海外トピックス

2015/10/20

vol.284 堅い絆で結ばれた自然発生的な「コミュニティ」

ミラー家の結婚式。戸外に立てられた天蓋の下で儀式を、つまり結婚の式をとり行ない、それから披露宴となる。新郎のひげや黒い帽子は伝統を守るユダヤの衣装(イリノイ州シカゴ市。以下同)
ミラー家の結婚式。戸外に立てられた天蓋の下で儀式を、つまり結婚の式をとり行ない、それから披露宴となる。新郎のひげや黒い帽子は伝統を守るユダヤの衣装(イリノイ州シカゴ市。以下同)
厳粛な結婚の儀式が終わった後はにぎやかにダンスをしたり、食べたり、おしゃべりしたり…。ユダヤ教正統派(オーソドックス)の人々は、はじめは男性同士、女性同士で踊り、次第に輪になって、女性も男性も手をつないでフォークダンスのように賑やかで楽しく踊る
厳粛な結婚の儀式が終わった後はにぎやかにダンスをしたり、食べたり、おしゃべりしたり…。ユダヤ教正統派(オーソドックス)の人々は、はじめは男性同士、女性同士で踊り、次第に輪になって、女性も男性も手をつないでフォークダンスのように賑やかで楽しく踊る
ミラー家のスッカ。組み立てるのに数日かかるが、そのプロセスも儀式の一部だそうである
ミラー家のスッカ。組み立てるのに数日かかるが、そのプロセスも儀式の一部だそうである
シナゴーグの前庭に建てたコミュニティスッカ。アパートなどに住んでいてスッカを持てない人々のためのもの
シナゴーグの前庭に建てたコミュニティスッカ。アパートなどに住んでいてスッカを持てない人々のためのもの
秋の収穫の祭りでもあるので、このような飾りが上部(天井)の竹のすだれのような部分から吊るされる。壁にも沢山飾られる
秋の収穫の祭りでもあるので、このような飾りが上部(天井)の竹のすだれのような部分から吊るされる。壁にも沢山飾られる
新しいトーラ(律法書)が羊皮紙に手書きされ、完成した時など、コミュニティの大勢の人々で通りを練り歩いて祝う
新しいトーラ(律法書)が羊皮紙に手書きされ、完成した時など、コミュニティの大勢の人々で通りを練り歩いて祝う

 スッカで催される晩餐に招かれた。スッカ (Sukkot, sukkah ヘブライ語)は、ユダヤ教徒が庭やテラスに建てた一時的な仮小屋で、1週間ちょっとで撤去される。はるか昔、エジプトを脱出した時に荒野で40年間も野営し、天幕に住んだ出来事に由来する。
 
 しかし、ここで過ごす時間は実のところ決して快適とは言えない。屋根は意図的にすだれのように葺かれているので、日光が縞のように射し込むが、雨が降ればしずくがポタポタ…。四方は板か布で囲ってあるだけなので、ひどく寒いし風は容赦なく吹き込む。仮の家に住む体験を通して荒野でさまよった歴史を思い起こし、現在の快適な暮らしを神に感謝するユダヤ教の宗教的行事なのである。

 家族親類友人など大勢の人々と祈りと共に食事を分かち合うが、宗教を共有するコミュニティの行事でもある。

家のつくりにも厳しい規律が

 ユダヤのカレンダーによると、今年は5699年だそうで、すべての儀式はユダヤ暦に基づき行なわれる。それ程古い歴史を持つユダヤ人について知らない友人達が多いし、筆者も「アンネの日記」を読んだ程度であった。しかし、たまたま引っ越してきた界隈が信仰深い正統派ユダヤ人コミュニティであった。これにはそそっかしい理由がある。

 筆者は染め工芸を教えたり家で作品を作っているのだが、植物染料を煎じたり流しで染布を洗うので、以前は台所で気を使いながら制作していた。10年前に見つけた家は築100年の古い家ながら、台所が1階と地下とに何と2ヵ所もある。冷蔵庫も2つ、ガス台も流しも戸棚もあり、地下のキッチンを染めのスタジオに!ととびついたのだった。

 ところが、台所が2ヵ所あるのは「コーシャー」を守るために設計されているのであった。正統派ユダヤ人の家庭はどこでもガス台、流し、冷蔵庫、オーブン、調理台、調理器具に至るまで二組用意する。例えば肉と乳製品を別々に収納し、調理も別々にするなど、数限りないコーシャー、つまり、ユダヤ教の律法書によって規定された食べ物と料理法があり、それに従わねばならない。

同じユダヤ人でも、信仰の度合いはさまざま

 しかしながら、現代はどのユダヤ人家庭もコーシャーを守っているとは限らない。実際守っているのは少数であろう。そのような珍しいコミュニテイにたまたままぎれこんでしまったのである。

