記者の目

2012/2/21

次世代にも住み継げる、「長寿命マンション」とは

資産価値を長期保全する取り組み

 長寿命マンションの普及・促進に取り組む設計事務所(株)福永建築研究所(所長:福永博氏、福岡市中央区)では、20年程前から住宅としての機能を300年保全できる「300年住宅」を提唱している。さらに、同社が中心となり設立した組織「300年住宅コンソーシアム」が提案した4つの分譲マンション「300年住宅プロジェクトA、B、C、D」が、「平成21年度(第1回)長期優良住宅先導的モデル事業」に採択された。そのうちの2つ「ブライト・サンリヤン別府(べふ)シールズ」(福岡市城南区、総戸数41戸)と、「オーヴィジョン新山口ネクステージ」(山口県山口市、総戸数50戸)は、2011年に分譲され、すでに完売となっている。  さらに、12年2月には「オーヴィジョン塩原」(福岡市南区、総戸数63戸)と「パーク・サンリヤン博多の森IV番館」(福岡県糟屋郡、総戸数70戸)の2つがいよいよ完成を迎える。先日、その工事現場を見学させていただいたので、今回は2つの物件の長寿命化に向けた取り組みについて紹介していきたい。(※物件の概要は文末に記載)

「パーク・サンリヤン博多の森IV番館」外観
「パーク・サンリヤン博多の森IV番館」外観
「オーヴィジョン塩原」外観。工事中の様子
「オーヴィジョン塩原」外観。工事中の様子
バルコニーに設置された配管。あらかじめ予備の配管スペースが設けてあるので、古い配管を付けたまま新しい配管に変えられ、住民が生活をしながらでも工事することができる
バルコニーに設置された配管。あらかじめ予備の配管スペースが設けてあるので、古い配管を付けたまま新しい配管に変えられ、住民が生活をしながらでも工事することができる
玄関脇に設置された「シャフトボックス」。配管類がコンパクトにまとめられており、共用部にあるのでメンテナンスしやすくなっている
玄関脇に設置された「シャフトボックス」。配管類がコンパクトにまとめられており、共用部にあるのでメンテナンスしやすくなっている
中を開けると、排水管、水道管、ガス管、電線などが集約されている
中を開けると、排水管、水道管、ガス管、電線などが集約されている
配管の交換工事などの際には「シャフトボックス」の枠組みを外すことで、広い作業スペースを確保できる
配管の交換工事などの際には「シャフトボックス」の枠組みを外すことで、広い作業スペースを確保できる
専有部の床下には、外配管とつながる横引き管の「主管」と「枝管」が通っている。上下階と配管がつながっていないので、水回りを含めて間取りが自由に変更できる
専有部の床下には、外配管とつながる横引き管の「主管」と「枝管」が通っている。上下階と配管がつながっていないので、水回りを含めて間取りが自由に変更できる
主管の真上の床は開閉が可能。簡単にメンテナンスできるように工夫している
主管の真上の床は開閉が可能。簡単にメンテナンスできるように工夫している
専有部内の配管の様子
専有部内の配管の様子
バルコニー側でも配管のほかに電気などのコード類も集約している
バルコニー側でも配管のほかに電気などのコード類も集約している
配管は専有部からバルコニー側へとつながっている
配管は専有部からバルコニー側へとつながっている
バルコニーの台になっているところが配管をつながっている箇所
バルコニーの台になっているところが配管をつながっている箇所
「トリプル壁」のボードには、給湯機やシンクなどをまとめて設置。サッシュ枠に組み込まれたレール上に取り付けているので。壁の位置を自由に変えられる
「トリプル壁」のボードには、給湯機やシンクなどをまとめて設置。サッシュ枠に組み込まれたレール上に取り付けているので。壁の位置を自由に変えられる
レンガの腰壁の施工前
レンガの腰壁の施工前
レンガの中には穴があり、縦に亜鉛メッキを施した鉄筋を入れて補強している
レンガの中には穴があり、縦に亜鉛メッキを施した鉄筋を入れて補強している
完成したレンガ腰壁。一つひとつ焼き色が微妙に異なり、統一されたタイルよりも味わいが出る
完成したレンガ腰壁。一つひとつ焼き色が微妙に異なり、統一されたタイルよりも味わいが出る
コンクリートの間には金物の打継ぎを入れて水切りを良くしている。また、外壁の汚れを少なくし、美観も守っている
コンクリートの間には金物の打継ぎを入れて水切りを良くしている。また、外壁の汚れを少なくし、美観も守っている
マンションの地下には、横引き配管をメンテナンスできるように、人が中に入って作業できるスペースを設けている
マンションの地下には、横引き配管をメンテナンスできるように、人が中に入って作業できるスペースを設けている

