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築64年の団地を「磨いて」再生

 大阪府住宅供給公社が関西大学と組んで昭和27(1952)年築の団地で居住実験を行なった。老朽化した物件を、居住者の学生がDIYによって再生するもので、竣工当時の物件の姿に「磨く」というものだった。築古団地の再生プロジェクトとして、何かを付加するリノベーションに加えて、「磨くリノベーション」についても可能性を探った。

今回の実験の舞台になった「豊津団地」

◆「共同風呂」「洗濯機置き場ナシ」

 同公社が実験を行なったのは、1952年に公社の前身の(財)大阪府住宅協会が建設した「豊津団地」(大阪府吹田市、総戸数56戸)。同公社が耐震診断を行なったところ、十分な耐震性を有していることが判明し、継続使用するために検討を進めていた。

 同団地は、阪急千里線「豊津」駅より徒歩6分、同線「関大前」駅より徒歩7分に立地している。鉄筋コンクリート造4階建ての建物は、エレベーターもない。間取りは2LDK、専有面積31.86~36.71平方メートル。一部住戸には浴室がなく、階段室回りの8戸単位で1階の共同風呂を使っていた。賃料は共同風呂利用が2万円台後半から、ユニットバスを有する住戸は4万円台。洗濯機置き場もなく、手洗い場が設けてある。

リノベ前の住戸
「50B型」の間取り。竣工当時は最新だった

◆関西大学と共同研究、竣工当時の姿に戻す

 公社では、関西大学環境都市工学部建築学科教授の岡 絵理子氏の研究室と共同で、住戸プランの現代的評価および自主回収による活用方法を研究した。同氏は、従来の付加価値型のリノベではなく、その住戸が本来持つ魅力を引き出す「磨く」リノベを提唱している。今回、実験対象となった住戸の間取りは「50B型」と呼ばれるもので、約12坪の室内に6畳と4.5畳の和室と台所を配した設計。竣工当時は最新の間取りだった。

 同公社住宅整備部団地再生課再生グループ主査・田中陽三氏は、「戦後間もない当時最新だった住戸や生活を、どう感じて、どう直すか。ハードだけではなくコミュニティにも触れてもらうことが目的でした」と語る。

◆サンダやカンナで住戸を磨く

 風呂・洗濯機置き場なしの50B型の間取り2部屋を関西大学に賃貸し、2部屋に研究室の学生男女1人ずつが住んだ。公社から1部屋当たり30万円の費用を拠出し、岡研究室の学生たちが室内のリノベーション工事を実施。「道具の調達も30万円の費用内で学生たちが行ないました。メインの道具はサンダやカンナ、ヤスリなど、本当に『磨く』ためのものでした」(田中氏)と振り返る。

 研究室のメンバーは、古くなり黒ずんでいた柱や梁をこれらの道具で磨いていった。ボロボロだった畳は入れ替えたものの、中古の古い家具を入れるなど、ほぼ竣工当時の姿に戻した。

住戸を再生する学生たち
黒ずんだ柱を磨くと、まるで新築のような目新しい木肌が表れた

◆60年前から続く居住ルールに適応

 完成後は、学生が実際に住みながら団地の生活を体験。洗濯機置き場はなく、共同風呂、屋上の共同物干しという、現代の住まいから考えると“異質”なものだったが、見事に適応していったという。

 共同風呂は、階段室の8戸の住民が順番に「風呂当番」をする。風呂を沸かし、最後の人が入浴し終わったらカビ防止のために窓を開けて鍵を閉める役割だ。また、入浴後は次に入浴する住民に入浴が終わった旨を連絡する。入浴時間なども、あまり遅い時間にならないように配慮し合う。このほか、物干し場に上がるためのカギを預かる係や、共益費や共同風呂のガス代・水道代を集める係も、学生と住民が順番に行なった。

 これらの生活ルールは、60年以上連綿と続いてきたものだ。また本来、共同風呂は住民のみが入れるものだったが、居住者以外の学生が作業や課題のためにその住戸に泊まり込むこともあったため、学生と住民が顔を合わせ、調整していった。「こうした細かな運用ルールまで、公社が把握しているわけではありませんでした。公社は最初に学生と自治会の顔つなぎをした程度。あとは学生がコミュニティの中に自ら飛び込んでいき、既存住民も快く受け入れてくれたようです。トラブルもほとんどなかったと聞いています」(同氏)。

 実証実験は17年3月で終了。その後実験住戸は通常の募集をかけ、関西大学の別の学生が通常の賃貸借契約の上で住んでいるという。「昭和レトロの雰囲気や居住者とのコミュニケーションのあるところを気に入ったようです。さすがに、洗濯機置き場を設置するリフォームは施しましたが、ほかはそのままでした」(同氏)という。「今の若者にとって、昭和レトロの雰囲気がそのまま付加価値になることもある。他の団地の再生も含めた選択肢の一つとして『磨く』リノベも入れていきたい」(同氏)。

リノベーション後の住戸は、竣工当時の姿を取り戻した

◆◆◆

 現代の若者にとって、「古い」ことも価値になる。それは、ハードだけでなく、近隣住民との接触のある生活ルールも含めたソフトの部分にも言えることが分かった。リノベーションというと、何かを「付加」して現代的にアレンジすることが主流だが、今回の実験では、生活様式や間取りはそのままに、住戸そのものを「磨く」ことで「昭和レトロ」という価値を生み出した。実験住戸を学生が借りたということがその証左。多様な賃貸居住のあり方を探る上でも、有効な実験だったのではないだろうか。(晋)


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