響は…。いまだ新聞折り込み等をしていないのにも関わらず、ホームページ等を通じて、すでに3,000件を超える反響があるという。医師や外資系企業に勤める40代が中心で、DINKSからの問い合わせが多いとか。外苑エリア居住者のほか、海外居住者からの資料請求もあるというから、同マンションの注目度の高さがうかがえる。

 同社では現在、同事業の他に6件もの建替え事業を手がけている。先日の(社)不動産協会の記者懇談会の中で、岩沙理事長が「建替えへの対応は重要な課題。当協会でも、意見交換を進めていきたい」とコメントしていたように、マンションが社会的な資産となっている現代において、「建替え」は社会的意義が非常に高い事業だ。
 「信頼と実績がなければ、建替え事業は成功しない。参画できるディベロッパーは限られているため、競合がまだ少ない」と、泉山氏は語る。専門性、個別性の高い事業ではあるが、今後もディベロッパーをはじめ、さまざまな業種が建替え事業に参画していくことで、こうした事例が増えていくことを望む。(May)

新着ムック本のご紹介

ハザードマップ活用 基礎知識

不動産会社が知っておくべき ハザードマップ活用 基礎知識
お客さまへの「安心」「安全」の提供に役立てよう! 900円+税(送料サービス)

2020年8月28日の宅建業法改正に合わせ情報を追加
ご購入はこちら
NEW

月刊不動産流通

月刊不動産流通 月刊誌 2024年5月号
住宅確保要配慮者を支援しつつオーナーにも配慮するには?
ご購入はこちら

ピックアップ書籍

ムックハザードマップ活用 基礎知識

自然災害に備え、いま必読の一冊!

価格: 990円(税込み・送料サービス)

お知らせ

2024/4/5

「月刊不動産流通2024年5月号」発売開始!

月刊不動産流通2024年5月号」の発売を開始しました。

さまざまな事情を抱える人々が、安定的な生活を送るために、不動産事業者ができることとはなんでしょうか?今回の特集「『賃貸仲介・管理業の未来』Part 7 住宅弱者を支える 」では、部屋探しのみならず、日々の暮らしの支援まで取り組む事業者を紹介します。