記者の目

2018/11/14

地域で“求められている”ものを創り出す

東京・深川の住宅地誕生したシェアオフィス

 コワーキングオフィス、シェアオフィスなど、多様なオフィスが各地で増えているが、そのほとんどは、オフィス運営企業が適地に進出する形で供給されている。ところが、今回紹介するシェアオフィス「NAGAYA清澄白河」(東京都江東区)は、そのまちで暮らす人々が中心となり法人を設立、オープンさせたものだ。紹介したい。

◆住宅地に誕生した手作りオフィス

 東京都江東区の深川エリアと言われる地域は、江戸時代には木材のまちとして発展。現在は、既存の建物をおしゃれにリノベーションしたカフェや物販店が現れ、まち歩きを楽しむ人たちで賑わっている。

 今回紹介するシェアオフィス「NAGAYA清澄白河」は、その深川エリアのほぼ真ん中にある。東京メトロ半蔵門線・都営大江戸線「清澄白河」駅徒歩6分、東京メトロ東西線「門前仲町」駅徒歩約16分、住宅街に位置するシェアオフィスだ。外観からは倉庫? 工場?という印象を受け、正直オフィスには見えない。

建物外観からは、シェアオフィスとは思えないが…。2階が「NAGAYA清澄白河」

 2階建ての建物の2階1フロアが「NAGAYA清澄白河」だ。専有面積は約110平方メートル。フリーアドレスで自由席制のオープンスペース、ゆるやかに仕切られた固定席制のブースエリア、個室2室等で構成されている。オープンスペースにはスタンディングのテーブルや書棚も備えられており、談話したり、気分転換を図ったりと、限られたスペースながらも、目的に応じた使いかたができる。なお、個室のうち1室はレンタルオフィスとして賃貸借契約も可能だ。

オープンスペース。メンバーが自由に使用することができる
固定席制のブースエリア。クローズドではないためかなり開放的だが、集中できる、とのこと

 24時間の利用ができ、メンバーは法人登記も可能。オーナーの好意で、会員は1階の時間貸しスペースを会員価格で借りる事ができる特典付き。このスペースは販売、展示なども含めたイベントなどにも使える。

ちょっとした談話などにも使えるスタンディングテーブルスペース
1階のレンタルスペースは天井が高く開放的な雰囲気。イベントや販売会などに活用できる(写真は「NAGAYA清澄白河」のオープニングパーティ開催時)

 建物のリノベーションにあたり、内装などDIYでできるものについては、合同会社カツギテの出資者でもある空間デザインユニット「gift_lab」を中心に、ワークショップのような形で実施。手作り感あふれる温かい空間となっている。家具はIKEAで購入するなど、コストを抑えて仕上げた。「オープンスペースのテーブルも手作りです」と語るのは、同オフィスを運営する合同会社カツギテの代表社員である椎名隆行氏。

 10月1日にオープンを迎えたが、オープン時点でほぼ半分の契約状況。引き合いも強く、順調なスタートを切った。

◆「このまちには仕事ができる場所がない」

 駅からも距離があり住宅が立ち並ぶこの地で、なぜシェアオフィスなのだろうか。その答えを理解するために、「NAGAYA清澄白河」オープンに向け中心的な役割を担った椎名氏の取り組みを紹介したい。

 椎名氏は、この地に工場を構えるガラス工房に生まれ育ち、大学卒業後はサラリーマンとして就職、4年前に生まれ育ったまちで家業であるガラス加工業とITを掛け合わせた会社を立ち上げた。その頃すでに深川エリアは、まちあるきを楽しむ人や観光客からかなり注目を集めていた。一時期と比べてまちには活気が戻っていたが、古くからの住民と新たに住まう人との交流は、さほど進んでいるようには見られなかったという。「この地域はお神輿が出る祭が昔から続いていて、神輿の会の活動も盛んなのですが、そこには若い人や新たに転居してきた人はほとんど入ってこない。40歳の私がかなり歳下の会員」と椎名氏。

