記者の目 / 仲介・管理

2012/6/22

大規模ビル竣工ラッシュでも、満室稼働の中小ビル ~その理由は? <前編>

 丸の内、大手町、新宿、渋谷、虎ノ門、日本橋、etc.…。今年2012年は、東京都心に続々と大規模ビルが竣工している。  経済情勢が暗澹としているこのような状況下で果たして埋まるのか? オフィススペースの拡張や新規ニーズはそれほどあるのか?との声も聞かれ、「オフィスビル2012年問題」などという言葉も飛び交っているが、ふたを開けてみれば、巷の心配をよそに、「丸の内永楽ビル」(1月竣工)は竣工時で80%、「ヒカリエ」(4月オープン)は満室など、いずれも高稼働率でスタートした。  危惧されるのが、中小規模ビル。竣工ラッシュのあおりを食って、既存ビルはもちろん、新築でも空室増になるのではとの不安は高まる。そうでなくとも、ここ数年の景気低迷と円高等で、企業の業務縮小・統合、倒産、海外転出等、ビル市場には冷たい風が吹いているのだ。  そうした中、中小規模にもかかわらず、満室稼働となっているビルがある。その理由を探ってみた。

中小ビルがひしめき合う日本橋本町界隈
中小ビルがひしめき合う日本橋本町界隈
周辺は大規模ビル建築ラッシュ(中央区日本橋本町から大手町方向を見る)
周辺は大規模ビル建築ラッシュ(中央区日本橋本町から大手町方向を見る)
昭和通りに面して建つ「PMO日本橋本町」ビル。プレミアムブラックを基調にしたガラス張りの外観が特徴
昭和通りに面して建つ「PMO日本橋本町」ビル。プレミアムブラックを基調にしたガラス張りの外観が特徴
天井高3メートル50センチの広々としたエントランスホール。アロマの香りが漂う
天井高3メートル50センチの広々としたエントランスホール。アロマの香りが漂う
オフィスフロアには、余計な区切りや仕切りを設けず、自由な空間レイアウトを可能にしている。ワンフロア・ワンテナントが入居条件
オフィスフロアには、余計な区切りや仕切りを設けず、自由な空間レイアウトを可能にしている。ワンフロア・ワンテナントが入居条件
洗練された雰囲気が気に入って入居するテナントも
洗練された雰囲気が気に入って入居するテナントも
オフィスで働く人の居心地の良さに配慮したキッチン
オフィスで働く人の居心地の良さに配慮したキッチン
洗面所やトイレはちょっとしたホテル並みの仕様
洗面所やトイレはちょっとしたホテル並みの仕様

中小ビルでも、大規模ビルに負けない機能・サービスを

 記者が訪ねたのは、東京中央区日本橋本町にある築4年のオフィスビル「PMO日本橋本町」。一帯は、江戸時代から薬問屋等が多く栄えた商業の中心地で、今でも老舗ののれんが多く残る土地柄だが、表通りを一歩入ると、築年数の経過した中小ビルがひしめきあっているエリアだ。
 
 昭和通りに面し、目の前を首都高速1号線が走る住商混合地域の一角に立つ同ビルは、野村不動産(株)が現在展開している「PMO事業」の第1号物件だ。2008年竣工、S造・一部SRC造で地上9階地下1階、敷地面積476平方メートル、延床面積3,468平方メートル、基準階面積306平方メートル。JR総武線「新日本橋」駅徒歩3分、東京メトロ日比谷線「小伝馬町」駅徒歩5分、JR山手線「神田」駅徒歩6分という立地で、丸の内、大手町、日本橋という大規模オフィスビルエリアを背後に控え、周囲には竣工間近の超高層ビルがにょきにょきとその威容を現し始めている。そんな中で、厳しい環境下にも負けず、同ビルは現在満室稼働中。
 その理由は何か。その前に、PMO事業の成り立ちについて少し触れておきたい。

顧客ニーズを満たすビルがない。「それなら…」、第1号物件誕生へ

 PMOとは、Premium Midsize Office(プレミアム・ミッドサイズ・オフィス) の略称で、「中規模サイズでも、大規模ビルやいわゆる『Aクラスビル』」に負けない機能・サービスを備えたオフィス環境を提供したい」との同社の発想から生まれた事業である。同社ではあえて中小規模ビルに的を絞り、外観デザインや内部の機能・サービスなどを統一化、一貫した方針で都心エリアを中心に事業を展開し、現在まで9棟を供給してきている。

 同社がPMO事業を立ち上げたのは2006年。
 都心には数え切れないほどのオフィスビルがある一方、顧客のニーズもさまざまだ。必ずしも大規模ビルにスポンと入ってくれる企業ばかりではない。むしろ、中小規模ビルへの入居ニーズのほうが圧倒的に多い。
 だが、立地やスペックを優先すると広さが足りなかったり、賃料も高くなる、賃料を優先すると、利便性が悪く、しかも築年数の経った使い勝手の悪いビルになるなど、顧客ニーズに合致するオフィススペースを探すのはなかなか至難の業。

