記者の目

2015/9/11

注目集まる“農”ビジネス

新たな遊休地の活用として「シェア畑」を提案

 近年、全国各地で後継者不足の農家が増えており、農地として機能していない「耕作放棄地」の増加が問題となっている。一方、都市生活者の農業・食への関心は年々高まっているが、貸し農園や農業体験などができる場所は少なく、そのニーズは満たされていないのが現状だ。このような問題を解決すべく、農家と都市生活者のニーズをマッチングする“農”ビジネスを立ち上げたのが(株)アグリメディア(東京都新宿区、代表取締役:諸橋貴志氏)。現在、首都圏を中心に、44農園・5,100区画のサポート付き市民農園「シェア畑」を運営しており、新たなビジネスモデルとして注目を集めている。

JR線「新三郷」駅からほど近い、みさと団地内「シェア畑 みさとだんちファーマーズガーデン」。地域との交流イベントも開催している
JR線「新三郷」駅からほど近い、みさと団地内「シェア畑 みさとだんちファーマーズガーデン」。地域との交流イベントも開催している
区画面積は3~13平方メートル程度。「シェア畑」は現在、44農園・5
区画面積は3~13平方メートル程度。「シェア畑」は現在、44農園・5
100区画で運営されている
100区画で運営されている
「ノウジョウシェア」の体験イベントの様子。親子で収穫体験し、採ってその場で試食できる
「ノウジョウシェア」の体験イベントの様子。親子で収穫体験し、採ってその場で試食できる
農園主から農園や野菜について詳しく説明を受ける参加者たち。「シェア畑」では、約110名の栽培サポートスタッフも野菜づくりを手伝う
農園主から農園や野菜について詳しく説明を受ける参加者たち。「シェア畑」では、約110名の栽培サポートスタッフも野菜づくりを手伝う
栽培に必要な道具や種・苗”などはすべて料金に含まれている。“農”初心者でも気軽に参加できるのが好評
栽培に必要な道具や種・苗”などはすべて料金に含まれている。“農”初心者でも気軽に参加できるのが好評
今年5月にオープンした複合ビル「テラススクエア」の屋上で運営を開始した「テラスファーム」。ナスやトマトなど、約20種類の野菜を栽培できる
今年5月にオープンした複合ビル「テラススクエア」の屋上で運営を開始した「テラスファーム」。ナスやトマトなど、約20種類の野菜を栽培できる

◆なぜ「農地」に着目?

 同社代表取締役の諸橋氏は、大手ディベロッパー出身。自身が都市開発に携わる中で、遊休地となっている農地の多さに着目したことが、農地ビジネスを始めるきっかけとなった。
 「使われていない耕作放棄地も、うまく活用すればビジネスになるのでは」と考えた同氏だったが、農業経験はゼロ。農家を営む高校時代の友人を口説き、2011年4月に「アグリメディア」を立ち上げた。

 とはいえ、創業したばかりで実績もないため、いきなり農家から農地を借りることは難しい。そこで思いついたのが、農園主が農業や野菜について詳しく説明しながら収穫体験を楽しめ、その場で採れた野菜の試食もできるというイベント「ノウジョウシェア」だった。
 ところが、協力してくれる農家がなかなかいない。300軒ほどの農家を回り、ようやく首を縦に振ってくれる人が見つかったのは、起業から3ヵ月が経った同年7月のこと。第1回の「ノウジョウシェア」は、神奈川県の農園で開催された。

 参加費は1人5,000円と少々高めの設定だったが、参加者からは「野菜を知ることができ、実際に収穫して食べるという体験は、子供の食育にうってつけ」「参加者同士で会話も弾んだ」などの声が多く挙がったという。同氏は「農業の“体験”に付加価値がある」と確信した。

◆サポート付き市民農園「シェア畑」

 「ノウジョウシェア」イベントの開催を繰り返していくうちに、徐々に農家からの信頼が得られるようになる。創業から1年後、ようやく協力農家の1人から農地を借りることができ、「シェア畑」第1号の運営が始まった。13年には9農園、14年には24農園、現在は千葉、神奈川、埼玉、東京を中心に44農園にまで広がっている。

 同社が運営する「シェア畑」は、農地面積300~5,000平方メートル、区画数1農園当たり70~300区画、区画面積3~13平方メートル程度。利用者の平均使用料は約8,000円。農具や肥料、種、苗、水道などはすべて同社が提供、約110名の栽培サポートスタッフが野菜づくりを手伝うというスタイルだ。

