アーバンコーポレイション、産学協同で研究・提案
オフィスビルは近年、「投資」と「リターン」という切り口でのみ語られることが増えてきた。しかし、本来オフィスに求められるものとは、そこで働く人々がいかにして快適に過ごし、生産性の高い仕事ができるか、ということではなかっただろうか。そうした観点から、「働きたくなるオフィスのあり方」を追求しようとチャレンジしたのが、(株)アーバンコーポレイション(広島市中区、代表取締役社長:房園博行氏)。今年9月、不動産価値創造のあるべき姿を考える「ヴァイタルデザインプロジェクト」を立ち上げ、その第1弾として産学協同によるモデルオフィス「ヴァイタルデザインスタジオ」(東京都港区)を開設した。
これからの「不動産価値」とは?
同社が立ち上げた今回のプロジェクトは、「新たな不動産価値創造力を強化する」ことが目的だという。その真意について、同社はこのように説明している。
『不動産と金融の融合が進んだ結果、不動産物件における投資とリターンに焦点が向いている。しかし、本来あるべき不動産価値とは、そこに暮らし、働き、訪れるさまざまな人々が、そのエリアや建物、設備、景色、あるいは賑わいやホスピタリティといったものに価値を感じることにある。そこからブランド価値や話題性など、様々な付加価値が生み出され、結果として、不動産物件への高い投資効果とリターンが生み出されることになる』。
つまり、ディベロッパーの生み出す「不動産価値」とは、立地条件や最新の設備・内装といったハードの提供だけでなく、そこで暮らし、働き、訪れる人達に、「暮らし方」「働き方」などを提案していくというソフト力の重視にシフトするだろう、ということだ。この考えに基づいて、不動産価値を「ユーザーオリエンテッド」で見つめなおしていこうというのが、「ヴァイタル(生命、活力、元気という意味)デザインプロジェクト」だ。
今回立ち上げた「ヴァイタルデザインスタジオ」は、同社が九州大学、東京大学や各種メーカーとともに「働きたくなるオフィスのあり方」を追求した、産学協同プロジェクト。単に、開放感のあるオフィス空間の利用法を提案するだけでなく、生理人類学の観点から、「働きたくなる」仕掛けを用意している。
「ヴァイタルデザインスタジオ」は、同社が取得し、バリューアップのうえファンドに売却したオフィスビル「アーバンBLD青山」の2フロアに設けられたもので、12月14日まで一般公開されている。
同ビルは、築43年のオフィスをリノベーションしたもので、基準天井高の低さを解消するため、偶数階の床の一部を取り除き、メゾネット式の開放的空間を演出しているのが特徴だ。照明や床も、九州大学の研究をもとに、身体リズムのコントロールにより、集中力の向上や疲労防止、効率的な作業ができる環境を整えている。また、コミュニケーションを円滑にするための小スペースやカフェなども設置されている。
ブレイン・ストーミングで会議を活性化する
しかし、そうした工夫はあくまでも「脇役」にすぎない。同スタジオの目玉は、2層のフロアに用意された、4つの会議室にある。いずれも、九州大学、東京大学の研究成果をもとに、さまざまなジャンルのさまざまな企業が研究開発したプロトタイプの製品を組み合わせた、極めて実験的要素の強い(ただし、実現不可能な技術は1つもない)近未来の会議室である。
まず、「ブレイン・ストーミング」をテーマにした会議室。スキップフロアにより独立し、スカイブルーのクリアガラスに囲まれた異空間だ。
この会議室最大の特長は、部屋の中心に据えられた「ブレイン・テーブル」。ソニーの新規技術開発を一手に担うソニーPCL(株)の手によるこのテーブルには、特殊なタッチセンサーが内蔵された大型モニターが備わる。このモニターに、外部から読み込んだデータを表示。参加者達は、モニターに手をかざすことで、表示されたデータを自由に動かすことができるのだ。
たとえば、新商品の名前を考える、といった会議の場合、キーワードとなりえる言葉をモニターに散らしておき、思いつくままに組み合わせを考えたり、カテゴリー分けする、といった使い方ができる。大形モニターの上でわいわいがやがや議論させることで、斬新なアイディアを引き出すのだ。
