記者の目

2012/3/6

賃貸カスタマイズ時代の到来

低迷する賃貸市場の起爆剤になるか

 これまでの賃貸住宅では、入居者自らが居室を改装できる物件は少数派だった。オーナー側も契約上の問題などから、なるべく原状のまま使用してもらうことを求めてきた。しかし、最近では、入居者に原状回復義務を課さず、入居者自身がカスタマイズできる住宅に注目が集まり、提供事業者やオーナーも増えてきている。  今回は、そのような「賃貸カスタマイズ」へのニーズはどうなのか、どういった提案が効果的なのか、そして今後カスタマイズ可物件は定番化してくるのかなどを筆者なりに迫ってみたい。

「アルティス西ヶ原パークヒルズ」のカスタマイズプランでは、約30色のタイルカーペットから選択できる(写真提供:伊藤忠都市開発(株)、(株)ブルースタジオ、以下同)
「アルティス西ヶ原パークヒルズ」のカスタマイズプランでは、約30色のタイルカーペットから選択できる(写真提供:伊藤忠都市開発(株)、(株)ブルースタジオ、以下同)
コンサルシーンのイメージ。顧客の好きな本・音楽などから潜在的趣向をカウンセリングする。パソコンでは専用ソフトで壁紙を変更したイメージを表示
コンサルシーンのイメージ。顧客の好きな本・音楽などから潜在的趣向をカウンセリングする。パソコンでは専用ソフトで壁紙を変更したイメージを表示
「アルティス西ヶ原パークヒルズ」のモデルルーム1室。黒で花柄のアクセントクロスは一見派手なイメージだが、実際部屋に入ってみるとシックで落ち着く印象
「アルティス西ヶ原パークヒルズ」のモデルルーム1室。黒で花柄のアクセントクロスは一見派手なイメージだが、実際部屋に入ってみるとシックで落ち着く印象
寝室は温かみのあるボルドーのクロスを採用。暖色系の照明にも注目
寝室は温かみのあるボルドーのクロスを採用。暖色系の照明にも注目
書斎は白ベースの花柄。明るさのなかにモダンな印象
書斎は白ベースの花柄。明るさのなかにモダンな印象
URの提案する「DIY住宅」のモデルルームでは、洋室の壁を思い切ってピンクに塗装した(写真提供:(独)都市再生機構)
URの提案する「DIY住宅」のモデルルームでは、洋室の壁を思い切ってピンクに塗装した(写真提供:(独)都市再生機構)

◆賃貸カスタマイズへのニーズは?

 「賃貸カスタマイズ」に1年程前から注目している(株)リクルートの「2011年 賃貸住まい要望に関するカスタマー調査(以下、カスタマー調査)」によると「賃貸住宅でもリフォームや自由なカスタマイズができたらいいのにと思ったことがある層の割合」(n=2,100)は、「よくある」「たまにある」を合わせると、全体の9割に達している。リノベーションの先駆者である(株)ブルースタジオが実施してきたユーザーアンケートでも、少し前まで改装自由な賃貸に飛びつくのは、建築関係者やデザイナーといった職業の人々が中心だったが、最近では一般的な会社員などが6~7割に達するという。

 そういったニーズが変化するなか、借り手市場などの社会構造の変化も相まって、ここ数年で、入居者による改装をOKとした賃貸物件の提供事業者が続々と出てきた。内容は、一部のクロスを選択してもらい事業者側で施工するものから、躯体・共用部以外ならば全面的にユーザー自身で改装できるものまで、バリエーションも豊かになってきている。実際、通常の物件より借り手が付きやすいなど、好評な場合が多いようだ。どのような提案が効果的なのだろうか。

◆「完全なる自由よりも、アドバイスが欲しい」

 伊藤忠都市開発(株)が1月に発表した高級賃貸マンション「アルティス西ヶ原パークヒルズ」(東京都北区、総戸数357戸)は、カスタマイズプランに対応する住戸で、ウォールクロス、照明、タイルカーペットの一部を、自分好みのものに変更できるというもの。なかでもクロスは、輸入品を含め約400種類もの中から選択可能とした。費用は、すべて同社負担。入居者は原状回復の必要もない。
 ただ最近は「一部クロスを好きなデザイン・色のものに変更」というプランを提案している賃貸管理会社も多く、この内容自体にさほど目新しさは感じない。それではこのプランの最大の魅力は何なのか。それは「専門家によるコンサルティング」だ。

 同プランの設計・監修などを行なったブルースタジオ専務取締役・クリエイティブディレクターの大島芳彦氏によれば、これまで同社が自由設計のリノベーションを300件以上受注してきたなかで、「お客さまは、ただ自由に選べるというだけでは、なかなか決断できず、実はプロに導いてもらいたいと考えている方が多い」と話す。その経験を踏まえ、同物件では、入居者が単純にクロスを選べるというだけでなく、同社のスタッフが専門家の立場でコンサルティングを実施することにした。

 その内容は、単純に色やデザインの好みを聞くだけでなく、「旅行で訪れた場所」「週末の過ごし方」などを聞き、顧客の潜在的趣向をカウンセリングしながら決めていくというものだ。「お客さまに情報を与えるだけでなく、お客さまのライフスタイルや人となりを知ったうえで、さまざまな考えを整理していくことがわれわれの役割です」(同氏)。そのほか、希望者には、家具の相談、ショップの場所など居室のトータルコーディネートもアドバイスしていく。ちなみに原則2回まで無料でコンサルを受け付ける。