 そこで、16年に椎名氏は、昔からの住民と新たな住民との交流が促進されるよう、トークイベントの開催を決意。地元情報をSNSメディア発信する仲間と協力して、地元の飲食店を会場に、地元の商店主やクリエイターなど複数人を毎会スピーカーにして実施した。30席ほど用意する参加者席は毎会満席となる盛況ぶりで、年齢層をまたいだ人と人との交流が創出された。椎名氏個人としても、一年間で約500人ほどとの新たなつながりができたという。

 その後、エリアの店舗や事業者を巻き込んでのまち歩きイベントも開催。短い準備期間であったが、65社が参加して、大成功を納めた。このイベントも地元の人、フリーランスなどさまざまな人の協力を得て実現したそうだが、そうした人たちとのやりとりにより、シェアオフィスの必要性を痛感したという。

 「『パソコンがあれば仕事はできるんだけど、家で仕事をしていても息が詰まる。カフェで仕事をしたりもするのだが、1時間コーヒー一杯では正直居づらい。2杯目頼むか、移動するか…と考えるのも面倒』という話を、何人もの人から聞いたんです」(同氏)。

 椎名氏がさまざまな取り組みの中で、さまざまな業種の人ともつながっていた。その中には不動産会社もあり、(株)トラストリー代表取締役の柴田光治氏(月刊不動産流通2018年3月号特集に登場)とも知り合いに。こうして広がった縁者と、飲み会やイベント企画・開催などを通じて交流を深めていった。その中で、このまちで仕事ができる場を望む声がある、そうした場所を作り出せないか、という話をしていったところ、柴田氏をはじめ、複数の賛同者が現れた。そこで、合同会社化しての取り組みを提案。11人が出資をし、合同会社カツギテを設立。深川エリアのほぼど真ん中に発生した空き物件を借り上げた。事業者はカツギテ、運営は社員の一人でもありシェアハウス運営事業を手掛ける(株)ゲートウェイ(東京都港区)に業務委託する形とした。

◆“ウェット”な関係を構築できる場所に

 なお、この取り組みの目的は、オフィス運営からの利益を期待しての事業化ではなく、あくまでこのまちで生活・仕事をする人のニーズに応じて求められた場所を提供した、という位置づけだ。そして、このオフィスの目指すものも、他のシェアオフィスとは異なる。「このオフィスで目指していきたいのは、利用者とまちの人、地域の人とがつながるオフィス」(柴田氏)だという。

 数駅隣の駅には、デザイン性にも機能性にも優れたシェアオフィスがいくつもあるが、「ここはそうしたオフィスを目指してはいない。各国に展開されている話題のコワーキングオフィスの“WeWork”は、世界中のネットワークを活用できるといった点がポイントのようですが、ここは、深川のネットワークという非常に狭い、しかし深いネットワークを売りにしていきたい」(柴田氏)。

 合同会社の社員の11人はガラス加工業、柴田氏の不動産業をはじめ、理化学器販売店、旅行業、自転車メーカー保険代理業、印刷業、もと飲食業のサラリーマンなど、実にさまざま。そしてそれぞれの人が、このエリアでさまざまな人脈を持つ。

 「NAGAYA清澄白河」では、カツギテの出資者と利用者が集い、1ヵ月に1回程度ミーティングや飲み会を開催し、ビジネスの相談や情報交換を行なう予定だ。「こういうことがしたい、こういう人を紹介してほしい、考えた時に、カツギテのメンバーおよびその知り合いで該当者をこの地域で必ず見つけることができる。そうした“ウエット”な関係を地域と築いていただきながら、地域をさらに盛り上げていきたい」(椎名氏)。

◇  ◇ ◇

 今回、新たにできあがったものはたまたまシェアオフィスであったが、まちに必要なものは、何もオフィスに限った話ではない。人が集えば何らかのニーズが出てくる。それが見えていないとしても、人と人との出会いや交流により、それがあぶり出されてくるはずだ。そして、人と人との出会いや交流を促進する方法は、一つに限らず、ちょっとしたアイディアとそれを実現させるための行動力があれば、可能となるはずだ。不動産業に限らず、地域密着で事業を展開する方達にとって、ニーズを掴むための方法のヒントになるのではないだろうか。(NO)

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