記者の目

2010/12/15

不動産業人生、私が出会ったハッピーストーリー(1)

第1回「“低性能住宅”で暮らした家族たち」

家賃滞納や住宅ローン破綻をはじめ、管理物件における火災発生や入居者の自殺…等々、不動産業に従事していると、トラブルや事件、悲しい出来事に遭遇することが決して少なくない。「何につけてもせちがらい世の中になった」とは、近頃、記者が取材中によく聞く言葉である。 とはいえ、一方で、心がほっこり温まるような場面やシーンに遭遇、「気持ちが明るくなった」というご体験もあるのではないだろうか。 本シリーズでは、不動産業に携わる方々が体験した、心温まる話と、それに関連する周辺情報についてお届けします。 ※プライバシーに配慮し、個人の事情が特定できないよう一部設定を変えてお話いただき、それをもとに、記者が話を再構成しました。

 東京のベッドタウンとして発展してきた埼玉県狭山市。A氏がこの地で不動産業人生を歩みはじめてから、40年を迎えようとしている。
 仕事の中心は売買仲介。今年で70歳を数えた。

 もともと大手映画会社の脚本家だったA氏。映画会社の倒産とともに、「人間を観察するための、束の間の手伝い」のつもりで始めた不動産業人生が、半世紀近くなった。刺激的な毎日だったが、これまでを振り返ると、艱難辛苦の連続だったと実感する。思い出すと、今でもひやっとするような事件も少なくない。それでも、なかにはうれしい記憶がある。
 あの家族も、そんな、心を温めてくれた思い出の一つだ。

子供の病気が悪化する、いつもカビ臭い家

 秋晴れの、店の外に出なくても空気が澄んで気持ちがよいとわかる日に、その家族は来店した。一目見て、病気がちだとわかる子供が一緒である。子供は久しぶりの外出だからか落ち着かず、両親の陰にかくれたり、周囲をきょろきょろと見回したりしていた。子供の息づかいが普通とは違う、喘息か肺の病気だろう、というのが第一印象だった。

 両親、特にその子供とそっくりな顔をした母親は、始終子供に視線をやっている。子供の視線の先を母親も追い、また子供の目を見つめて少し悲しそうな顔をする。子供の病気は自分の責任、とでもいうような気の遣りようだった。

 話を聞けば、子供はやはり喘息で、食べ物やタバコの煙、ホコリなどにもアレルギー反応が出てしまうとのこと。空気のきれいな緑の多いところで暮らせば、少しは病状が回復するかもしれないと、10年ほど前に空き家になっていた狭山市の親戚の家に移ってきたのだという。

 しかし、周囲に幹線道路が多いからか、それとも住んでいる家がよくないのか、一向に子供の病状はよくならず、悪化する一方であるらしい。
 住んでいる家は、部屋の隅からどことなく隙間風が入ってくるのに、なぜか居間だけは風が抜けずに常時カビくさい。何度壁紙を張り替えても、またシミが浮き出てくるといった具合で、「賃貸住宅でも、売り物件でもいいから、とにかく家族が健康に暮らせる家を紹介してください」ということだった。

早く引越ししたいという気持ちを煽れば、契約は早いが…

 家族が同社を訪れたのは、狭山市での業歴が長かったからだという。よほど、このエリアが気に入っているのだなと、狭山市を中心に「健康的に暮らせそうな家」を紹介していくことにした。

 カビに苦しめられたというから、日当たりと通風の良さは、優先順位の上位にくるだろう。近くに緑がこんもり茂っているような公園があれば、子供は体を動かすことができるし、目にも優しく、空気がおいしい。無農薬の野菜を販売しているような店が近所にあったら、なお喜んでもらえそうだ。
 そんなことを考えながら、あのあたりの物件は…、このあたりの物件は…と、頭の中の物件地図を広げて、賃貸・売買限らず、紹介していった。

 世帯収入は、平均と比較して3倍以上ある。選択肢が多い分、いろいろな物件を検討しないと気が済まないだろう。そうするとどの物件にも一長一短あることがわかり、なかなか思い切りがつかなくなる。

 健康的に暮らせる家で早く生活を始めたいという気持ちと、もっとよい物件があるのではないかと思う気持ち、この相反する感情がちょうど半分ずつになった頃が、契約のタイミングだと直感した。

 しかし、こだわりと資金が多いこうした属性の家族の場合、戸建住宅であれば、注文住宅、もしくは建築家に頼むことになるのが一般的だ。しかし、こうして自分の会社を訪ねたところをみると、よほど、早く引っ越したいのだろう。その気持ちを煽って、今、住んでいる家より少しだけでも程度がよい家を紹介すれば、すぐに契約できる、と初めて会ったときに思った。

