記者の目

2016/4/11

日本初の分譲マンションが建て替え

「渋谷ヒカリエ」隣接で再生に期待

 今春、日本初の分譲マンションといわれる築63年の「宮益坂ビルディング」(東京都渋谷区)の建て替え工事が着工する。工事を受注したのは旭化成不動産レジデンス(株)。先日、その着工前のビルとともに、竣工時からほぼそのままの状態を保っている住戸が報道陣に公開された。

南側に「渋谷ヒカリエ」があるため建て替え後の住戸は北向きが中心。屋上には、洗濯置場がない名残で共同の洗濯物干しが設置されている
南側に「渋谷ヒカリエ」があるため建て替え後の住戸は北向きが中心。屋上には、洗濯置場がない名残で共同の洗濯物干しが設置されている
銀座線側に位置する裏手には煙突が設置されている
銀座線側に位置する裏手には煙突が設置されている
エレベーター脇に設置されているメールシュート(現在は使われていない)
エレベーター脇に設置されているメールシュート(現在は使われていない)
公開された竣工当時を保つ和室
公開された竣工当時を保つ和室
台所。写っていないが、左側手前に金網が張られた作り付けの食器棚が設置されている
台所。写っていないが、左側手前に金網が張られた作り付けの食器棚が設置されている

◆最先端設備が売りだった、今でいう“億ション”

 同ビルは1953年竣工の地上11階地下1階建て。商業施設「渋谷ヒカリエ」に隣接という都心の一等地に位置する。今では考えられないが、竣工当時は、JR「浜松町」駅に近い竹芝ふ頭(東京都港区)からの汽笛が毎日のように聞こえてくるほど、周辺に高い建造物がなく随一の高さを誇ったという。敷地面積1,317平方メートル、延床面積7,872.62平方メートル。1階が店舗7区画、2~4階が事務所37区画、5階以上が住戸70戸からなる複合建物だ。

 住戸の専有面積は全戸が約34平方メートルで、当時の分譲価格は102万2,000円。3割、7割の2回の現金払いで、70戸中47戸を会社重役が購入した。当時の新聞記事では「天国の百万円アパート」(当初の名称はアパートだった)と紹介されるような、今でいう“億ション”で、お金持ちが住む夢の家という位置づけだった。

 共用部の設備は、当時はエレベーターがあった点が非常に画期的で、そのエレベーターにはブルーの制服に白い手袋のエレベーターガールが常駐(昭和50年前後まで)。また、セントラルヒーティングを導入しており、かつては各住戸にスチームヒーターが通っていたという。加えて各階廊下端にはダストシュート、エレベーター脇にはメールシュートが設置してあり、郵便局員が定期的に1階まで集荷に来ていたそうだ。加えてビル内交換手による内線電話も導入するなど、当時の最先端設備を備えていた。

◆排水管に洗剤の泡がつまるほど、設備の老朽化が深刻に

 だが、さすがに築60年超、近年は老朽化が深刻な問題となっていた。

 当時の最先端設備で最後まで使われていたのはエレベーターだけだが、昨年、2機あるエレベーターの1機が故障し、すでに部品が製造中止になっていたため3ヵ月間使えない状態が続いた。メーカーになんとか特別に部品を製造してもらって事なきを得たという。
 外壁は、最近は月に1度点検しており現状は大きな問題はないとされていたが、いつ剥がれてもおかしくない状態で、理事会では常に落下による事故などを懸念していた。

 老朽化がかなり深刻だったのが排水管だ。長年の使用による劣化のためコレステロールが溜まった血管のように内部の通りが悪くなっていた。実際、今年2月2日まで同ビルで暮らしていた82歳の女性によれば、もはや洗剤の泡ですらつまるようになっており、生活にはとても苦労したとのこと。なるべく洗い物は泡を出さず、土のついた野菜なども台所では洗わない、といった涙ぐましい工夫を日常的に強いられていたのだとか。

◆竣工時ほぼそのまま、和のしつらえを生かした昭和の2DK

 今回、竣工時からほぼそのままの状態を保っている住戸も報道陣に公開された。所有者の女性が実際に居住していたのは2008年までだが、その後は高齢により独居が難しくなったため空き家となっていたもの。現在は娘であるM氏が相続しており、そのM氏いわく、母親が居住していた当時から何度リフォームを勧めても、面倒くさがって聞く耳を持たなかったため、ほぼ竣工当時の状態で残ったのだという。

