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有事に立ち向かうエリアマネジメント

 エリアの価値向上に大きく寄与する複合開発。住宅や商業施設、公共施設、教育施設や図書館、クリニックなどが一体的に整備されることで、再開発されたエリア内で日常生活が完結できるような、利便性の高い生活環境が整うケースも多々ある。一方で、異なる用途の各棟がいざというときに連携できるのかという懸念も。記者は、オフィスビル・賃貸マンション・分譲マンションの3棟からなる複合開発「MEGURO MARC」(東京都品川区)で行なわれた、3棟合同の防災訓練の様子を取材。その後、同複合開発のエリアマネジメント組織である(一社)MEGURO MARC事務局で、野村不動産(株)事業創発本部エリアマネジメント部推進二課の菊池恭平氏に、複合開発における防災対策の“本音”を聞いてみた。

◆各棟の調整にかなりの時間。温度感にずれも

―─共同でイベントをやるとなった際、複合開発ですと1棟の方針だけでは決まらないのではないかと思います。調整の体制というのは整えているのでしょうか。

 「おっしゃる通りで、各棟それぞれがそういったときのルールを決めていて、有事の際にお互いに協力できないということはあります。地域のことですので、イベントを開催するとなればまず町会との連携が必要。町会へ加入するとなると、それぞれの棟で開く1年ごとの総会で取り決めをして、ようやくそれがかなう。どうしても関係者の調整にかなりの時間がかかります。
 『MEGURO MARC』全体が出来上がって1年と少しというところで、今回初めて3棟合同の防災イベントができました。『有事の際に連携しないといけないよね』『周りの人を知らないと何も対応できないよね』という点を認識してもらえる場になったと思います。これを契機に、各棟の管理組合や品川区、地域の方々との連携・協議を深めていきたい」

―─今回のイベントの開催に当たって、他に大きな障壁は?

 「各棟と行政、地域の方々の間で、どこまでの準備をして、どこまでの規模の防災イベントを行なうのか、温度感にずれがありました。消防法のルールだけで言うと、防災訓練をしさえすればいい。エリアマネジメントを考えれば、地域の方々に来ていただいたり、地域の団体とも連携できたりというのが理想ですが、『そこまでするんですか』とか、オフィスにお勤めの方であれば『土曜日なのにわざわざやる必要あるんですか』とか、ばらばらでした。そういった足並みをそろえるのには苦労しました」

左から、賃貸マンション「目黒MARCレジデンスタワー」、オフィスビル「JR目黒MARCビル」、分譲マンション「プラウドタワー目黒MARC」

―─見学したところ、内容はかなり充実していた印象を受けました。

 「地域の方も多く来てくださいましたし、品川区からも煙体験テントや防災ヘルスケア講座のブースなどを出していただきました。
 少し話は逸れるのですが、自分たちのまちを育てるのは自分たち、というのが基本だと野村不動産としては考えています。事業者がお金を出して、そのお金で防災イベントをやるだけであればもっと大きく、かつ多くの人を呼べたかと思います。けれど、まちの人たちで『防災って大事だよね』と考え、まちの人たちが出し合ったお金でこういったイベントをやりましょうとなったときに、それでも今回の規模くらいのものが実現できて、お子さんにも来てもらったり地域の方にも来てもらったりといった形にできるのがベストです」

品川区は煙体験テントを出展。さまざまなプログラムが用意された防災イベントには約300人が参加し、親子連れも多く見られた

―─災害は場所や時間を問わずに発生します。こういった防災訓練の実施に限らず、何か働きかけはするのですか。

 「基本的には品川区の方で『有事の際はこうしてください』『1週間は支援しますけれども、それ以降は共助でやってください』というルールが決まっています。それに基づいて、この複合施設ではどうあるべきかという点は、(一社)MEGURO MARCでマニュアルのようなものを作成して配布する形になってくるかと思います。
 それ以降の具体的な働きかけについては、品川区でもマンションにおける防災講座や、事業者向けの防災講座というのをやっているようなので、そこと連携しながら、各棟のテナントや居住者、オフィスの入居者などに対して啓発をしていきたい」