このモニターには、「全員発言」を促すためのランダム指名装置(ルーレット)や、イライラが募ったときのストレス解消機能としての「ちゃぶ台返し」機能(もちろん、モニター上のことだが)などもある。記者は、テーブルについて実際に操作してみた。プロトタイプということもあり操作感こそ不安定だったが、確かに議論は白熱しそうなテーブルだった。シーンと静まり返った会議よりも、雑談の割合が多い会議のほうが、いいアイディアは出るものだ。
感情を「見透かす」壁
次は「エモーション(感情)」がテーマの会議室。壁面には、3DCGによる魚が泳ぎ、見る者に癒しを与える。また、この魚たちは「音」に反応し、会議が活発なときは魚も活発に泳ぎ、会議が静まり返るとどこかに消えてしまうというユニークな性格が与えられている。
しかし実はもっと恐ろしい機能が、この会議室には備わっている。それは「フィーリング・ウォール」。会議室内に設置されたマイクが発言者の声を拾い、その人がいま、どのような感情にあるのかをキャッチ、壁面の色を変えるのだ。「興奮状態」にあると、壁は赤色に染まる。「静寂・冷静」なら青色、「喜び」は黄色といった具合である。会議中、貴方が上司の突っ込みに「冷静に」返答していたつもりでも、もしも壁の色が「赤」になったら「ムカツイている」のがバレバレというわけだ。
ちなみに、記者はこの部屋で同社広報担当者の話を聞いていた。私が発言中、壁の色は終始「青」だったが、広報某氏がしゃべりだすと、すぐに「赤」に変わった。一生懸命伝えようと興奮していたのか、私の質問に腹を立てていたのかは、わからない。
また「フレンドリー」と名付けられた会議室には、「コミュニケーションテーブル」なるものが備わっている。
このテーブルは、座席の前すべてに小型モニターが組み込まれており、各人が氏名を登録すれば、どこに何という人が座っているかが一目瞭然となる。また、会議資料はすべてモニターで共有化でき、その資料に各人がタッチペンで書き込むこともできる。
モニターを通じて、さまざまなコミュニケーションが図れるもので、一番実用性が高い提案だと感じた。
無意味に長い会議を強制終了
最後の会議室は、記者が個人的に一番気に入り、かつお勧めしたい会議室である。テーマは「タイムリミット」。限られた時間を有効活用するための会議室だ。
他の3つの会議室は、人が安らぐような、心地よいインテリアや照明に彩られていたが、この会議室は通常のオフィスのように無機質な雰囲気で、照明も明度の調整こそできるものの、普通の蛍光灯である。この会議室の主役は、オフィス什器のトップメーカー、(株)岡村製作所の手による「タイムリミットテーブル」だ。
黒いトップガラスで覆われた6人がけのテーブルは、一見するとただのお洒落なテーブルのようだ。だが、このテーブルには「タイマー」が内蔵されている。たとえば、会議の予定時間が「30分」だったとしよう。このテーブルに会議時間を「30分」と打ち込み、スタートボタンを押す。すると、時間の進行具合が、テーブルトップのインジケーターで表示される。残り時間が1分を切ると、「赤い」インジケーターによるカウントダウンが始まる。
そして、終了時間を迎えると机が4分割され、ランダムの高さに上下動するのだ。机は参加者の目線まで持ち上がってしまい、机上の資料はめちゃくちゃ。コーヒーはこぼれる。もう会議どころではない。強制終了である。
社内の会議というのは、どんなに気をつけていても、たいてい時間が延びるものだ。多くの参加者が「早く終わらせたい」と思っていても、上司や役員が「自分の世界」に入って大演説を始めてしまい、下手に注意もできないという経験、大抵の人があるはずだ。このテーブルなら、そんな心配はいらない。本気で欲しくなったので、岡村製作所の開発者に聞いたところ、「安全装置等の問題があり、このまま市販化すると200万円にはなるが、もう少し簡単な装置にすればコストダウンは可能」とのことだった。
もしも100万円を切ったなら、本気で稟議書を書いてみよう。
今回の提案は、どちらかといえば設備に頼る提案が多かったが、生理人類学からのアプローチという手法は、非常に面白かった。今後同社は、住宅や商業施設についても、同プロジェクトによる新たな不動産価値を提案していく方針だという。(J)