 「農業の特別な知識やノウハウを持っていなくても野菜の栽培を始められるとあって、都心の駅に近い『千駄ヶ谷』『世田谷』エリアでは利用待ちの方がいるほど。最近では、不動産会社や銀行、税理士など、農家以外の方から運営に関しての問い合わせも多く、月に平均100件ほどの相談を受けています。土地オーナーの中には、『少子高齢の世の中で、マンションやアパートを建てるのはリスクが大きい』と考え、数年間の暫定的な土地利用として、投資回収も可能である農園経営に興味を持ってくださる方も少なくありません」(同社営業企画・広報・寄玉昌宏氏)。

 一方、最近は居住者向けに栽培スペースを提供しているマンションもみられる。ディベロッパーも新たな付加価値サービスとして“農”に注目しつつあるということだろう。同社も不動産会社から相談を受けた際、マンションや駐車場への土地有効活用法だけでなく、「シェア畑」を新たな提案として勧めることもあるそうだ。農園が緑化部分としてカウントされることもあり、ディベロッパーや事業主にとって経済的なメリットも大きい。

 従業員の福利厚生として10区画くらいを借りて農園を利用したり、近隣に住む顧客のために無料で農園イベントを行なう企業もあるそうだ。横浜のケーブルテレビ局は、視聴者向けの農園として利用し、収穫している様子をテレビで放送してファンを増やすなど、企業の顧客満足度向上につなげている。

 問い合わせは、仙台、名古屋、大阪、福岡など全国から寄せられている。「シェア畑」の需要は高いが、どこでも運営できるわけではない。実際、「シェア畑」の実現に至るのは、問い合わせ件数の2~3割程度だという。
 「政令指定都市であれば、現在のビジネスモデルで運営できると思いますが、地方都市や郊外では正直難しい。そうしたエリアは、クラインガルテン(ドイツで盛んな200年の歴史をもつ農地の賃借制度。日本語に訳すと「小さな庭」だが、「市民農園」とも言われている)による運営方法を関東近郊の場所で、いくつか検討中です」(寄玉氏)。

◆都心のビルで「屋上貸し農園」

 また、企業からのオファーを受け、日本初の飲食店特化型都市型農園「テラスファーム(屋上庭園)」の運営も開始した。設置したのは、5月にオープンした複合ビル「テラススクエア」(東京都千代田区)。屋上庭園のほか、ビル内カンファレンスルームの横では、全長60mのハーブ園も運営している。

 ハーブは全5種類、ファームではナスやトマトなど約20種類の野菜を育てており、各店が育てたハーブや野菜は店舗で味わうことができる。「運営費は月額で2万3,000円。決して安い金額ではありませんが、店舗の方々は『ここでしか食べられない野菜を提供できる』ことに価値を見出してくださっています」(寄玉氏)。
 ユーザーも、仕事帰りなどに立ち寄れる都心ビルなら通いやすい。週末を利用して農園に足を運ぶのもいいが、もう少し気軽に野菜づくりを始めてみたいという人には合っているかもしれない。

 現在、同社は2億円近い年商を上げており、その収益の柱は「シェア畑」。今後はさらに、未利用地を収益化できるビジネスモデルを模索していくという。
 すでに、農家志望の若者や、リタイア後に自給自足生活を目指すシニア層を対象に、趣味の範疇を外れ、農業を本格的にサポートしていく取り組みをスタートさせている。川崎市多摩区の農地(シェア畑の5~10倍の広さ)でテストケースを始めており、農家での座学や栽培指導の講義を受けながら、栽培計画、作付けなどを自力で実践させるというものだ。
 6月には、生産者と共同で運営する飲食店「農家café」をオープン。都市生活者と“農”との関わりを深める取り組みに注力している。

 注目が集まる“農”だが、実際に農地を借りて貸し農園ビジネスを行なうには、農地法や各自治体の農政・都市計画、税制等、さまざまな障害が立ちはだかるという。そうした複雑な問題が絡み合い、多くの企業が同ビジネスへの参入をためらっているのが現状のようだ。

 “農”に関する知識の少ない一般の人にとって、農業への参加は敷居が高く感じられる。しかし、同社のような「体験型」であれば、「週末を畑で楽しむ」といったレジャー感覚で気軽に参加できるのではないだろうか。確かに、土をいじるのは楽しそうだし、自分で育てた野菜は美味しいに違いない。運動不足の解消にもつながりそうだ。
 今後、都市部に住む人々に「シェア畑」がどの程度受け入れられるのか。農地ビジネスは、次々と姿を消している農地の救世主となるのか。動向を追ってみたい。(I)

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