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人をつなげる「DIY賃貸」

 入居者が自分好みの部屋にするために自らの手で改装する「DIY賃貸」。知名度は上がってきたが、まだ実例が少なく、実際に入居者がどれぐらい部屋を改装するのか、実際にどの程度の需要があるのか分からないため、導入を躊躇する不動産会社は少なくないようだ。そこで、実際に入居者がDIYする現場を取材し、その効果や入居者ニーズを探ってみた。(取材は2月に行ないました)

◆老朽マンションを「DIY仕様」に

「本多マンション」の外観。年数を経た味わいもある

 取材したのは、「本多マンション」(東京都練馬区、総戸数18戸)。都営大江戸線「練馬春日町」駅徒歩8分に位置。1980年築、鉄筋コンクリート3階建て。長年、前オーナーによる自主管理で経営してきたが、空室が目立つようになり、相続をきっかけに(株)ハウスメイトパートナーズが管理を受託した。

 19年1月1日にハウスメイトによる管理を開始。当時は18戸中10戸が空室。長期入居者も多い物件だったが、エレベーターのない3階建てのため、高齢になった入居者が退出してしまったという事情もあった。間取りが2DK・3DKと若年のカップルやファミリーに向いているということもあり、同社は若年層を呼び込もうと、DIYによる空室対策を提案。オーナーも、ホームセンターに行くのが大好きだという「手作り好き」、二つ返事で同意したという。

 DIY可能な賃貸住宅にするため、物件はDIYしやすい「DIY仕様」に。釘やネジを自由に使って壁に棚等をつくりつけられようにするため、既存の壁に木製のDIY用合板を貼り付けたり、DIYのサポーターに事務所を同マンションに移転してもらったりするなど、入居者に存分に部屋づくりを楽しんでもらう仕組みをハード・ソフト両面から整えた。

 このほか、DIYモデルルームの整備なども行なった上で、19年5月に募集を開始。その結果、20年2月までにすべての空室への入居が決定し、各部屋では入居者の自分好みの部屋づくりに向け、DIYによる改装が行なわれた。

◆入居の決め手は「DIYできるから」

 DIYの作業現場の取材に応じてくれたのは、都内に勤めるKさんとMさんの同僚カップル。勤め先が移転するため、都営大江戸線沿いで賃貸住宅を探していたところ、インターネットで本多マンションを見つけたという。改装前の住戸とモデルルームを見比べて、「DIYでここまでできるのか」と興味を持った。2人とも、モノづくりの経験はほとんどなかったが、「DIYで自分好みの部屋にできる点が決め手でした」(Kさん)という。

 共通の趣味がダーツということで、2人の新居のコンセプトは「ダーツを楽しめる家」。黒い大理石風のクッションフロアを採用した寝室や、ダーツバーをイメージしたリビングには、大きなダーツボードを取り付けた。同マンション内に事務所を設け、入居者のDIYサポートを手掛ける石井 麻紀子氏は「ブラックをベースにしたクッションフロアなど、管理会社やわれわれのような“プロ”からは出ない発想に感心しました。これがDIYの醍醐味とも言えますね」と語る。

当初は壁にダーツボードを据え付ける予定だったが、周辺住戸への騒音がないようツーバイフォー材の突っ張り棒を天井と床に設置して取り付けた
寝室の1つは、黒い大理石風のクッションフロアによって見た目を引き締まった印象に

◆「素人施工」が「味わい」「愛着」になっていく

 作業は、石井氏の指導によってKさんとMさんやその家族友人、サポートスタッフが室内の塗装やクロス張り、タイル張りといった工程をDIYで進めていった。当然ながら、参加する人の多くが「プロ」ではない。しかし、プロである石井氏が指導しながら施工していくので仕上がりは決して悪くない。素人施工のため、どうしても塗りムラやタイルちょっとしたズレも発生するが、逆にそれが「味わい」になり、住戸に対する「愛着」につながっていく。そこに生まれるのは、「自分たちで作り上げたオンリーワンの家」という付加価値だ。長期入居にもつながる一要因にもなる。

石井氏の指導を受ける入居者2人
塗料などの準備
隅の方の塗装も自分たちの手で
同僚も助っ人に来た

◆入居前からコミュニティ形成

 ここで特筆したいのは、1住戸のDIY作業に多くの人たちがかかわったこと。石井氏や(株)ハウスメイトマネジメントソリューション事業本部課長で、社内外でDIY賃貸を積極的に提案している伊部尚子氏といった関係者だけにとどまらず、Kさん・Mさんカップルの家族や、別物件でDIYで自分たちの部屋をつくり上げて入居している会社の先輩夫婦、さらには本多マンションの先輩入居者が施工現場に食べ物を差し入れることもあったのだとか。

 伊部氏によれば「入居前から棟内のコミュニティができつつあります。DIYという共通項があることで、入居者同士の会話も弾んでいます」とのこと。入居後も手作りの住戸を「見せ合う」ことなどで、DIYを通じて入居者同士、入居者の周りの人たちがつながるといってもいい。

キッチンのタイルの目地の作業は同僚と行なった
完成したリビングはモダンで落ち着いた雰囲気に。DIYらしさが存分に詰まった個性的な空間に仕上がった

◇◇◇

 賃貸住宅にもコミュニティ形成が必要だというのは、近年活発に叫ばれている。DIY賃貸は、現在はまだ競争力の低い老朽化物件の差別化策としてとらえられている向きが強いかもしれないが、賃貸住宅を地域コミュニティの核として考えるのであれば、もっと普及してもいい賃貸手法の一つではないだろうか。(晋)


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