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vol.176 ピンクからグリーンへ

アーティストのスージィ・カメレオン。ハリケーンカタリナのあと、ニューオーリンズから避難し、今もまだニューヨークの母親のアパートで暮らしている(写真提供: Suzy Cameleon www.suzycameleon.com)
ニューオーリンズは豊かな歴史とカラフルな文化を持つユニークな町であったが...(写真提供: Suzy Cameleon)
スージィが住んでいた“ショットガン”スタイルの家。正面ドアから裏のドアまで狭い廊下がまっすぐ続き、両側に部屋がある様式。ルイジアナやフロリダに多く見られる(写真提供: Suzy Cameleon)

ハリケーン「カタリナ」襲来から6年

ハリケーン“カタリナ”がアメリカ南部ニューオーリンズを襲い、屋根も街路樹も吹き飛ばして町中水浸しになったのは6年前の暑い夏。ニューオーリンズにはフランス植民地時代の文化が色濃く残っており、テネシー・ウィリアムスの「欲望と言う名の電車」で描写されるフレンチクォーターの鉄柵のバルコニーや路面電車、ザリガニ売りの呼び声など、町は独特の雰囲気を醸し出していた。 黒人によるジャズの発祥地としても有名で、さらにカナダから南下してきたクリオール系の人種もまじり、町も色彩鮮やかなモザイク模様を形作っていたのだが、惨事のあと、大半の住民がその地を捨て各地に散らばり廃墟の様相を呈した。 惨事の直後、たまたまニューオーリンズで映画を撮影中だった俳優ブラッド・ピットの目に鮮やかなピンク色が飛び込んで来た。それは映画のセットに使われたピンク色の布で作られた家であった。この瞬間、ピットは最も被害の多かったロワー・ナインス地区(Lower Ninth Ward) の復旧を目標に、“メィク・イット・ライト(Make It Right)”と名付ける災害救済組織を立ち上げたのである(www.makeitrightnola.org/index.php/work_progress/)。

復興が進めばテントが減る“ピンクプロジェクト”

手始めに建築家達に協力を呼びかけ、“ピンクプロジェクト” 開始。この国際的なプロジェクトでは、ロスアンジェルスの建築集団 Graft、ベルリンの建築家、アーティスト達の協力により、ネオンピンク色150個のテント状の物体を、ハリケーン前には家が立ち並んでいたロワー・ナインス地区に設置している。めちゃくちゃに家々が吹き飛ばされ、跡形もなくなってしまった地域への追悼記念ともいうべきイベントで、ピンク色の象徴的な“家” が建ち並ぶ仮の町。寄付によって一軒家が完成すればピンクのテントをひとつ取り除く。本物の家が続々と完成してゆけば、次第にピンク色が減るわけである。夜はテントの中に明かりがともされ、壮大な廃墟にピンク色の町並みが鮮やかに浮かび上がる光景は異様だ。ピンク色の減少は災害を復興する市民公共の責任を示す指標でもあろう。 2007年、およそ12億円が集まり、復旧が開始された(The Pink Project) 。

ブラピが建築家に出した4つの条件

ピットは建築家達を招き、発注する建物について説明した。 第1に、“グリーン”であること。つまり公害を出さず再利用が可能な建材を使うということだ。サステーナブルな建築ははじめは費用がかかるが、のちの経費は安くすむので、ここに住む予定の低所得の人々にとって経済的であるという理由から。 第2に、将来ハリケーンが襲来しても充分に耐えるだけの堅牢な構造を持つこと。ハリケーンで破壊された建物は安くて粗悪な建材を使っていたので簡単に崩壊してしまった。その過ちを繰り返さないため。 第3に、ニューオーリンズ独特の“ショットガンスタイル” を生かしたデザインであること。 第4に、美的に優れておりしかも低価格であること。 かなり困難な4つの要求ではあったが、このプロジェクトの真意を理解した建築家達は意気揚々と立ち向かった(www.makeitrightnola.org/)。

全米最大のサステーナブルコミュニティに

プロジェクト開始から4年後、50戸が完成した。建材資材は寄付が多く、建築家達もボランティアベースだったので約1,500万円という低価格で分譲を可能にした。このプロジェクトは、将来ハリケーン襲来にどう対処するかというテーマに加え、雨の多い地域の水の再利用、いかにしてサステーナブルなコミュニティを造るか、などという課題を試す実験的な場ともなり、世界中から数多くの建築家や関係者、学生達が見学に訪れている。 斬新な工法を駆使し、サステーナブルな素材をよりすぐって使ったことにより、名誉あるLEEDプラチナの“お墨付き”も頂戴した。U.S.グリーンビルディングカウンシルによると、ロワー・ナインス地区は全米で最も大きなサステーナブルなコミュニティだそうである。

復興のスピードは人々の関心とともに…

しかし、現場では多くの問題を抱えているようにも見受けられ、復旧がいかに困難かを示す。 150個のテントを置いた場所に150戸を建てる予定がまだ50戸しか完成していない。カタリナ襲来から6年、プロジェクト開始から4年後の現在である! 30戸が工事中とは言うが…、支援が途絶えて来たのだろうか?時が移れば一般の人々は他へ注意が移ってゆく。ロワー・ナインス地区は埋め立て地で、移民や難民、福祉に頼って暮す低所得層が大半。建築家の理想と現場の暮し方の格差が大きいことも予想される。居住者にすれば、“自分の家”であるのに、自分の思うように住めなければ居心地が悪いからだ。 ピンクからグリーンへ…。ニューオーリンズの町は瓦礫の中から希望の種が根をおろし、枝を伸ばし葉を広げつつはあるが、水をまき、育てる努力なしには実を結ばない。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。


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