300年資産価値を保つ「300年住宅」

 現在、築年数が経ち、躯体そのものや設備が老朽化、大規模な修理や建て替えが必要なマンションが大量に存在している。しかし、工事費を見積もると、修繕積立金では賄いきれず、各所有者が費用を負担するか、新たに借り入れが必要になるケースも多く、住民の合意形成は非常に難しいのが現状だ。
 このままの状態が続くと、多くの老朽化マンションが、住宅としての機能を失ってしまい、空室化が進み、スラム化したマンションが増えてしまう恐れがある。こうした問題を解決するために、同社が1989年から提唱しているのが「300年住宅」だ。「300年住宅」とは、300年の使用に耐え、資産価値を保てるマンションのことだ。

 昨今では国の住宅政策は「ストック重視」がうたわれるものの、長寿命マンションは、建築費のアップが避けられないため、事業主が躊躇してしまい、市場ではまだあまり普及していないのが現状だ。
 そこで同社は、2009年12月に「300年住宅コンソーシアム」を設立。会員には「300年住宅」に関する、同社が独自に開発した新しい技術や100 項目を超す特許を提供し、パートナーとして事業を運営してもらい、300年住宅型マンションを供給・販売してもらうという取り組みを行なっている。同社は技術開発と設計監理に特化して、事業をサポートしている。

水回り設備も含めて、自由な間取り変更が可能

 「300年住宅」の具体的な取り組み内容をみていこう。
 まず代表的なものが「外配管システム」。配管を専有部ではなく共用部に設けるものだ。
 一般的なマンションでは、配管が専用部にある内配管が主流。しかし、300年住宅型マンションでは、配管をバルコニー側と玄関側の2つに分けて共用部に設置している。内配管の場合は、取り替えが必要になったときに、専有部の壁や床を壊さなくてはならず、コストが掛かってしまう。また、専有部の工事は住民の合意を取りにくく、工事が進まないことも多い。修繕がされずそのまま放置されると、住宅としての機能を失い、資産価値がなくなってしまう可能性もある。しかし、外配管であれば、定期的なメンテナンスもしやすく、交換も簡単にできるため、建物を長く使うことができるというわけだ。

 各住戸の玄関脇には、独自に開発した「シャフトボックス」を設置し、300mm×500mmのコンパクトなスペースに、排水管、水道管、ガス管、電線などをまとめて収納している。あらかじめ予備の配管スペースを設けており、交換をするときには、古い配管を付けたまま新しい配管を設置することができるよう配慮されている。交換の際には、予備スペースを活用し、水道→ガス→排水→電気の順に、各配管を切り替えていく。シャフトボックスは、枠組みを簡単に取り外せ、広い作業スペースが確保できるので、工事も1件につき数十分と、短時間で行なうことが可能。

 また、各専有部の床下には、外配管とつながる横引き管の「主管」と「枝管」を設けている。主管の真上の床は開閉できるようにしてあるので、簡単にメンテナンスや交換をすることができる。
 横引き配管の魅力はほかにもある。同物件にも採用しているスケルトン・インフィル工法は、室内を自由にレイアウトできることが魅力。ところが、従来の内配管では、キッチン、浴室、トイレなど配管が上下階に貫いているため、間取り変更はできても水回りの設備は配管の近くにしかできず、自由度が制限されていた。しかし、横引き配管を採用した2つの物件は、構造躯体を気にせず、ライフスタイルの変化に合わせて自由に室内空間を変えることができるのだ。

資産価値を保つさまざまな技術

 専有部の配管は、最終的にはマンションの地下にある横引き配管に集約され、公共の水道管や排水管などと接続される仕組みになっている。一般的なマンションでは、これらの配管は土やコンクリートで埋設されているため、修理や交換が必要となったときには、掘り起こさなくてはならない。また、どこに不具合があるのか分からないため、大規模な工事が必要となり、無駄な工費が掛かってしまう恐れもある。
 そこで、2つの物件では、地下に人が入って作業できるようなメンテナンススペースを確保した。それは敷地の道路境界まで延びており、修理や交換作業を簡単に行なうことができる。また、日頃から点検もでき、修繕費も安く抑えられるのだ。

 さらに、バルコニー側の開口部を全面サッシュにした「トリプル壁」も採用した。これも同社独自の技術で、バルコニー側の外壁をコンクリート造ではなく、サッシと同じアルミ骨組みの外壁にし、給湯器やエアコンの室外機、スロップシンクなどを設置しているもの。一見コンクリート造に見えるボードは、サッシュ枠に組み込まれたレール上に取り付けている。コンクリートに埋め込まれておらず、ビスで留めているだけなので、簡単に取り外しや移動ができる。これによって将来、間取りを変更する際には、窓の位置を変えることができ、間取りの自由度がさらに増す。また、壁を壊したり、補修する手間が少ないので、リフォームや修繕時に掛かるコストを低減できる。