 でも、それはしなかった。

 あくまでも顧客にとって最適な住まいの選択を支援する、という営業スタイルが、A氏の誇りでもあったからだ。

 そして結局は、バックマージンも何も発生しない、だけれども、その家族にとってふさわしい家を建ててくれそうな、ある小さな住宅メーカーを紹介して、その家族とは別れた。
 親戚の土地で、家を建替えることにしたのだ。そしてその家族とはそれきりになった。
 
送られてきた3枚の写真

 その家族と出会ってからちょうど1年ほど経ったある日、例の家族から一通の手紙が、何枚かの写真とともに届いた。
 写真の表面には付箋が貼られている。どうやら、写真のキャプションのようだ。

 1枚目の写真には、新しく建った家の外観とあの家族が写っていた。キャプションには「おかげさまで、気に入った地域で、快適な生活を始められそうです」とある。
 きっと、これからもしばらくの間は、あの母親は子供に目を遣り続けるのだろう。でも、もう悲しい顔はしないはずだ。

 2枚目の写真には、建て替える前の家の外観が写っていた。付箋には「低性能住宅。それでも10年間、私達家族を守ってくれた家」と書いてあった。

 そして、3枚目の写真には、いつ撮ったのだろうか、A氏の会社と、店の周りを掃除しているA氏の姿が写っていた。

 「すみません、先日だまって隠し撮りをしました。毎日、お店の近くを通っていましたが、隣の店の前に落ちているゴミまで拾っている姿をみて、この人ならきっと、自分達にとって一番よい選択を応援してくれると直感しました。結局は、○○さん(A氏)のところでお世話にはなれなかったこともあって心苦しく、御礼がこんなに遅くなってしまいました。でも、家族一同、本当に感謝しています」と小さな字でちょこちょこと書き付けてあった。

 なんとなくやっていた掃除だったが、こんなに腰を入れていたのか。初めて知る自分の姿だった。

 その3枚の写真は、机の脇に飾った。
 写真のお礼の連絡をするかどうか迷ったが、やめておいた。
 いつもどおり、店の周りを掃除していれば、きっとまたあの家族に会えるだろう。そうしたら、新しい家の住み心地を聞いてみよう。

(第1回 終)

 ※※※※※
 
【不動産、ちょっとメモ:シックハウス症候群】

 新築やリフォームした家やオフィスに滞在すると、吐き気やめまいがする、目がチカチカする、咳が出るなど、体の不調を伴うシックハウスハウス症候群。まだ未解明な部分が多く、さまざまな複合要因が考えられています。

 汚染された住宅内の空気を吸引することによって、上記のような症状が引き起こされると考えられており、建材や家具等に含まれる有機溶剤や防腐剤、それらに類する揮発性有機化合物(VOC、Volatile Organic Compounds)などの化学物質が汚染源とされています。カビや微生物による空気汚染も原因となるといわれています。

 現在、シックハウス対策として、建築基準法ではクロルピリホスとホルムアルデヒドが規制の対象になっているほか、換気設備の設置などが定められていますが、この規制は2003年7月1日以降に着工された建築物が対象で、同年6月以前に着工されたものには適用外です。

 国では、「シックハウス対策関係省庁連絡会議」を00年4月に設け、国土交通省だけでなく、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、文部科学省などが連携して、シックハウス総合対策を実施しています。

 実際に国土交通省が00年から05年にかけて行なった「室内空気中の化学物質濃度の実態調査」をみると、新築住宅におけるホルムアルデヒドの平均濃度と指針値を超過した住宅の割合は年々減少しました。
 しかし、前述のとおり、ホルムアルデヒド等は、家具等の接着材や防虫・防腐剤、雑誌等のインクや塗料にも使用されているため、新しい家具を搬入した際は十分な換気を行なうなどの「住まい方」にも十分な注意が必要です。
 
 もちろん、カビやホコリなどが不調の原因になる場合もあるため、掃除しやすく、風が通るよう、壁からある程度家具を離して配置する、乾燥した日にクローゼットを開けて空気を入れ替えるといったソフト面での対応も必要になるでしょう。(ひ)

【参考資料】
■建築基準法に基づくシックハウス対策について(国土交通省ホームページ)
 
【関連不動産用語】
シックハウス症候群
VOC(Volatile Organic Compounds)
ホルムアルデヒド

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