 その住戸に入ってみると、“億ション”というにはあまりにもこじんまりとした昭和の匂いのする和室が現れた。60年という歳月の重みを感じる。間取りは、玄関を入って左手に和式トイレ、右手にキッチン、さらに右奥にバスルーム。キッチンから奥側に和室2部屋という2DK。当時の建築基準法には百尺制限といわれる高さ制限があったため、渋谷で随一の高さを誇ったこのマンションでも推定高さは31m。そのため天井高は2.25mと現在の基準からすると少々低めだ。

 和室2室には、和の「しつらえ」が多く取り入れられ、当時の高級住宅を意識した職人の工夫が随所に見られる。
 例えば、床の間を模した空間には、現在で言うピクチャーレールを設置しており、左右にスライドさせることで3枚の掛け軸を交互に見せられるよう、狭いスペースを有効活用した仕様となっている。また、上部のレールで吊る方式のスチール製の窓には、和室に合わせた意匠として、スチール枠に木の枠を貼り付けている。換気のための通気口なども、目立たぬように、壁と床が接するはばき部分に設けられている。
 浴槽は約15年前に撤去していたが、元はヒノキの浴槽が設置されており、外側から沸かせる仕組みになっていたそうだ。キッチンの作り付けの茶箪笥兼食器棚はガラスでなく金網が張ってあるのが時代を感じさせる。
 また、竣工当時は、まだ洗濯機を持っている家庭がほとんどなかったため、洗濯機置場は設置されていなかったという。

◆複合用途、複雑な権利関係などの要因で建て替えまでに長い年月

 建て替えに向けた活動の原点は実に25年前。当初は具体的に建て替えを想定していたわけではなく、ビルの諸問題を解決するために「宮益坂ビルを考える会」としてスタートした。現在は当初のメンバーがほとんど残っていないため詳細な経緯は不明だが、自主管理から委託管理に切り替え、管理規約を改定するなど、管理業務の向上を図るための活動に注力していたという。

 具体的な建て替えに向かったのは03年。ところが、建替え決議が1度成立したにも関わらず、08年にリーマンショックの影響で当時の事業協力者だった不動産会社が「採算が合わない」という理由で降りてしまい、計画がいったん白紙になってしまった。その後、11年に旭化成不動産レジデンスが事業協力者に選定され、12年に建替え決議が成立、13年に建替組合設立が認可されて着工目前まで漕ぎ付けた。
 複合用途であることや、多くが賃貸利用だったことによる合意形成活動の難しさに加え、複雑な権利関係の整理などのため、建替え決議成立までにさまざまな問題を乗り越える必要があったという。このビルは区分所有法制定以前に分譲されているため、住戸と共に廊下部分も登記されている。そのため専有部転売の際、廊下部分のみ所有権移転登記がなされず、竣工時の登記が残っているといった共用部の名義残りの問題も大きかった。

 同ビルで翻訳事務所を構え、10年以上建て替え組合理事長を務めるウレマン・フレッド氏(アメリカ人)は、こうした困難を乗り越えられ、合意に至った一番の秘訣は、雰囲気づくりだったと述べた。「組合では誰一人、自分だけのわがままを通そうとする人がいなかった。建替え合意はとても難しいことだが、雰囲気、空気づくりが上手くいったことが、ここまでこぎつけた一番の秘訣だと思う」(同氏)。もちろん渋谷のまちづくり活動にも関わる同氏が発揮するリーダーシップ、それに協力する理事たちの熱意も大きかっただろう。そうした活動のおかげで全82名の区分所有者の内、8割が残ることに。建て替え前のビル内最後の理事会も非常に和気あいあいと、新しいビルでの再会を待ち望む雰囲気で行なわれたという。

 建て替えの竣工は19年を予定。区分所有者が多く残ることをベースにした住戸152戸の計画で、居住よりSOHO等、小規模な事務所利用が多くなることを想定し、専有面積30平方メートル前後の1K65戸と小規模な住戸を中心とする。ウレマン氏の尽力で、同ビルは東京メトロ銀座線上に設置される「スカイデッキ」と接続される予定だ。同氏は「渋谷はいろんなものがごちゃまぜになったところが面白いまち。その“渋谷らしさ”が出せれば」とビルの活性化に期待を寄せる。

◆◆◆

 同ビルは旭化成不動産レジデンスがこれまでに着手した建て替えマンション25棟の中では、立地の良さから販売時の坪単価は最高額になる見込みだという。だが、このような都心一等地で余剰容積がある場所でも高経年マンションの建て替えにはさまざまな困難が伴う。
 日本初の分譲マンションとして、管理運営の方法がその後のマンション管理の参考にされたのだとも言われる同ビル。今後は高経年マンション建て替えの参考例としても期待されるが、まずは、同ビルがどのように生まれ変わるのか、注目していきたい。(meo)

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