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vol.159 パメラ・フェルドマンの暮らし

自宅(うしろ)の前の歩道をはさんで並木道部分に植物染料などを植えている。手前は(見えないが)車道である(イリノイ州シカゴ市 以下同)
裏庭にも何種類か染料にする植物を植えてはいるが、日当りがよくないので、もっぱら寛ぐ空間のようだ
コミュニティ・ガーデンのスペースを市から借りて茜を栽培している。根だけを掘り起こして使う
織り機のあるパメラのスタジオ。さまざまな赤は茜で糸を染めた
地下室の染め場。アメリカには珍しく必要最小限度におさえたコンパクトな空間である
根を栽培、採取して細かく砕き、保管してある手作りの茜

種まきから機織りまで、すべて自分の手で

パメラは美しいタペストリーを制作するシカゴ在住の織工芸作家であるが、味わい深い独特の色彩には秘密がある。それは彼女の制作過程にあり、種を蒔く時から始まる。自ら育てて収穫した葉や根から染料を得、糸を染め、機にかけて織ってゆく。手で織るだけでも大変な時間がかかるが、種から制作を始める彼女の姿勢は現代では稀だろう。 スピードが要求される都会のあわただしい暮らしのリズムと相反するにもかかわらず、そのなかで気の長いプロセスをやり遂げるパメラの工夫と努力には驚嘆させられる(www.pamelafeldman.com/)。 

染色技術の情報交換は今や世界的レベルに

フェルドマン家の裏庭には染料用の植物がいくつか植えられてはいるが、都会だけに家々が建て込んでいて日照時間が少ない。これは染料の植物育成にとっては致命的。だから裏庭は家族でバーベキューをしたり、本を読んだりおやつを食べたり…、憩いの場として使われている。 現在、2人の息子達は大学へと巣立ち、考古学者のご主人と静かな暮らしを楽しみ始めたそう。天然染料の研究家でもあるパメラは、9月にニューメキシコ州タオス市で行なわれる天然染料会議で基調演説を行なうので、原稿の練り直しに余念がない(/www.taoswoolfestival.org/)。 また、ウエブサイト上で天然染料の季刊ジャーナル“レッド・ターキィ・ジャーナル”(www.turkeyredjournal.com/)を出版しており、天然染料に関する情報を世界に発信、これまでは限られた土地の人々だけが行なっていた植物染料による染織などの情報の交換が国際規模で行なわれるようになり、ダイナミックな展開を見せている。

自宅の前の並木で染料用植物を育てるパメラ

フェルドマン家は典型的な都市の家並みの住宅街にある。玄関の前は歩道と並木で、車道とは区切られている。並木の下は芝生が端から端まで続く。歩道と並木部分は市に属すので木には手をつけられないが、芝生の部分に花を植えるのは許されている。一日中日が当たるのに気がついたパメラは、染料になる植物をいくつか植え始めた。そのうちのウォードは一見雑草のような草だが、英国では古くから使われていて、美しい青色を葉から抽出できる。 隣はウェルドで、鮮やかな黄色が得られる植物。ウェルドは英国シャーウッドの森に産し、黄色と青とで染めると緑色になることから、「ロビンフッドの恋人マリアンがウォードとウェルドを煮だして、シャーウッドの森に出没する義賊ロビンフッドのために緑色の服を染めたに違いない!」と、パメラと900年昔を想像して楽しんだ。

市民農園で育てる茜で、パメラ独特の「赤」を創り出す

パメラは近くのコミュニティガーデンでも栽培している。そこはシカゴ市が所有する土地を市民に開放するプログラムで、申し込むと1人当たり3畳くらいの区画がシーズン3,000円位で借りられる。ここは一日中日光が当たるからパメラは茜だけを育てている。茜は根を掘り起こすまでになんと3年はかかる。根が土中にはってゆくので自宅では充分なスペースがなく、日照も充分でないから、コミュニティガーデンは茜栽培には最適の場所となった。 彼女のタベストリーは変化に富んださまざまな赤が使われているが、ここの茜から抽出されるのである。余談だが、“茜色の夕日” などとも言うように、オレンジがかった美しい赤は茜の根から得られる世界で最も古い植物染料。根を煮出して糸や布を染める。インドは紀元前2000年前のモヘンジョダロ遺跡で茜染めの木綿布が発掘されたほど茜染めの古い歴史を持つが、茜で染めたインドの更紗はオランダ貿易を通して桃山時代から江戸時代にかけて日本に運ばれた。 インドネシア、ペルシャ、中国経由でもインド原産の茜で染めた更紗布は輸入され、珍重された。化学染料が行き渡った現代では考えもしないだろうが、江戸時代までの着物など染織品はすべて天然染料と顔料で制作されたのである。

自分なりにこだわり、納得する暮らし方を選択

パメラの織り機のあるスタジオは1階で、植物染料を煮だす染め場は地下室。多くのアーティスト達のスタジオに比べ、殺風景と言ってもいいくらいすっきりしている。パメラは「必要なものは粗大ゴミからみつけたり、料理器具専門店で買ったり…、でも必要のないものは絶対に置かない主義」だそうだ。「いつか使うだろうから」とやたらため込む友人達が(筆者も含めて)多いのだが、自分がやりたいことを余程しっかり把握していないと、モノを制限するのは難しい。 それにしても、スタジオも染め場も狭いが、いくら日光が豊富で畑を耕すだけのスペースが充分にあっても、パメラは都会からは離れたくないと言う。都会には、展覧会や美術館、博物館、講義、演劇、音楽会にふれる機会が多いからだ。 都会を離れてしばしばハイキングやキャンプを楽しむ考古学者のボブとパメラは、決して贅沢ではないが、自分たちが望む暮し方を選択したと言えるだろう。

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。


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