◆伴走しつつ、徐々に離れていくのが理想

―─建てて終わりではないまちづくりを考えたときに、エリアマネジメント組織としてどのような関わり方をしていくのが望ましいのでしょう。

 「最終的な目標は、組織がこの場所を離れたとしても、地域の方やマンションに住まう方、オフィスに入居されている方…そういった方々が主体となってまちが活性化していく状態を目指していきたいですね。
 まちびらきから約1年半というところで、今は、野村不動産も(一社)MEGURO MARCの正会員としてサポートしています。ですが、将来的にはそういった事業者がいなくなったとしても、まちに住んでいる方々だけでイベントを行なえたりとか、防災の仕組みも取り決めて有事の際は連携できる関係ができたりとか、品川区ともやり取りができたりとか、そういった状態をつくっていきたいと考えています。なので、地域の中心となる方々の意識づくりを徐々に進めていきたいですね」

「MEGURO MARC」のエリアマネジメントについて、「まちに住んでいる方々だけでまちが活性化していく状態を目指していきたい」などと話した菊池氏

―─そうは言っても、当事者意識を持つのはなかなか難しい部分がありそうです。また、時間もかかるかと思います。実現に向け、ロードマップのようなものはありますか。

 「まず、まちの関係者を増やしていくことが大事になります。『MEGURO MARC』では、地域の方に出店をいただいてはいますが、まだまだ少ない。品川区とのより密な連携、周辺で活動されている団体との連携に関しては、進めていきたいと思っています。
 次に、中心となって活動してくださるような方々が出てきてほしい。今回で言えば、分譲マンション『プラウドタワー目黒MARC』の管理組合が共催で入ってくださっています。一緒に打ち合わせもし、その中で『われわれが受付に立ちます』『告知もやっていきます』と、積極的に意見を出していただきました。また、オフィスビル『JR目黒MARCビル』のテナントの(株)ポプラ社の協力で『かいけつゾロリ』にも来てもらえました。われわれがこうしましょう、ああしましょうと言うのではなく、まちの方からかなり意見を出していただけた。初めての実施であるということを考えると、十分にまちと地域が中心となってイベントを開催できたと思っています。
 関係者を集め、協力体制を敷き、中心メンバーを作り、その方々と伴走しつつ、だんだんサポートを薄くしていき、離れていくことができれば、それが一番。同時並行で、エリアマネジメントの重要性も伝えていく。そこさえしっかりと伝わっていけば、自然と関係者も増えて、中心メンバーの理解も増していき、まちが回っていくようになるでしょう。その過程で、中心となる方々をわれわれがどれだけサポートできるかが大切になってくるのだと思います」

オフィスビル「JR目黒MARCビル」12階に入居するポプラ社の協力で、子供たちに根強い人気を誇る「かいけつゾロリ」の登場がかなった

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 取材の中ではこんな話もあった。「ワーカーの方は休日に職場には来ないじゃないですか。逆に平日だと、マンションの居住者の方が仕事に行かれているので参加できない。今回、ワーカー向けと居住者向けで分けて2日連続で開催しましたが、3棟合同の防災訓練ですから、もし来年もまた開催できるのであれば、そこが課題になるかなと思います」(菊池氏)。

 複合開発は確かに魅力的だが、多くの異なるステークホルダーが絡んでくるという事情もある。有事の際、一致団結して何かを為さなくてはならなくなったとき、それはかなり大きな壁となるだろう。今回の取材は、その点を強く認識する機会となった。

 災害大国・日本。遠くない将来、首都直下地震や南海トラフ地震の発生も高い確率で予想されている。防災対策にはすぐに効き目が表れる特効薬も妙案もない中、各事業者がどのようにしてそこに住まう人、関わる人などを守っていくのか。ハード・ソフト両面における地道な取り組みこそ有事の際には実を結ぶもの。芽を見逃さないよう、現場に足を運び続けたい。(木)


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