 2つのマンションでは、バルコニーや共用廊下の腰壁に、自然素材のレンガを採用している。同社の新しい技術開発により、レンガの腰壁を安全に施工することができるようになったためだ。穴あきのレンガを使い、穴の中には亜鉛メッキを施した鉄筋を入れて補強している。上部と下部のレンガにも、横筋を入れて横力にも対応、地震にも強い構造となっている。
 自然素材であるレンガは、人工素材とは異なり、完成時から朽ちていくのではなく、年月と共に味わいが深まっていく。焼き物特有の風合いが出るのだ。

 また、通常のマンションでは、経年劣化によって、吹き付け塗装が剥がれてしまったり、タイルがクラックしてはげ落ちる心配があるが、レンガは汚れが目立ちにくく、メンテナンスも不要。長く美観が保たれるので、将来の修繕コストを大幅に抑えることができる。
 さらに、レンガは建設時の省CO2にも貢献する。通常、鉄筋コンクリート工事の工程の中では、熱帯材を利用したコンクリート用合板(コンパネ)が大量に使用される。合板で型枠を組んで、そこに生コンを流し込み、コンクリートが硬化後、型枠が外されるが、数回の使用の後には、すべて廃棄物となってしまう。しかし、レンガであれば、コンパネが不要となり、建設時のCO2排出を低減することができるのだ。

長寿命マンション普及のためにはさまざまな課題も

 2つの物件の販売状況は、質が高いながら、価格が抑えられているとして、いずれも30歳代を中心に好調だという。「オーヴィジョン塩原」はすでに完売し、キャンセル待ちの状況。「パーク・サンリヤン博多の森」もわずか数戸を残すのみとなった。
 購入者は、将来的に間取りを変更したいと考える人が多く、水回りまで含めて室内空間を自由に変更できることや、長く住み続けられることが魅力に感じる人も多かったという。また、学校や病院などと同じ耐震等級を持っているので、東日本大震災後に、安全・安心な住まいを望む人からも評価が高かった。

 従来のマンションでは悪い箇所が出てから対処することが多かったが、今後はこれらの物件のように、日頃からメンテナンスしやすい環境にしておき、足場を架けるような大規模な改修工事は、50年ごとにまとめて行ない工費を抑えていくなど、建てたときから将来を考えて設計していくべきだ。
 今回、見学した2つの物件は、将来を見据えて、修繕積立金の収入以内に収まるような建物のつくりにしていた。どんなに優れた建物をつくることができても、それに伴うメンテナンスや管理ができていなければ、長寿命にはならない。技術と共にこれからのマンション開発にはこうしたマネジメントの要素が望まれる。
 同社では、今後も「300年住宅」の設計技術を積極的に提供していき、次世代以降にも住み継ぐことができる長寿命マンションの普及を目指していくとしている。(さ)

※2つの長期優良マンションの概要

「オーヴィジョン塩原」(福岡市南区、総戸数63戸)

・3面が道路に接する角地にあり、鉄筋コンクリート造地上11階建てと、地上12階建て一部鉄骨造(エントランス棟)の2棟で構成されている。 ・JR「竹下」駅徒歩約10分、西鉄バス「清水四丁目」バス停徒歩約2分。敷地面積2,706.65平方メートル、延床面積6,490.63平方メートル。専有面積72~91.35平方メートル(間取り3LDK、4LDK)で、価格は2,470万~3,480万円。竣工は2月末、入居は3月末の予定。 ・バルコニーからは、目の前を流れる那珂川をはじめ、川沿いを走る電車や整備されたリバーサイドパークを眺めることができる。 ・断熱材の厚さを一般的なマンションの1.5~2倍にするなど、外気や日射の影響を軽減し、冷暖房負荷の軽減や結露の発生を防いでいる。また、屋上には太陽光発電パネルを設置し、発電した電気は共用部の照明などに利用する。

「パーク・サンリヤン博多の森IV番館」(福岡県糟屋郡、総戸数70戸)

・鉄筋コンクリート造地上11階建て、敷地面積3,084.83平方メートル、延床面積7,709.70平方メートル。福岡市営地下鉄「福岡空港」駅徒歩10分。専有面積77.02~96.91平方メートル(間取り3LDK、4LDK)。販売価格は2,090万~2,810万円、竣工は12年2月、入居は同年3月の予定。 ・空港に近いため、飛行機の離着陸の様子を眺めることができる。複層ガラスを採用したほか、断熱材を使用した外壁により、壁を劣化させる結露を抑え、冷暖房効果も高めた省エネ構造となっている。

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