 また、近年はただ単に箱としてのスペースではなく、オフィスは、企業の価値や社員のモチベーション、業務効率等にもつながる重要な要因ともなってきている。セキュリティ面へのニーズも高い。そのため、これだけ数多のビルがあるのに、顧客ニーズとのマッチングがなかなかできないのが、仲介現場の悩みだった。しかも、個人の住宅探しに比べ、企業のオフィス探しではそれほど時間と手間はかけられない。
 こうした問題をうまく解決する道はないものかと考えた末に至ったのが、「それなら、そういうニーズを満たすビルをつくればいいではないか」だったのだ。

 他社も手掛けていない、ある意味ニッチな市場を狙った事業展開に、「果たしてお客はどれほどいるのか」、「ビル用地探しが大変」、「工事費用が回収できるのか」との懸念もあったが、ビル仲介現場の感触から、「顧客ニーズはある」「一等地から少し外れれば、利便性の悪くないビル用地は見つかる」と判断、同社の新事業として立ち上げた。また、建物は完成後、不動産投資法人に売却することで、資金の回収や保有リスク回避を図った。
 こうして誕生した第1号物件が、「PMO日本橋本町」だ。

デザイン、安全性、居心地の良さに評価

 前述したように、「中規模サイズでも、大規模ビルやいわゆる『Aクラスビル』に負けない機能・サービスを備えたオフィス環境を提供したい」との発想から生まれた同ビルには、オフィス環境にこだわる経営者のニーズにこたえる取り組みが各所にみられる。

 まず外観。後に「プレミアムブラック」と名付けるやや青みがかった黒を基調に、全面をガラスで覆い、スタイリッシュかつシンプルなデザインが特徴。空間デザイナーの飯島直樹氏によるものだ。

 中小規模ビルでは、1階に物販・飲食テナントを入れることが多いが、同ビルでは、グレード感を打ち出すため、1Fフロアは天井高3メートル50センチの広々としたエントランスホールに。しかも、ホール全体にはアロマの香りを漂わせ、同ビルで働く人たちはもちろん、来訪者にもゆったりとリラックスした気分でビジネスに取り組めるような雰囲気づくりを試みている。1Fエレベーターホール手前には、中小規模ビルには珍しいセキュリティゲートを設置。安全性にも配慮した。

 また、入居はワンフロア・ワンテナントとすることで、テナントの独立性を確保するとともに、フロアには余計な柱や区切りを設けず、テナントのニーズに合わせて自由に空間レイアウトすることを可能に。オフィスワーカーの居心地・働き心地の良さに配慮したキッチン、アメニティスペースのほか、高級ホテル並みの造りのトイレスペースも設置した。

 こうした設備仕様に加え、超一等地ではないものの東京駅や日本橋から徒歩圏内であるなど利便性が優れていたこと、そして、賃料も大規模ビルよりやや抑えた価格に設定したことで、竣工時点で満室になったのだ。入居テナントは、ベンチャー企業やコンサルティング会社、IT関連企業など、いずれも社員十数人から数十人といった中小企業だ。いずれもビルのグレードの高さ、細部へのこだわり、洗練された雰囲気、高いセキュリティ、ワンフロア・ワンテナント、立地の良さ等が気に入っての契約だったという。

ハードだけでなく、ソフト面でのサポートも

 この物件の成功が引き金となって、PMO事業が加速した。
 第2号「PMO岩本町」、3号「PMO八丁堀」等‥と、千代田・中央区内で11年7月までに9棟が竣工。賃料はAクラスビルに比べればぐんと安いが、周辺ビルよりは1割5分から2割ほど割高。にもかかわらず、いずれも満室でのスタートとなったという。
 ワンフロアの面積は45坪のものから130坪を超えるものまでさまざまだが、どのビルも外観、機能、設備、コンセプトが統一されており、さらに視認性を意識した立地、使い勝手のよい整形地を絶対条件としていることから、テナントの中には、このグレードが気に入り、オフィス規模を拡張する際にも同じPMO物件に移転しているケースも出てきている。

 ハード面だけでなく、同社では、入居テナント企業の支援に向け、ソフト面でもさまざまな取り組みをしている。そのひとつが、入居企業の交流会。
 講演会、懇親会に加え、企業のブースなどテナントのアピールの場も設けることで、企業間の情報交流、ビジネスチャンス拡大の機会を提供している。PMOビルへの入居を検討している企業の経営者も招待しているという。
 テナント間の懇親が深まることで、企業の新しいビジネスチャンス創出やパワーアップにつながれば、ビル自体の活力や価値の向上にもなるとの考えから実施しているもの。これまで2回開催したが、同じPMOビルで働く人同士、お互いを知り合い、また何かのきっかけづくりにつながればと、積極的に情報交換し合う姿が見られたという。

 中小規模でも大規模に負けない価値あるビルづくり…。このような思い切った事業は、大手企業だからできたことかもしれないが、今の顧客のニーズをしっかりつかみ、そこに対応していく姿勢は「商売」の基本。そこには必ずビジネスのヒントがあるということを、このPMO事業は証明している。

 さらに、PMOビル満室経営にはもうひとつの理由が…。それは後編にレポートしたい。(yn)

***

【関連ニュース】
中規模サイズの高付加価値型オフィスビル「PMO 日本橋本町」竣工/野村不動産(2008/7/2)

【関連記事】
月刊不動産流通2012年7月号:流通フラッシュ『大型ビル竣工ラッシュで、差別化迫られる中小ビル』

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