記者の目 / 開発・分譲

2024/5/10

「間取り可変」へのあくなき挑戦

マンション施工大手、長谷工の新提案

 マンションを中心とした分譲住宅を取材フィールドとしている記者は、常に「間取り」のあり方に注目してきた。面積が限られるマンションは、入居者のライフスタイルやその変化に間取りを合わせるのが難しい。事業者各社が様々な工夫を生み出してきたが、近年の建築費高騰が強烈な向かい風になっている。そうした中、マンション施工大手の(株)長谷工コーポレーションが、新たな間取りシステムを提案した。果たしてユーザーの支持が得られるかどうか、その中身を見ていこう。

長谷工コーポレーションの新たな間取り可変の提案「Be-Fit」。収納に割かれていたスペースを自在に使いこなすことで、ユーザーのライフスタイルの変化へ柔軟に、かつローコストで対応する

合理性損なわずに「田の字」にはない空間に

 マンションの間取りといえば「田の字プラン」だ。縦長の専有部のバルコニー側にリビングともう1室、玄関側に廊下を挟んで2室を田の字状に配置するこの間取り(3LDK、下図)は、マンションユーザーのボリュームゾーンであるファミリー世帯に最適化されている。壁を動かす、または新設することで2LDKや4LDKとしての供給も容易であり、事業者にとっても究極に効率的(施工しやすくコスパがいい)であり、今回取り上げる長谷工グループをはじめ、マンションディベロッパーにより広く普及してきた。

マンション間取りのスタンダード「田の字プラン」。作るにも住むにも、合理性をとことん突き詰めた間取りだが、部屋の広さも収納類の数や大きさなどをライフスタイルに合わせ変えることは難しい

 だが、この田の字プランにも限界がある。可動間仕切りでリビングと隣接する部屋を一体化することぐらいはできるが、基本的には部屋数とその広さ、収納の場所や数は、リフォームでもしない限りは変えられない。一回変えるのでさえ大変だから、ライフスタイルに合わせた可変は難しい。そこで、田の字プランの部屋の広さや収納の大きさを、大掛かりなリフォームなしに自由に変えられないかという発想を具現化したのが、長谷工グループが2017年に発表した可動収納ユニット「UGOCLO(ウゴクロ)」だ。

 「田の字プラン」住戸の縦に並んだ2室の間仕切りを取り払い、その間に縦方向にだけ動く可動収納ユニットを2つ挟み込み、このユニットを動かすことで、2つの部屋(とユニット間)の広さを自在に変化させる。可動範囲は限定されるが、縦2部屋を多様な空間として使い分けることができるため、長谷工施工のマンションに続々と採用されていった。

長谷工が2017年から提案している「UGOCLO」は2つの収納を動かすことで、部屋と収納の大きさをライフスタイルに合わせて変化させる。問題は可動収納のコストで、全ての住戸に採用というわけにはなかなかいかない

 ただ、問題はコスト。開発当初戸あたり30万円と言われたコストは徐々にスケールメリットが出てきたが、建築費の高騰はそれを上回るスピードで進んだため、「VE」が至上命題のマンションディベロッパー&建築会社としては(廉価販売が基本のファミリー向けマンションでは)採用が難しくなってきた。

 こうした事情を受け、長谷工グループは「田の字プランの合理性(施工性やコスト)」を損なわず「田の字プランにはない自由度の高い空間利用」が実現できないかと、開発・施工・販売などグループ各社からメンバーを集めたプロジェクトチームを立ち上げて検討。その結果生み出されたのが、分譲マンションの新しい間取り提案「Be-Fit(ビーフィット)」だ。

「収納スペース」を自在に使いこなす

 「Be-Fit」が注目したのは「収納」だ。収納の場所と数はユーザーのライフスタイルに密接に関わってくる。例えば、子供部屋の収納は幼少期には全く使われないが、子供の成長と共にやがては足りなくなってくる。主寝室のウォークインクローゼットもDINKSとシニアでは必要な広さは変わってくる。性別によっても必要な収納量はまるで違う。

 そこでまず、一つの大きな収納を作って家族でシェアすることで収納スペースを最適化すべく、各居室を少しずつ小さくして、家族全員の収納を1ヵ所に集めた「ラージストレージ」(主寝室に隣接するウォークインクローゼットを拡大し、廊下側からもアプローチできるようにした収納)を設置する。
 「ファミリークロークなど、すでに他社でも提案しているよ」と思った読者の方、まったくその通り。Be―Fitはここからが違う。なんと、リビングを除く各部屋の収納を取り払ったのだ。収納があったスペースは実質居室の一部となり、ユーザーが自由に使っていいわけだが、同社はこのスペースを「フィットゾーン」と名付け、ある仕掛けを施している。

「Be-Fit」の概念図。リビング以外の居室から収納を取り去り、その分家族全員でシェアする「ラージストレージ」を設置。各部屋の元収納部分は「フィットゾーン」として、そのまま部屋を広く使ってもいいし、多様な使い方を提案する。さらに一部廊下の幅も広げてフィットゾーンを設置。デッドスペースを有効活用する