◆どこを提案? まずは「照明・壁・床」の刷新が効果的

 ただ、こういったコンサルティングを賃貸管理会社が行なうことを考えると、改装範囲が広ければ、予算はもちろん、日頃業務の多い賃貸管理会社にとって実務や時間の面でも厳しいだろう。
 大島氏は、まずカスタマイズする箇所として「照明・壁・床は、個性が出る重要要素。まずはここから提案していくことが効果的」と話す。実際、「アルティス西ヶ原パークヒルズ」でもこの3点を提案し、なかでも壁紙に力を入れた。「大胆な柄や色の壁紙は、お客さまご自身ではなかなか導入の判断ができないもの。ただ、実際に取り入れてみると壁一面の柄や色が変わるだけで部屋のイメージを大きく変えることができるため、自分好みの空間を実現しやすいパーツでもある」(同氏)。

 日本では、「壁紙=ホワイト」というイメージがまだまだ強く、住居の壁にカラーを取り入れることに抵抗がある人も多いと聞く。以前、輸入ペイントを代理販売するオリエンタル産業(株)に話を聞いたところ、卓上でカラーリストを見ているときは「こんな色味を壁に塗っても大丈夫?」と不安を持つ顧客も多いが、実際ワークショップなどで塗った場所を見てもらうと「空間に馴染んでいる」「温かみがある」など、新たな発見として喜んでもらえるケースが多いそうだ。

 「アルティス西ヶ原パークヒルズ」も、「カスタマイズ可」をウリに出すだけでなく、実際に改装したモデルルームをオープンすることで、入居者のイメージがわきやすいようにしているほか、コンサルティングの現場では、パソコン上で専用ソフトを使用したイメージ画も見られるようにしている。

◆本格化するカスタマイズプラン

 このような流れは民間だけでなく、全国に約77万戸の公営賃貸住宅(UR賃貸住宅)を有する(独)都市再生機構(UR都市機構)も、昨年9月から同住宅における「DIY住宅」の提供を開始した。天井、壁、床や水回り設備などを変更できるというもの。徐々に契約者も出ているなか、12年2月からは「実践型DIY提案プロジェクト」を始動。実際にUR職員が住宅改装を企画・実践し、その様子を画像や動画として、専用ホームページに公開するほか、DIYを行なった部屋のモデルルームを2月下旬に「多摩ニュータウン南大沢学園二番街団地」で公開し、顧客が具体的なイメージができるようにすることで、さらなる訴求を図る。

 いよいよ「賃貸カスタマイズ」の流れが本格化してきたといえるだろう。

◆賃貸事業のスタンダートとなるか?

 リクルート住宅総研の調査によると、現在、日本の賃貸入居者のほとんどが模様替え・改修経験はない状況。一方、欧米では、大半が「賃貸でもDIYは当たり前」で、居住年数も平均7~9年と長い。はたして今後、日本も賃貸カスタマイズが定番化していくのだろうか―。
 賃貸住宅入居者の「リフォーム・カスタマイズしない」理由のトップは、「実費費用がもったいないから」「契約上許されないから」である(n=1,143、賃貸住まい調査)。ところが、「原状回復義務がない」「敷金精算がない」場合は、「費用の全額負担もしくはオーナーとの折半でカスタマイズしてみたい」という数値が大幅に上がるのだ。ちなみに実際改装してみたい内容は、上位から「壁に棚板をつける」(53.0%)、「照明を好みのものに変える」(49.8%)、「壁にフック、コートハンガーを取り付ける」(47.9%)となっている(n=1,870、カスタマー調査)。

 これを踏まえると、「元に戻さなくて良いならば、自己負担でも好きな部屋に改装したい」という潜在ニーズが高いとわかる。オーナーにとっても、物件の先行きに不安はあるが、前述のようにできる箇所とパターンを限定すれば安心であるし、逆に築年数の経過した不人気物件などは思い切って“全面改装有り”として提案すれば、オーナーは出資せずとも物件がバリューアップし、次の入居者へのアピールポイントになる可能性もある。
 ただし、賃貸管理会社がカスタマイズ可物件を提供していくには、敷金や原状回復義務のあり方、契約書や重説など、実務上の抜本的な見直しが必要になる。本格的な普及には、行政側の指針も必要になってこよう。

※※※

 賃貸住宅は、都心部でも空室率が高くなってきた。また、4年連続首都圏の“住みたいまちナンバーワン” (「MAJOR7」調査)の「吉祥寺」でさえ、賃料が下落傾向にあるという。物件を刷新するにしても、現状では、建て替えや改装費用を捻出できるオーナーは少ない。
 一方、若年層を中心に、賃貸住まいを、一昔前のいわゆる戸建住宅分譲をゴールとした“住宅双六”のなかでの「仮住居」としてではなく、あえて長く暮らす住まいとして選択する向きもある。加えて、自身のライフデザインにこだわりを持つユーザーも増えてきた。そういったユーザーにとってカスタマイズができる住宅は大きな魅力となろう。
 カスタマイズプランを事業者側が取り入れるのは決して容易ではないうえ、場合によってはトラブルのもとになる可能性もある。しかし、人口減少、社会構造の変化が起きているなか、今後、賃貸管理会社は従来のビジネスモデルでは決して生き残れないだろう。「賃貸カスタマイズ」は、賃貸市場活性化への起爆剤になりえるのではないだろうか。(umi)

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