古い建物を改装したカフェやレストンが注目される昨今、韓国ソウルには廃線になった鉄道と高架道路をリノベーションした公園がある。
かつての大動脈
ソウルの龍山(ヨンサン)区と麻浦(マポ)区に跨がる「京義(キョンギ)線森の道」は、廃線になった線路跡が生まれ変わった公園だ。
京義線は1905年、漢城(のちの京城府、現ソウル市)の龍山と鴨緑江南岸の新義州を結ぶ大動脈として開通した。新義州で南満州鉄道に乗り換え、シベリア鉄道を乗り継いで欧州に至る国際鉄道ルートの一部区間で、東京発ロンドン行き乗車券も販売されたという。1920年代に入ると京城駅(現ソウル駅)を通る新線に主役の座を譲ったが、2000年代初頭まで貨物輸送や待避線に使われてきた。
高度経済成長に伴う沿線人口の増加で輸送力の増強を迫られた韓国鉄道公社KORAILは、龍山支線を複線地下化して地上線を撤去した。この廃線となった8万平方メートル・6.3kmの敷地をソウル市が借りて公園を整備した。
コンセプトは非完成
市は358億ウォン(約40億円)を投入。線路跡に土を盛り、すべての区間に散策路を設置した。木や草花、また住宅地の間を通る塩里洞・大興洞区間(920m)に噴水や池、続く臥牛橋区間(370m)には書店やアートギャラリーなどが並ぶブックストリートを整備した。
水遊びを楽しむ親子連れ、芝生やベンチで弁当を広げる家族と友人、1kmにおよぶ銀杏並木を通り抜ける市民たちなど憩い空間として定着している。また弘大から延南洞に至る「ヨントラルパーク」(1.3km)はいまや若者たちの人気スポットだ。
線路があった面影はほぼないが、一部のレールや踏切、ホームなどを残している。散策路の脇にはおしゃれなカフェやレストラン、アトリエなどが点在する。
公園のコンセプトは完成形を定めず時間とともに市民の手で作り上げていく「非完成デザイン」である。
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鉄路を跨ぐ公園
「ソウル路7017」はソウル駅の北側線路を跨ぐ公園だ。1970年にソウル駅の東西を結ぶ「ソウル駅高架道路」が開通、高度経済成長を象徴する存在だったが、渋滞と老朽化、駅の東西を結ぶ歩行路が課題として表面化した。
2000年に市が行った安全診断で緊急補修が必要なD等級の評価が下されると、市は補修を施して13トン以上の車両通行を制限したが2006年に行った再診断でもD等級だった。高架道路を撤去して架け替える案や新たな高架道路を架設する案が検討されたが、交通量などから架橋を断念。駅の東西をつなぐ歩行路を兼ねた公園にリノベーションする案が浮上した。
ソウル駅は東口にバスターミナルとビジネス街や商店街が広がる一方、西口はマンションが立ち並ぶ住宅地で、駅の反対側へ向かう歩行路は駅構内か、ショッピングセンターを通り抜けるか、いずれにしても不便を強いられていた。
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構内を通って駅の東西を横切っていた(筆者撮影) |
南大門市場からソウル駅、そして駅西口へ
1970年に設置されたソウル駅高架道路が2017年に生まれ変わり、高さは17m、17本の歩道と連結することから「ソウル路7017」と名付けられた。ソウル駅の東西を結ぶほか、東端の南大門市場とソウル駅を結ぶ歩行者道の役割もある。
安全のため両脇には高さ1.4m、道路や線路を跨ぐ区間は高さ3メートルの強化ガラスが設置され、歩行者は鉢植えの間を通過する。幅約10mの歩道には観光案内所や休憩スペース、小広場、景観の良い展望バルコニー、ストリートピアノも置かれている。
2020年には「ソウル路7017」とソウル駅屋上を結ぶ歩道橋が架設され、駅屋上に緑地公園が整備された。ソウル路7017と繋がる憩いの場として定着ししつある。
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ソウル市はほかにも京春線跡地や荒廃した遊休地など公園化に取り組んでいる。
建築写真出身カメラマンのもとで写真を学んだ後、広告会社で国土交通省、自治体、住宅・不動産会社、観光施設等の広告を担当。2009年、韓国に進出する食品会社のマーケティング担当役員として渡韓。駐在契約が満了した12年、ソウルで日韓ビジネス専門広告会社を創業し現在に至る。ライフワークは韓国に遺る日本建築の撮影。 NewsWeekJapanライター、世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人 クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員