記者の目

2015/3/2

コミュニティは“濃く”なくてもいい

あえて一定の距離を保つ“適度な距離感”

 防災・防犯、子育て、高齢者見守り…さまざまな観点から近隣や地域のつながりの重要性が見直され、住宅においても“コミュニティ”はもはや重要なテーマのひとつ。  ただし、ひとことでコミュニティといっても、皆が皆、密度の濃い関係を求めているわけではない。今回は、あえて一定の距離をつくるコミュニティについて考えてみたい。

夜間に帰ってきてもエントランスで明るく迎えてくれる「おかえりラウンジ」
夜間に帰ってきてもエントランスで明るく迎えてくれる「おかえりラウンジ」
自由に閲覧できる文庫本や雑誌を用意している
自由に閲覧できる文庫本や雑誌を用意している
掲示板のクリスマスリース。右下に居住者からの感謝のメッセージの付箋が貼られている
掲示板のクリスマスリース。右下に居住者からの感謝のメッセージの付箋が貼られている

◆ターゲットに合わせたコミュニティ形成

 最近では、シェアハウスや分譲マンションなどと比べて、蚊帳の外である印象が否めなかった賃貸住宅でもコミュニティをウリにする物件が出始めてきた。

 一般的に、入居者同士のつながりが薄いとされる、特に都心部・近郊の単身者向けの賃貸住宅。地方出身の記者自身も長らく賃貸住宅に住んでいるが、東日本大震災以降、入居者や地域とのつながりの薄さに不安を憶え始めたのは記者だけではないはずだ。

 その一方、ある程度の期間、近所付き合いから離れた暮らしを経験している身にとっては、今さら、シェアハウスなどで見られるような密な交流、積極的な交流を求められても躊躇する。そんな賃貸入居者も少なくないだろう。
 そこで気になるのが旭化成ホームズ(株)が賃貸住宅で提唱する「匿名コミュニティ」だ。つながりを強くすることではなく、あえて“ゆるやかなつながり”を目的とするコミュニティだ。

 同社では現在、駅から遠いなどの好条件でない物件に、競争力を持たせる付加価値の一つとして、コミュニティを売りにした賃貸物件を打ち出している。子育て、女性向け、ペットをキーワードに、それぞれコミュニティをつくる仕掛けをハード、ソフト両面から施すものだ。興味深いのがユーザーターゲットに合わせた「距離感」。例えば子育て向けのへーベルメゾン「母力(ぼりき)」では、子育て期の母親支援を目的に、入居者同士や地域とのつながりを念頭においた“濃い”コミュニティ形成をサポートしている。

 一方、ゆるやかさを売りにした「匿名コミュニティ」の形成を意図しているのが、単身女性をターゲットにしたへーベルメゾン「New Safole(サフォレ)」だ。2008年に発売した女性向け防犯賃貸商品「Safole」を14年にリニューアルしたもの。もともと低層住宅のハード面での防犯性を強化したものに、さらなる防犯強化のため、顔見知り程度のコミュニティ形成を促す工夫を施している。
 各シリーズに関しては過去のニュース(母力New Safole)も参照。

◆匿名コミュニティとは

 「匿名コミュニティ」は、14年6月に公表した単身居住者の防犯意識に関する「ひとり暮らしの安全・安心~匿名コミュニティによる低層賃貸住宅の防犯~」調査結果に基づいている。この調査では、特に女性単身居住者の防犯意識を考慮して、4形態(シェアハウス、サフォレ、一般賃貸、分譲マンション購入)の一人暮らしの女性にグループインタビューをした。
 その中の「コミュニティの志向性」調査では、シェアハウスのように直接的な対面でのコミュニティを志向する人は男女ともに2割程度。残りの8割については居住者間の関係を積極的に求めてはいないが、「名前は知らなくても顔がわかる人がいるとなんとなく安心」と考える人が女性では5割近く、男性でも4割超存在した。
 同社ではこの層を「匿名コミュニティ志向」と命名。なお、調査ではさらに対面志向と匿名志向を合わせた女性の約9割が「顔を知っていれば何かあった時に助け合える」(居住者間の助け合いの感覚がある)と考えていることも判明している。

 これらの結果からも、緊密なコミュニティを求める層以外に、防犯だけでなく何事かの際に備え、近すぎない関係性のコミュニティを求める層が一定数存在することが推測できる。

◆「匿名コミュニティ」志向の人物像

 「匿名コミュニティ」志向の特徴は、「直接的なコミュニケーションは避ける」傾向があり、例えば「住戸を訪ねてくるような居住者には拒否反応」を示す。また、「間接的な居住者間のやりとりだけで自分の周囲の居住者が安心できる人であると確認したい」という希望があり、「表札に名前を出さない」など自身の情報もあまり他に伝えたくないという意識を持っている。
 「周囲の居住者が安心できる人」とする基準に関しては、「マナー意識の高さ」が考えられ、自身も居住者に迷惑をかけずに暮らしたいと考えている一方で、他人にもマナー遵守を求める傾向があるようだ。ちなみにここでいうマナー意識とは、居住者同士の挨拶、ゴミ出しなどのほか、郵便箱を開けている際に近づかないといったプライバシーへの配慮も含まれる。

◆「マナーの見える化・意識の共有」と「ゆるやかな交流スペース」

 こうしたことを踏まえ、「New Safole」では、“意識の見える化”として、入居時に「生活マナーや災害時の協力」を促すマナー同意書への賛同を求めている。また、入居者同士の気配や温かみを感じられる空間として、エントランスに「おかえりラウンジ」も設けている。ここはゆるやかな交流スペースとなっており、掲示板や、自由に閲覧できる文庫本や雑誌を用意している。14年12月にマスコミ向けに実施された物件見学会では、掲示板には管理会社からの自由に使えるクリスマスリースがメッセージとともに添えられており、それに感謝の意を返す入居者からのメッセージも貼られていた。
 ちなみにこのラウンジ、季節を感じる植栽やインテリアが施されており、夜間に帰宅した際にも、自分の家に帰ってきたかのように明るく迎えてくれるので安心感が得られる。暗い部屋に帰らなくてはいけない単身者(特に女性)には喜ばれるのではないだろうか。
 参考までに、同物件は相場より若干高めの賃料設定だが、14年10月中旬の竣工、12月時点で満室稼動(総戸数11戸、住所は非公開)。入居者は都心で働く30歳~40歳代のキャリアウーマンが中心とのことだ。

◆さまざまな関係性があっていい

 「New Safole」の場合は、単身女性の防犯を前面に押し出しているが、コミュニティ形成に関しては防災も視野に入れており、その他の特に単身者向け物件でも、この「匿名コミュニティ」の考え方が参考になるのではないか。

 例えば管理する物件などで、コミュニティ形成のサポートを考えた場合、イベントなどを実施したり、入居者専用のSNSを開設したりするなど、積極的な交流を目指す以外にも、ゆるやかな形成を前提にする選択肢もあるということだ。コミュニティを望んでいない層も当然一定数存在するだろうから、そういう人でも一定の距離を置くものなら、抵抗が少ない場合もあるかもしれない。
 考え方によっては、最初から密なコミュニティをサポートするのに対してハードルが高い場合に、ゆるやかなものから始めて育てていく方法もあるだろうし、ゆるやかさを前提にしていて、結果入居者同士が自発的にコミュニティを育てていくような関係性に発展することもあるかもしれない。いずれにしろ、つながりの強さばかりがコミュニティではないと考えれば、違う方向性も見えてこないだろうか。(meo)

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