「見守り」「仕事」「コミュニティ」一体型の賃貸
現在の日本では、高齢化率が高いにもかかわらず、孤独死による事故物件化の心配・不安等の理由で、高齢者が賃貸物件を借りにくい状況が続いている。ある調査によると、高齢者の入居を「受け入れていない」賃貸オーナーは実に4割にのぼるという。そうした中、定期訪問や駆け付けで安否確認を行なう見守りサービス、保証会社の利用など、高齢者入居への不安解消に向けた取り組みにより、入居促進につなげようと尽力する事業者がいるのも事実だ。
今回は、高齢者が生活支援と見守りを身近で受けられ、安心して住み続けられる住環境を提案する事業者の取り組みを紹介する。
◆生活支援を行なう中で見えてきた課題とは…
最寄りのバス停から徒歩5分、「松葉台」と呼ばれる丘へ続く緩やかな坂の途中に位置する「まごころアパート松葉台」(横浜市神奈川区)。もともとは、広い庭付きの一戸建てがあり、築古のアパート1棟がその隣に建っていた。一戸建てを解体し、木造アパートを新築。築古アパートはリノベーションし、2025年3月末、全10戸のシニア向け賃貸住宅として生まれ変わった。
事業主はMIKAWAYA21(株)(東京都荒川区、代表取締役:青木慶哉氏)。生活の中で発生する「ちょっと困った」ことの解決から「こんなことしたい!」まで、シニアの要望を叶える「まごころサポート」サービスを提供する会社だ。電球交換や家の掃除などの簡単なものから、プロのサービス提供や専門家の紹介、孫のプレゼント選びまで、「コンシェルジュ」と呼ばれる地域スタッフが対応する。全国各地に20~70歳代までの男女約3,000名が登録されているという。
このサービスは、シニアの自宅を訪問して1対1で対応するため、地域ではなかなか認知されず、普及・利用が進まないという課題を抱えていた。また、一人暮らしのシニアが、自宅が広すぎる、老朽化で維持することも難しく売却を考えるも、近隣で入居できる賃貸物件が見つからない。サービス付き高齢者住宅に入りたいが、金銭的に無理があるといったことも課題となっていた。
そうした課題の解決を図るべく、郊外の住宅地に多く存在する「自宅併設賃貸アパート」をシニア向けの賃貸住宅に新築・改修し、かつ、コンシェルジュがそこを拠点としてシニアの支援を行なうことのできる「シニア生活支援拠点立地モデル」の構築を目指すこととした。
「支援スタッフが近くにいる、そこには自分が安心して住まえる賃貸アパートが準備されている。『そろそろ自分1人で生活するのはしんどい』というときに、住み慣れた住環境を大きく変えずに住み続けることができる。そんな賃貸住宅があったら…という発想から『まごころアパート』の事業化を目指しました」(同社社外取締役:平川健司氏)。
一緒にプロジェクトを進めていく仲間として、同社が声を掛けたのが、不動産・建築・まちづくり・空き家再生などを手掛ける(株)エンジョイワークス(神奈川県鎌倉市、代表取締役:福田和則氏)。日頃から地域全体の価値向上・活性化に取り組む同社は、このプロジェクトに賛同。また、「食」を通じて地域の人と人とのつながりを育む「ジーバーFOOD」を展開する(株)ジーバー(仙台市太白区、代表取締役:永野健太氏)も賛同し、プロジェクトを進めていくこととなった。
◆周辺に住まうシニアまで包括的に見守り
プロジェクトの柱となるのは、「日常生活支援」と「シニア見守りIT」。コンシェルジュが同アパート内に集い、「小さなシニア支援拠点」として入居者、地域のシニアへ日々支援を行ない、シニア同士の交流も促す。また、最先端のIT技術「Wi-Fiセンシング×AI」を活用し、活動・睡眠・呼吸状況などのデータを収集。シニアへの日々の支援を通じて得る主観・感性データも把握することで、“みまもりあい”ネットワークの連携を構築する。
さらに、「ジーバーFOOD」サービスと名付けた、地域の料理上手なジーちゃん・バーちゃんが地域の食材を活用し、手間ひま掛けた料理をつくるサービスも導入。同アパートに設置するコミュニティキッチンで活動を行なう。一人暮らしのシニアは、どうしても食事が貧弱になりがち。皆でつくって皆で楽しく食べる、集まることができない人には届け、食事を起点とした地域づくりを行なっていく狙いもある。
「日常生活支援と見守りだけでは、本当の意味でシニアを元気にすることはできません。活躍の場があり、地域に役立っていることを感じながら『自分はこの地域でちゃんと役割がある』、そう思ってもらえて初めてシニアを、そして地域を元気にできると考え、このサービスを導入しました」(同氏)。
|
|
空間デザインにはコミュニティを生み出す工夫を施している。中庭を真ん中に、2つのアパートを配置。中庭は「ミチニワ」と名付けた。どちらのアパートも道路に面しており、地域の人々も通り抜けることができる。ミチニワには、菜園・通り庭・縁側を設け、入居者や地域住民の会話が生まれる場に。ウッドデッキ・パーゴラも設置し、コンシェルジュと入居者、地域のシニアとの交流空間とする。花壇づくりなど、地域に開かれたイベントを行なう予定だ。
同アパートの外観は、下部が白、上部がグリーン(リノベーション棟)・青(新築棟)のツートンカラーを採用し、明るい雰囲気とした。新築棟の専有面積は27平方メートル(1K)で、要介護の段階に応じた生活ができるようレイアウト変更ができる仕様に。「ミチニワ」に面した窓際にデスク・チェアを設け、外との交流が持てるよう工夫している。リノベーション棟の専有面積は34平方メートル(2K)。ロールカーテン付き・シースルーの玄関ドアを採用することで“閉ざされた空間”とせず、ミチニワでのコミュニティを促す。
|
|
「週に1度でも誰かと会話をしている人は、健康寿命が3年延びるという話を聞いたことがあります。このミチニワが入居者の、そして地域のシニアのコミュニティ拠点となれば。入居者だけでなく、地域に住まう一人暮らしのシニアまで包括的に見守っていける、そういう場にしたいと思っています」(同氏)。
◇ ◇ ◇
「まごころアパート」プロジェクトは、2022年12月、国土交通省の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」に採択されている。第1号物件の同アパートは、日常生活支援の拠点づくり、包括的な見守り、地域コミュニティの醸成など、さまざまな取り組みを行なう、いわば実験的な場所。間もなく入居者募集を開始するというが、今後の反響・成果が楽しみだ。
今後、高齢者人口は増え続け、自宅を売却して賃貸住宅への住み替えを希望する高齢者も増えていく。同プロジェクトのようなサービスや住環境が全国に普及されれば、高齢者の住まい確保、そして孤独死という悲しい出来事を回避することにもつながるのではないだろうか。同プロジェクトを取材して、少し明るい未来が想像できた。
地域の中に、気軽に立ち寄れて会話を交わしたり、一緒に食事ができたりする場所があると心強い。見守りも仕事もコミュニティも揃っている。記者の住むまちにもこういう仕組みがあれば、老後の生活が楽しみになるかな…。(I)