突出した特徴を持たせた「コンセプト型の賃貸住宅」のうち、根強い人気を誇るのが「楽器演奏可能」な物件。そこに特化した賃貸仲介やプロデュースに取り組む企業もみられるようになってきているが、実績を挙げているのがM LIFE(株)(東京都千代田区、代表取締役:遠藤 麻生実氏)。代表取締役の遠藤氏は音楽大学出身という、不動産会社の社長としては異色の経歴の持ち主であり、その経験と知識を生かし、楽器演奏でトラブルを生まないような賃貸住宅づくりに取り組んでいる。「音楽」をキーワードに不動産業を営む、同氏の取り組みを取材した。
◆「不動産業界に入ってトラブルをなくす!」
遠藤氏は神奈川県藤沢市出身。幼い頃に両親から小さなキーボードを与えられたのが音楽との出会いだった。その後、県内のマーチングバンドに入団し、幼少期から音楽に触れる。高校では吹奏楽部に在籍してホルン奏者として活躍。卒業後は音楽大学に進学し、ホルンを専門的に学んだ。「当時の音大は上下関係に厳しいのが当たり前で、楽器演奏だけでなく礼儀や年長者への接し方などが鍛えられました。それが現在の人間関係作りやオーナー様への対応につながっているのかもしれません」(遠藤氏)。
卒業を控えて進路を考えた時、プロの演奏家や教員ではなく、不動産会社への就職を考えた。小さなころから新聞折り込みの不動産チラシなどで間取り図を眺めながらそこでの生活を想像するのが好きだったこともあるが、大きな動機は別のところにあった。
大学時代、同氏を含め友人たちの多くが一人暮らしをしていたが、そこでのトラブルを多く聞いた。その内容は、「24時間演奏可能だと言われたが夕方までだった」「演奏できるのはピアノだけで、金管楽器は演奏不可だった」など、不動産仲介会社の営業担当者が物件のルールをしっかり確認できていれば避けられたものばかり。
そうした声を聞いた同氏は「私が不動産業界に入って、こうしたトラブルをなくしたい」と考えた。「おそらく、楽器に興味がない人からすればピアノもクラリネットもトランペットもエレキギターもみな同じ『楽器』。賃貸アパート・マンションが『演奏可能』となっていたらすべての楽器が演奏できると思ってしまう。ならば、楽器のことを理解している人間が不動産会社にいれば、そうしたトラブルを減らせると考え、不動産業への道を選びました」(同氏)。
◆修行の日々と宅建免許取得
大学卒業後、東京都内の賃貸仲介会社に入社して、営業や管理を経験。「まずは不動産業という仕事の基礎を学ぶため、音楽とは関係のない普通の不動産会社に入社しました。多忙を極める厳しい職場環境でしたが、学生時代の厳しさを思えば乗り切れました」(同氏)。
その会社で経験を積んだ後、「ミュージション」のブランドで演奏可能マンションを展開する(株)リブランに入社、ミュージションの募集やイベント企画等を担当し、宅地建物取引士資格も取得した。そうして経験を積み、退社後は独立して(株)M LIFEを設立。縁のあった会社の外部スタッフとして、業務経験を積みつつ、M LIFEの社長として不動産会社から依頼を受けた防音賃貸マンションのコンサルティングに取り組んだ。その中で、大手不動産会社からの依頼で演奏可能マンションのコンセプト設計から営業スタッフ教育まで、総合的にプロデュースするなどといったことも経験。また、防音に関する施工方法や性能測定に関しても学び、それを業務に生かしていった。
そして2024年8月末、宅地建物取引業免許を取得し、満を持して宅建事業者として演奏可能な物件のプロデュースから客付け、管理まで一貫して行なえる体制を完成させた。「当社で客付けができるようになったことで、楽器演奏のための賃貸マンションづくりをより追求することができるようになりました」(同氏)。
◆物件づくりから客付けまで全面コンサルティング
同氏が携わった中で人気を呼んだ物件の一つが、「Musica Maison江古田」(東京都練馬区、総戸数7戸)。東武東上線「江古田」駅まで徒歩2分、日本大学芸術学部に近い立地に25年4月に竣工した。鉄筋コンクリート造5階建ての賃貸マンションで、開発会社から同氏が依頼を受け、設計や入居ルールなど全面的にコンサルティングした。
ハード面では、一般的には広めのワンルームとすることが多い約30平方メートルの住戸をあえて2Kに。一部屋を防音室にすることで、オーナーの建築コストを抑えるとともに、生活と音楽の場を分けて生活にメリハリを付けられるような空間づくりを行なった。
入居ルールについても、楽器によって音が伝わるメカニズムが異なることから、「24時間演奏可能な楽器」と「8~22時に演奏可能な楽器」とに分けた。アップライトピアノやチェンバロ、キーボードといった鍵盤楽器、ヴァイオリンやギターなどの弦楽器、フルートやオーボエなど木管楽器、ボーカル、作曲、音楽・映画鑑賞は24時間可能。グランドピアノやトランペット、ホルンといった金管楽器とサックスは8~22時に演奏可能とした。夜間にピアノを演奏する際は「フタ」を閉めることや、床に接触する楽器や機材は必ず防音・防振マットを使用することなど、細かいルールを明文化した。
客付けに関しても同社が担う。音楽経験が豊富かつ同物件のことを知り尽くす同氏の仲介によって、友人らがかつて経験したような物件と演奏楽器のミスマッチは起こらないと考えられる。「当社の他にも、楽器演奏可能な物件の客付けで実績のある同業他社に客付けをお願いします」(同氏)。こうして、相場よりもやや高めの家賃設定にも関わらず、早期に満室稼働となった。
同氏が目指すのは、「入居者(音楽家)」「オーナー」「不動産会社」の「三方よし」の賃貸経営の実現。その専門的なノウハウを生かし、将来的には防音賃貸マンションの自社開発にも取り組んでいきたいという。
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近年、賃貸住宅の大量供給が叫ばれ、コンセプト型の物件づくりによって入居者を絞り込む物件はより存在感を増していくと考えられる。不動産会社の営業スタッフは、そうした物件に客付けする際に、物件のコンセプトを理解してそこに合致するユーザーを紹介できれば、オーナーや元付業者からの信頼も得られるだろう。遠藤氏のように突き詰めた専門知識を付けなくてはならないわけではない、「少しだけ」物件の特徴やルール、コンセプトを勉強すればいいということ。
遠藤氏の取り組みはある意味ニッチな分野かもしれないが、考え方次第では、今後の不動産営業のあり方として参考になる。物件が持つ個性をうまく生かしながら、ユーザーニーズとマッチングさせるという営業スタイルは、物件と入居者のミスマッチを防ぐという意味でも、より重要度を増していくことだろう。(晋)
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