海外トピックス

2014/2/20

vol.245 賃貸マーケット空室率:数字のトリック

最近シカゴ市内に続々と新しい高層建物が建てられ、大半は賃貸用である(イリノイ州シカゴ市。以下同)
最近シカゴ市内に続々と新しい高層建物が建てられ、大半は賃貸用である(イリノイ州シカゴ市。以下同)
窓に明かりがつき始めた夕暮れ、シカゴ美術館からの都心の建築群。右側はミシガン湖なので、高層建物からは美しい眺めであろう
窓に明かりがつき始めた夕暮れ、シカゴ美術館からの都心の建築群。右側はミシガン湖なので、高層建物からは美しい眺めであろう
シカゴの中心地は2006年頃の不動産業界の落ち込みで建設が中止されていたが、最近再開発が急激に進んでいる。ストリートヴィル界隈で
シカゴの中心地は2006年頃の不動産業界の落ち込みで建設が中止されていたが、最近再開発が急激に進んでいる。ストリートヴィル界隈で
こうした高層ビルの玄関は門番が常駐しており、車をガレージにしまってもくれる
こうした高層ビルの玄関は門番が常駐しており、車をガレージにしまってもくれる
門番が出迎えてくれる(賃貸アパートでなく、マンションだが…)
門番が出迎えてくれる(賃貸アパートでなく、マンションだが…)
大理石のテープルトップカウンターとステンレス製の調理用品はキッチンの定番
大理石のテープルトップカウンターとステンレス製の調理用品はキッチンの定番
高額物件には一戸ごとに洗濯機と乾燥機が備え付けられてある
高額物件には一戸ごとに洗濯機と乾燥機が備え付けられてある

数字だけでは全体像が描けない時がある、ということを知った。シカゴ市の現在の賃貸マーケット空室率は3.7%と低い。2010年は6%だったが、翌年5%に下がり、その後、現在まで下がり続けている。
空室率が低いということは、賃貸アパートを借りる人の数が現在供給されている賃貸アパートの数に比べて多い、と単純に考えていた。でもそれはどういうことなのだろう?家の価格もローン金利はまだ低い。家を買う絶好の時期ではあるまいか?それでも賃貸アパートに住む人の数は増え続けているのだろうか?
その背景には、数字だけではすぐに伝わらない社会や人々の気持ちの変化があるようなのだ。数字の背景を眺め、社会状況を推察してみよう。

サブプライム問題を機に衰退してきた「アメリカンドリーム」

3年前に多くの人々が「家を持つことに果たして価値があるのだろうか?」と考え始めた状況をレポートした(vol. 192/2011/Dec.)。 2006年をピークとして起きた不動産バブル崩壊は、9.11のテロ同様に多くのアメリカ人達の心に生々しく傷跡を残し、その後、人々の暮らし方をも変えてしまった。例えば家族や友人達、近隣の誰かが家を購入したはよいが、毎月のホームローンを払い続けられなくなり、すぐに家を手放さねばならない羽目に陥る。本人はもちろん言うに及ばず、その悲劇の一部始終を見てしまった目撃者達にとって、衝撃は余りにも強く、それがトラウマとなったとしても不思議はないだろう。 この体験を経て、家を所有することが人生の大きな目的とは限らない、とあえて家を持つことを放棄し、賃貸アパートでの暮らしを選択した人々が2006年以降増えたのである。まさにアメリカンドリームの喪失と言えよう。

所有によるリスクを負わない考え方も

合理的な暮らし方として、賃貸をあえて選ぶという風潮も生まれた。2006年を頂点とする不動産崩壊を経て、心情的というよりは、むしろ家を所有するリスクを負いたくないグループである。以前家を持ったことのある多くの若い人達でさえ、あっさりと持ち家から賃貸に転換。これから何十年もローンを背負い、固定資産税や家の保険を払い、家の修理に費やす時間とお金を考えると負担が多過ぎる。 雪かき、芝苅り、水まき、落葉の始末、さらには修理や改築改装を含め、家の保持にはメィンテナンスが絶対必要になってくる。費用に加えて手間も大変だ。賃貸ならば、電球が切れても管理人に電話一本で解決。大雪の予報が出ても雪かきを気にすることなく、鍵をかけて気軽に旅行に出かけられる。家の管理にかける時間とお金を他の事に使える大きな利点が賃貸にはあろう。 車社会のアメリカだが、若い人々の間で車を持つのをやめて自転車で通勤するとか、必要な時だけ車を使える新しいレンタル方式を利用するなど、暮らし方の変化がみられるようになってきた。賃貸も同様に彼等にとっては新しい暮らし方なのかもしれない。

経済的な余裕のない人々も増加

S&P/Case-Shillerの全米20都市の住宅価格表によると、住宅価格が最低だった2009年頃から見れば、現在は13.6%値上がってきている。しかし、購入者は投資を目的とした不動産専門業者がほとんどのようで、個人が住宅購入に踏み切る気配はまだ薄い。 先日、全米公共ラジオ放送で“National Association of Realtors の予測では今後10年間、賃貸する人々は増え続ける。” というニュースを聞いた。雇用率は飛躍的には伸びそうになく、家を買えるだけ経済的に余裕のある人々はそう増えないだろう、というのが賃貸が増える主な原因らしい。 2006年の不動産バブル崩壊後、銀行の申請者へのローン貸し出し審査が厳しくなって、簡単に個人が家を購入できなくなった事情もあり、選択の余地もなく賃貸アパートに住む人の数がさらに増えるということは簡単に予測がつく。

賃貸住宅は供給ラッシュ…なのに空室率はなぜ低い?

自分の家を持つことはアメリカ人一般の暮らしの価値観でもあった。しかし、従来の賃貸アパートに住む人々に加え、気持ちの変化及び合理的な考え方から、所有よりも賃貸を選択する人も増える傾向にある。建設業者はそういった社会の変化を予測してか、ここ数年来、驚くほど沢山の賃貸用の建物を建設中なのである。シカゴ都心に限っても今年中に3,000戸、来年中に3,000戸完成する予定。全米主要都市では昨年は12万7,000戸が供給されたし、今年中には16万戸以上が完成する見込みで、これは歴史的な数だそう。 借りる側にとって、それだけ沢山の供給数があれば、選択肢も広がる、という朗報と受け取りたいが、賃貸料が上がりつつある事実がブレーキをかけているのは否めない。 シカゴ市内の中程度の物件でも昨年から8.5%も賃貸料が値上がったので、賃貸人口の大半を占める20歳から30歳前半の人々は、家賃が安くて値上がり率も低い都心からかなり離れた物件を探さざるを得ない。期待した程には雇用率は上がらず、仕事を得るどころか、得ても保つことさえ苦慮しているここ数年間である。 経済状況から親元に戻って同居に踏み切る若い人々も少なくない。以上の人々の動きと、余りにも沢山の賃貸用建物が供給される点を考えると、3.7%という空室率は来年はどう変わるだろうか?観察してゆくのも興味深いだろう。


参考資料
/us.spindices.com/indices/real-estate/sp-case-shiller-20-city-composite-home-price-index
www.calculatedriskblog.com/2014/01/reis-apartment-vacancy-rate-declined-to.html
yochicago.com/chicago-vacancy-rates-drop-rents-rise-per-marcus-millichap/30113/
/articles.chicagotribune.com/2014-01-19/classified/sc-cons-0116-umberger-20140119_1_rents-labor-market-apartment-market


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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