 フィットゾーンの背面となる壁は、一定間隔で背面支持金物が施工してある。ここに、棚板やポール、ボックスを取り付け、クローゼット、プレイスペース、テレワークスペースなどを自由に活用できるようにした。この支持金物はラージストレージにも「同じ間隔」で施工されており、棚板やボックスは共用できる。棚板やボックスはマンション購入時にオプションとして販売するほか、引き渡し後もライフスタイルの変化に合わせレイアウトを変えられるよう、長谷工グループのリフォーム会社を通じて購入できる。

フィットゾーン活用のためのツールはバラ売りに加え、汎用性の高いパッケージプランを提案する。写真は従来通りの「収納」をメインとした「衣類重視パッケージ」。価格は約28万円だが、35年ローンに組み込むと月額700円以下ですむ(以下、写真・価格はすべて「ルネ松戸みのり台」の場合)
子供の学校用具や衣類など帰宅してすぐ片づけられるようにした「廊下玄関パッケージ」は約8万円(月々約200円)

 ただ、「色々な空間をつくることができる」といっても、そういう創造力をすべてのユーザーが持ち合わせているわけではない。そこで、ディベロッパー側がクローゼット、プレイスペース、テレワークスペースなどを想定した「パッケージプラン」を用意する。オプション費用は一括払いだと約8万~約29万円(導入初弾の総合地所(株)「ルネ松戸みのり台」(千葉県松戸市、総戸数173戸)の場合)だが、月額数百円程度で住宅ローンにも組み込める。

在宅勤務に対応する「デスクパッケージ」は約24万円(月々約600円)
収納や飾り棚、ペット(猫)スペースを意識したパッケージは約9万円(月々約230円)

 また、各居室の収納部分とは別に、廊下の一部分も幅を450mm拡大し、フィットゾーンを設置する。デッドスペースだった廊下を収納や他の用途で使い、実質的に「床」を増やすという考えだ。「見せる収納は嫌だが、収納は欲しい」「他の用途に使いたい」というユーザーのために、IKEAやディノスの家具割引サービスも行なう。

フィットゾーンは廊下にも設ける。その分居室は狭くなるが「多様な使い方ができる場所」が多ければ、それだけ柔軟な住まい方が実現する

全ての住戸で提案。コストは住宅ローンに組み込み

 「Be-Fit」の長所は大きくわけて3点ある。

 まず、コストの問題から総戸数の一部にしか用意されない「UGOCLO」と違い、「Be-Fit」は全ての住戸が対象となること。専有面積や間取り、中住戸・妻住戸、方角によらずすべての住戸が「Be-Fit」仕様となり、全てのユーザーが「Be-Fit」の提案を享受できる。

 次に、絶対的な収納率を落とさず、ライフスタイルに合わせた空間を提案できること。各部屋の収納は「ラージストレージ」としてまとめられる。そのスペースをねん出するため各部屋は少しずつ小さくなるが、「フィットゾーン」がそれを補う。ラージストレージの広さは各部屋のフィットゾーンの総和よりも若干小さいが、同社は「仕舞い方」「レイアウト」を工夫することで問題にはならないと予想している。

子供が小さいうちはクローゼットはほとんど意味がない。フィットゾーンをそのまま居室として使うことで、広々とした空間とできる

 そして、これが一番大きいのだが、目下の建築費高騰をうまく回避しながら、ディベロッパーがユーザーのライフスタイルに合った間取りを提案できることだ。ラージストレージはウォークインクローゼットの延長だし、フィットゾーンにあった収納が無くなる分、施工コストは下がる。フィットゾーンで使うツールは購入者が負担する(これをユーザー転嫁と取るかは議論の余地があるが、少なくとも記者はライフスタイルに合わせたオプションとしての提案であり、ユーザーの理解を得られると考える。100万円を超えるような過度な負担でもなく、住宅ローンへ組み込めるのも大きい)。ちなみに、「普通の収納がいい」という購入者はBe-Fitレスにも対応するが、有償オプションとなる。

◆      ◆   ◆

 「Be―Fit」は前記した総合地所「松戸」と、(株)長谷工不動産の「ブランシエラ川崎大島」(川崎市川崎区、総戸数104戸)から導入を開始。自社グループで反響を検証しながら、他のディベロッパーの施工物件にも提案していく方針だ。最も早く販売活動に入った総合地所「松戸」では、多彩な使い方ができる「フィットゾーン」の提案も想定通り好感されているという。

 (一社)日本建設業連合会の調査によると、建設資材の高騰や労務費の上昇の影響で、24年4月時点の全建設コストは21年1月比20~23%上昇しているという。一方で、消費者の懐具合は依然としてシビアであり、もはやこの価格高騰についていける状況にない。様々な制約をかいくぐり、ユーザーの理想の住宅を納得できる価格で提供できるか。針の穴を通すかのごとき事業者の努力はこれからも続くだろう(J)

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