 筆者はユダヤ教ではないが(仏教か神道か無神教に近い)、このような背景から、今年のスッカには合計3回も近所の家庭に招かれた。

 ところで、誤解をさけるために言うと、ひとくくりにユダヤ人と言っても、信仰の実践の度合いによっていくつかに分類してよいかと思う。コーシャーを厳守する「オーソドックス」正統派ユダヤ教信者は、男性の多くはひげをはやし、白いシャツに黒いズボン、黒い帽子をかぶっていて、シャガールの絵に出てくるユダヤ人の風貌。このグループの中でもいくつか枝分かれしており、オーソドックス「ライト」位の人々もいるし、服装も一律ではない。

 次に「保守派」は、ユダヤ教の年に3回程の主要な祭日にはシナゴーグ(集会所)に行ったりはするが、オーソドックスの人々ほど厳しい規定には縛られない。服装も自由だし、コーシャーを厳守しない。

 「リフォーム」はさらに緩やかで、キリスト教徒と結婚したり、ユダヤの祭日もクリスマスも祝う折衷派もいるが、それでもユダヤ人という自覚はあるグループ。

 最後に付け加えると、ユダヤ人として生まれても、ユダヤ人であることをいくつかの理由で拒否してしまう人々もいる。

著名人が多く、目立つ存在

 アメリカ人とユダヤ人とは違うの?と聞かれたことがあるが、ユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれた血を持つ人種を指し、ユダヤ教に改宗した人々もユダヤ系に含まれる。

 イスラエルの他にもユダヤ人は世界中に散らばっていて、アメリカに住むユダヤ人ならユダヤ系アメリカ人、イタリアに住むユダヤ人ならユダヤ系イタリア人と言えようか。

 アメリカでは、ユダヤ系は全人口のたったの2.5%しか占めていないが、ダスティン・ホフマンやスティーブン・スピルバーグ、ウッディ・アレン、レナード・バーンスタインなど著名な人が少なくないので、良かれ悪しかれ目立つ。シカゴ中心地の土地持ちで、莫大な富を築いた不動産業者のアーサー・ルブロフ (Auther Rubloff) もユダヤ系アメリカ人であった。

議論好き、金銭感覚にも優れる…?

 コーシャーには沢山の規則があって、我が家へ近隣の正統派ユダヤ人を食事に招待することは難しすぎる。なぜなら普通の家庭はユダヤ教とは関係なく、料理法は当然ながらコーシャーではない。だから律法師が清潔かどうか必ず検査をし、監督下にある食べ物だけが許可されるコーシャーを守る正統派ユダヤ人は、普通の家庭での料理を食べる機会は避けるのだ。

 しかし、正統派ユダヤ人が料理した場合は誰でも食べられるので、筆者も近所のよしみでお招きにあずかるというわけだ。金曜日の日没から土曜日までは安息日(サバット、shabbat またはシャバス、sabbath)のために車を運転しない。コンピューターやTVも手を触れず、シナゴーグで祈りを捧げる他、訪問し合って食事を共にし、おしゃべりに時を過ごす。

 話題は律法書についての解釈が多く、誰もが自分なりの考えを持っているので議論に花が咲く。だから相手の言った事に対して、理路整然と相手を納得させる習慣が幼い頃からつくのだろうか。理論に長けているせいか、弁護士、科学者、医者にユダヤ系が圧倒的に多いというのは筆者の推論である。金銭感覚に優れているとよく言われるように、税理士や商人(特にダイアモンドや金を扱う)にもユダヤ系が多い。

スッカで考えた…「コミュニティとは」

 正統派ユダヤ人達があちこちに散らばって住まず、主に都市部に固まって住む理由は、シナゴーグが都市に多く集まっているからでもあり、彼らの職業が農業や工業よりも都市部を中心とした金融関係が多いためではあるまいか。

 子供達は公立の学校でなく、ヒブル語(=ヘブライ語)を学ぶためにユダヤ系の学校に通う。公立の学校とは祭日が違うし、食事制限(コーシャー)もあってそうならざるを得ない。だからシナゴーグやユダヤ人学校周辺にコミュニティを作って暮らすのは自然の成り行きであろう。

 宗派は全く異なるが、アーミッシュのコミュニティも似ていて、思わず連想してしまった。また、アメリカの南部ではキリスト教の教会を中心に地域の活動が活発だが、キリスト教にはいくつかの宗派があり、宗派ごとに教会によってそれぞれのコミュニティができている。

 ところで、ここ数年来、広大な敷地に開発業者がシニアのコミュニティを計画、造成されているが、ビジネスとしてどう展開してゆくか興味深い。コミュニティというのは、そもそも何かを共有することで連帯感が生まれ、自然なかたちで出来上がっていくものではないかと、スッカで食事をしながら感じたからである。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com


明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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