海外トピックス

2010/11/4

vol.166 シニア対策に希望の光?

シカゴ市による低所得者向け賃貸住宅、ウェストリッジ・シニアアパートメントの正面。煉瓦と石でできたまだ新しく堅牢な建物だ(イリノイ州シカゴ市、以下同)
シカゴ市による低所得者向け賃貸住宅、ウェストリッジ・シニアアパートメントの正面。煉瓦と石でできたまだ新しく堅牢な建物だ(イリノイ州シカゴ市、以下同)
ウェストリッジ・シニアアパートメントのロビー。家賃は1BRで7万円前後。決して安いとは思えないが、シカゴ市から多少援助があるようだ
ウェストリッジ・シニアアパートメントのロビー。家賃は1BRで7万円前後。決して安いとは思えないが、シカゴ市から多少援助があるようだ
リンカーン・ビレッジ・アパートメント(低所得者用賃貸アパート)のエクササイズ ルーム
リンカーン・ビレッジ・アパートメント(低所得者用賃貸アパート)のエクササイズ ルーム
シニアのための看護婦が常駐、リハビリテーション施設も含んだアストリア・プレィス。入り口は車椅子が通れるよう広い自動ドアになっている。ここは低所得者用ではないようだ
シニアのための看護婦が常駐、リハビリテーション施設も含んだアストリア・プレィス。入り口は車椅子が通れるよう広い自動ドアになっている。ここは低所得者用ではないようだ
コンピューターの使い方を教わるシニア。アストリア・プレィスはどこも車椅子用に充分スペースがとってある
コンピューターの使い方を教わるシニア。アストリア・プレィスはどこも車椅子用に充分スペースがとってある
アストリア プレィスの食堂
アストリア プレィスの食堂

健康と経済がシニアの明暗を分けるアメリカ

居心地のよいコミュニティの住み慣れた自宅で一生をおくりたいのは多くのシニア達の望みであるけれど、シニア全員その望みが叶うとは限らない。それを困難にするのは、深刻な病気や痴呆症、貧困など多くの要因がある。健康と経済がシニアの明暗をくっきりと分けるのはアメリカ社会の厳しい現実。シニアの激増に伴い、彼らを取り込むビジネスも多く、シニア用住宅建設プロジェクトは不況の現在でも活発だと聞くが、これらに入居できるラッキーなシニアはほんの一部に過ぎない。シニア対策に希望の光は見出せるのだろうか?

市も低所得者向けにさまざまな住宅支援

たとえローンを払い終えた家に住み年金で充分に暮らせると考えていても、不慮の出来事で自宅を手放す羽目に陥ることもある。固定資産税が高くなったり、古い家の修理に予想外の出費、そして病気など。そんな時は市の援助を受ける方法がいくつかあるから、市の相談事務所に行ってソーシャルワーカーに相談するのが一番だ。 シカゴ市では、低所得者向け公共賃貸住宅はCHA (Chicago Housing Authority) 部門で管轄しており、賃貸用のシニア住宅入居申し込みを受け付けている。また、シニアのためだけとは限らないが、「セクション8」といって、シカゴ市が低所得者に家賃の何%かを補助するシステムもある。アパートの所有者がセクション8プログラムを受け入れると、家賃は借り手と市とで分担して支払う仕組みだ。低所得者用シニア住宅もセクション8も、申し込んでから受け入れられるまで時間がかかるのは覚悟せねばなるまい。

入院費が高額な国。低所得者は公立ナーシングホームへ

深刻な病気にかかった場合は入院せざるを得ないが、アメリカの入院費は途方もなく高額で、とても何日も病院にいられるものではない。経済に余裕があればアシステッド・リビングとよばれる介助設備の整った施設へ転院して療養するが、このような施設は政府の老齢保険の補助はほとんどないから、経済的に余裕のあるシニアのみ。低所得者は政府から「メディケイド」とよばれる低所得者向けの老齢医療保険が支給され、退院してから州や市の補助のあるナーシングホームに入る。相部屋だし看護人の数も多くはない。低所得者が痴呆症かアルツハイマー症にかかると、本人の貯金も家族の補助もすぐに底をついてしまうだろう。 痴呆症かアルツハイマー症患者専門の施設は増えてきてはいるが、面倒をみるのに多くの人手がかかるし、場合によっては24時間の監視が必要なため、独立した痴呆症患者専門の建物が必要で、当然ながらその入所費や管理費は高額。低所得のシニアは公立のナーシングホームに留まることになる。

オンブズマンが施設を見回り、実態をチェック

ナーシングホームは社会の底辺の吹きだまりのようになって、管理も環境も悪く、虐待やレイプなど長い間苦情が絶えなかった。イリノイ州ではこれらの苦情に対して、現場視察や対処をするプログラムを30年前に設立している。「オンブズマン」という妙な名前だが、施設と州を取り持つ中間の役目である。責任者が公立私立にかかわらず、ナーシングホームや長期介護施設を見回り、建物が正常に稼働しているか、どのように居住者が取り扱われているか検査し、時には州の条例を改正する場合も。イリノイ州のオンブズマンプログラムでは44人のフルタイム、320人のボランティアでフル回転状態だ(Chicago Tribune newspaper 11/25/07)。

自立シニアに向けた住居の提供も

低所得シニアは他にどこにも行くあてがなく、たとえ健康が戻ったにしても残りの人生をナーシングホームでおくる他ない。その悲劇を避けるために “Enhanced Transition”(ホームアゲイン)プログラムが2005年にイリノイ州によって設立され、すでに200人近くのナーシングホーム住人を連れ出すのに成功している。 イリノイ州はナーシングホームで暮らす人口が全米で最も多く、2005年には7万2,000人。州は彼等にかかる費用の63%を支払っているので、患者達が回復すればかなりの費用削減になると見積もったのだろう。リハビリが済み自立できそうなシニアを対象に、低所得者用の施設とタイアップして住まいの提供を始めた。多くはアパート形式で、家具や台所器具などは寄付でまかなわれ、掃除や介助など州の援助でなされるし、ソーシャルワーカーが頻繁に訪れてシニアの様子をみる。シニアにとってはナーシングホームに比べて自分のスペースとプライバシーがある(Chicago Tribune newspaper 08/05/07)。 現在アメリカには65歳以上のシニアが約3,500万人おり、ベビーブーマーズ(団塊の世代)の先頭1946年生まれが来年65歳になって、3,000万人のブーマーズがあとに続く(www.census.gov)。 光りの当たらない部分のシニアに対しては厳しい将来が予測されるが、州や市がシニア対策に取り組んでいるのは喜ばしい。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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