海外トピックス

2018/1/9

vol.337 目の不自由な人々専用の集合住宅

フリードマン・プレースの正面玄関。明るく迎え入れるような雰囲気がある(イリノイ州シカゴ市、以下同)

 フリードマン・プレィス (Friedman Place ) は視覚障害者専用の集合住宅である。ディレクターのブラウン氏は数年前に就任して以来、居住者の「独立心を育てる環境作り」を掲げて改革に努力してきたと説明してくれた。
 われわれは通常目で認識し行動を起こすのだが、視覚障害者は他人に頼らざるを得ない状況が多い。しかし、ここでは目以外に自分で認識、行動出来る工夫が多々凝らされている。

音、手触り、足触りで、場所を認識

廊下に敷かれたカーペットにわずかな段差(白いテープのように見える)があり、歩いているとこの段差で左には水飲み場と洗面所があると視覚障害者に感じさせる仕組み

 例をあげると…。
 目の不自由な人が一人で建物内を歩き回れるように「音」「手触り」「足触り」の感覚を最大限に活かしている。例えば廊下には手すりが施され、居住者はその手すりにつかまって歩くが、ある地点で手すりの裏側にマジックテープが…。
その手触りの変化で何かがあることを伝えるのだ。例えばエレベーターのスイッチがその地点の右上にあるとか言った具合に。

 TALKING エレベーター(おしゃべりエレベーター)内は音声で指示や応答がなされる。
 また、廊下のカーペットにかすかな段差を足触りで感じる地点があり、そのわきにトイレや水飲み場所がある事を知らせている。

 郵便コーナーでは、郵便物が届いた時にはコオロギの音色が流れてくるが、それは住人が日に何度も「手紙が来たかな?」と確かめに部屋から1階の郵便コーナーまで降りて来る必要がないようにとの配慮である。

エキゼクティブディレクターのアレクサンダー・ブラウン氏(左)福祉の博士号とビジネスの修士号を取得。右はセラピストのジュディス

「2時にケチャップを置きましたからね」の意味は?

 5階建ての集合住宅にはスタジオ型個室が74室、1BRが7室あり、現在90人近い視覚障害者が住んでいる。部屋はいずれもバスルーム、トイレ、小さなキッチン付き。冷蔵庫や電子レンジには、点字とはっきりとした大きな字で説明が表記され、電話やTV用の配線も設置済み。

はっきりとした色でドア周囲が塗ってあり、視覚が弱い人にこの色彩対比で部屋が見やすいよう工夫がしてある。手すりにもサインが感じられる

 食堂では日に3度食事が用意されるが、メニューは勿論点字だ。ウェートレスが入居者に食事を運んで来た時に「2時にケチャップを置きましたからね」と話しているのを聞いて、聞き慣れない言い方に戸惑った。「ここにケチャップを…」といっても目の不自由な人には「ここ」とか「もうちょっと上」は見えない。「2時」というのは右上のことを言っているのだ。時計の針の位置で説明しているわけで、分かり易い。
 このように、スタッフは細かな点に至るまで知識と心遣いが必要のようだ。

負担はゼロだが、入居には厳しい条件

戸外で運動には制限があるので室内のエクササイズルームには各種の道具が揃っている。もちろん点字で使い方が説明がしてある

 1人の視覚障害者の生活にかかる費用は1ヵ月約35万円だそうだが、その費用は政府と寄付金で賄われ、入居者は無料である。良い事ずくめだが、入居するには厳しい制限がある。
 この施設は介助付き集合住宅で(介護つきではない)低所得者用である。入居するには州が定めた数値に合致しなければならない。数値は政府側(州)の資料及び申込者とのインタビューで決められる。正式に視覚障害者と認められ、日々の行動に介助が必要とされる事。そして無収入か低所得で、家族から援助が得られず、政府の補助が必要であると認定された場合のみ入居が受け入れられるのだ。
 また、入居後に介助から介護が必要になった場合にはフリードマン・プレィスには居住できなくなり、ナーシングホーム(養老院)への転居となる。

作品が売れればお小遣いに

ここのスタジオで織った作品があちこちの場所に展示してある。障害者の施設である雰囲気は織りの色と触感で和らげられている

 入居者は無収入か低所得なので、フリードマン・プレィスでは個人的な嗜好品(シャンプー等)を買うためのお小遣いを月に1万円出している。このほか織り物でお小遣いを得る事も出来、それも織りを続ける動機となる。

 前回紹介した織り教室は、建物に付随して建て増しされたウィングで行なわれる入居者用のプログラムだ。年に数回セールを催し、生徒の作品を売るが、売れると何割かが織り手の収入となる。
 通常、価格設定は材料費とかけた時間、それに儲けの分を加えてなされるが、フリードマン・プレィスの場合は異なる。材料は施設が調達するし織り教師の給与も施設が支払う。生徒は1時間に15cm位しか織れないので、かけた時間等で値段をつけたら思いもかけないほどの高額になってしまう。だからそうせず、あえて売れる常識的な値段に設定。
 モトがとれるビジネスでは決してないが、目的は織り手である視覚障害者に自信を付けさせるために行なっている。完全な自立は無理としても、自分の力で出来る限りの事はやる、という独立心を促すフリードマン・プレィスの姿勢がそこここで感じられた。

織りあげて売られる作品には作者の名前が記入してあり、それは視覚障害者に自信と誇りを持たせる

Akemi Cohn
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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