2026年、メジャーリーグの新しいシーズンが幕を開けました。ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手、山本由伸選手、そして佐々木朗希選手らの活躍により、本拠地ドジャー・スタジアムは今や、全米で日本からの観光客にもっとも人気が高い観光スポットのひとつとなっています。
ロサンゼルス観光局代表のアダム・バーク氏によると、大谷選手がドジャースに移籍加入した2023年以来、ロサンゼルスを訪れる日本人訪問者の数は急激に増え続けていて、2025年には年間約35万人に達しました。そのうちの実に80~90%が滞在中にドジャー・スタジアムを訪れるのだそうです。
しかし、このメジャーリーグ最大の球場には意外な経験が待っているかもしれません。スタジアムを囲む広大な駐車場とその周辺のすさまじい交通渋滞です。試合前は高速道路の出口からすでに長い車の列ができていますし、試合後は駐車場から出られるまでに1時間以上かかることも珍しくありません。
このアクセスの悪さを解決する手段として、ロサンゼルスの中央ターミナル駅にあたるユニオン駅と球場を空から直結する「ドジャー・スタジアム・ゴンドラ」が計画されました。
正式名称「Los Angeles Aerial Rapid Transit」は、運行が実現すれば片道わずか数分で移動でき、1時間あたり数千人の輸送が可能とされています。さらに、CO2排出ゼロの車両を採用することで、大気汚染も軽減されるということです。
渋滞の緩和と環境負荷の低減、そして都市観光の新たな魅力を兼ね備えたプロジェクトとして大きな注目を集めていましたが、現在では計画の実行は危ぶまれ、まさに宙に浮いた状態となっています。
一進一退の攻防:2025年末に起きた大きな転換点
ドジャー・スタジアムは2028年のロサンゼルス・オリンピックで競技として復活する野球の会場となることも決まっています。野球が初めて公開競技として行われた1984年のロサンゼルス大会以来のことです。
ロサンゼルスのカレン・バス市長は2028年のオリンピックを”Car-Free”、つまりすべての会場への行き来を公共交通機関に限ることを宣言しています。ドジャー・スタジアム・ゴンドラはその方針に沿った施策のひとつになるはずでした。しかし、仮に実現したとしても、あと約2年後に迫ったオリンピックにはどうやら間に合いそうもありません。
2025年に入り、一時は環境評価の不備を指摘する裁判所の判断で足止めを食らっていたプロジェクトですが、2025年末に大きな動きがありました。事業主体が騒音やプライバシー対策を強化した新たな報告書を提出したことを受け、2025年12月4日、ロサンゼルス郡都市圏交通局(Metro)の理事会は、計画を再び承認(再認証)しました。
オリンピックという期限が迫る中、ゴンドラ推進派にとっては「首の皮一枚つながった」形ですが、事態はそう単純ではありません。Metroの承認が出た直後の2025年11月、ロサンゼルス市議会は12対1という圧倒的多数で、この計画に対する「反対」を正式に表明したのです。「観光利便性」を優先する広域行政と、「地域住民の生活」を代表する市議会。このふたつの力が真っ向から衝突しています。
観光客の視点と生活者の視点
この計画が実現すれば、ドジャー・スタジアムの観戦に新たな楽しみが加わることになるでしょう。高層ビルがそびえるダウンタウンと歴史的な建物が並ぶチャイナタウンを眼下に見下ろし、夕陽に染まるサンガブリエル山脈を背景に、ナイター照明が灯り始めたスタジアムが近づいてくる。そんな幻想的な景色を眺められるかもしれません。帰りはダウンタウンの夜景が楽しめるはずです。
しかし、この美しいビジョンも、ゴンドラが頭上を通過することになる周辺の住民たちには異なったイメージをもたらします。彼らにとって、ゴンドラは「景観とプライバシーを奪う侵入者」に他ならないからです。
ゴンドラの実効性についても疑問の声があります。1時間あたり数千人という輸送力では、5万人の観客のごく一部しか運べず、根本的な渋滞解消にはならないという厳しい指摘が根強く残っています。排出CO2の削減にしても、現在のシャトルバスをEVにすればよい話で、あえて恒久的な施設をあらたに建設する理由としては弱いでしょう。建設には大量の樹木伐採が必要となるため、かえって自然破壊に繋がるという見方もあります。
ロサンゼルス近郊に住む1野球ファンとしての私見を述べるならば、私自身もきっとゴンドラを利用しないと思います。私は年に数回はドジャー・スタジアムを訪れます。毎回、渋滞は頭痛の種です。昨年のポストシーズンでは、試合終了後に駐車場で2時間以上も停滞するというひどい目にも遭いました。
仮にゴンドラでスタジアムから脱出し、数分でユニオン駅に到着できたとします。そのこと自体は素晴らしいのですが、それでも帰宅問題はまったく解決しません。ユニオン駅から私が住む郊外の町までの列車は1時間に1本程度しか走っていませんし、ナイターが終了する深夜の時間帯は皆無だからです。ロサンゼルスという都市の仕組みは公共交通機関で移動するようにはできていないのです。
ゴンドラ計画可否によって問われているものは、ドジャー・スタジアムのアクセスという次元では語れないのかもしれません。極端な車社会であるロサンゼルスという都市の交通インフラがどのように変わっていくのか。この議論の行方から、今後も目が離せません。
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。