記者の目 / 仲介・管理

2020/4/28

入居者が求めるコミュニティとは?

「二宮団地」(神奈川県中郡、総戸数580戸)の場合

 人口減少や空室率増加などを背景に、賃貸住宅を「付加価値」で差別化する動きが強まっている。その代表的な事例に「コミュニティ」があげられ、数多くの物件が登場してきた。神奈川県住宅供給公社が運営する「二宮団地」(神奈川県中郡、580戸)でも数年前よりコミュニティ形成を意識した仕掛けを施し、一時は半数が空室だったが回復傾向にあるという。そこで今回は、同団地の入居者は実際にどういった点を評価しているのか、紹介したい。

◆コミュニティ志向は多様化するニーズの一つ

 そもそも賃貸住宅に居住するユーザーはどの程度コミュニティに対するニーズを持っているのか。

 近年、若年層を中心に住まい方は多様化しているといわれている。郊外住宅団地における住まい方などを研究する横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院准教授の藤岡泰寛氏によれば、「交流やコミュニティを求める層が大幅に増えているというよりも、あくまでも多様化・細分化するニーズの一つ」だという。つまりは、交流やコミュニティを求めるユーザー層は出てきているが、ニーズの多様化を背景に、その層が大幅に増えているということではないということ。

 しかし、藤岡氏によれば、若年層を中心に従来の「住宅すごろく」のように圧倒的多数の住宅ニーズというものが、今後ますますなくなっていく可能性が高いそう。細分化されたニーズにどのように応えていくのかが重要になることから、「コミュニティ」は注目すべきニーズの一つであるとはいえそうだ。

 多様なニーズの中でも「コミュニティのある暮らし」は、建物の一部をコミュニティスペースにする、定期的に入居者向けのイベントを開催する等が考えられるが、既存・新築物件どちらの場合でも比較的低コストで取り入れやすく、うまく稼働すれば高い入居率を維持できるほか、優良な入居者が集まりやすいことからテナントリテンションにもつながるなどさまざまな効果が期待できるということで、積極的に取り組む賃貸管理会社やオーナーが増えてきたように思える。

◆SNSでの情報で心が動く

「二宮団地」外観(写真提供:神奈川県住宅供給公社、以下同)
入居検討者向けの団地見学ツアーの様子

 今回紹介する、1965~71年築の「二宮団地」では、入居者の高齢化、建物の老朽化、空室率の増加が課題となっていた。同公社は、数年前よりさまざまな仕掛けによって、入居者獲得を図っており、その中の一つが「コミュニティ形成」による付加価値づくり。具体的には、団地見学ツアー(モデルルームや入居中のリノベーション住戸が見られて入居者の話も聞けるもの)後に入居検討者を招いた定期的な食事会(通称:お食事会議)、近隣で設置した農園・水田での農業体験イベントなどを開催し、団地の魅力アップを図っている。

 2018年9月から同団地に住み始めた、夫婦揃ってデザイナーの鈴木 純さん・愛さんは、友人がSNSに投稿したこういった集まりの様子を見て、「おもしろそう」と同団地での暮らしに興味を持ったそう。その後、団地の入居検討者向けの見学ツアーおよび食事会に参加して「食事会が楽しく、ちょうど転職して在宅ワークが可能になったこともあって引っ越しを決意した」という。

鈴木さん夫婦をはじめ、複数の入居者に協力を得て団地暮らしについて、専用のブログで情報発信してもらっている(同団地ホームページより)
かなり高い頻度で更新されているブログ記事の一覧

 鈴木夫婦の場合、入居前に同じ入居者目線の情報が得られたことが安心感につながり、初めの一歩が踏み出せたそうだ。事業者側の情報発信だけでなく、入居者に協力してもらいSNSで暮らしなどについて発信することで、潜在的な顧客の獲得も期待できるのではないだろうか。
 ちなみに神奈川県住宅供給公社は、同団地の複数の入居者に依頼して、団地暮らしの様子をブログで発信してもらっている。鈴木さん夫妻のほか、団地や二宮での暮らしを楽しんでいる複数の入居者が担当。週に数本のペースで、周辺情報や暮らしにおける気づきなど、ざっくばらんな内容が発信されている。このブログをきっかけに問い合わせにつながっているケースも多いという。

◆選択できる交流の場が心地良い

コミュニティスペースで開催されている「歌声ダイニング」の様子
団地近隣で行なっている農業体験イベントの様子

 また、集いの場にバリエーションがあることもポイントになっているようだ。先に挙げた団地見学ツアー後の食事会は、単身者やDINKS等、若い世代を中心とした入居検討者と移住組の入居者、地域住民がざっくばらんに団地・地域の暮らしについて語らうことが多い。19年10月、商店街に新しくオープンしたシェアスペースを舞台に、開催されているワークショップでは、例えば、“編み物”がテーマの場合、子育て中のママとそのお母さん世代が多く集まるという。
 さまざまな世代・属性の人が自分に合った場を設けることで、それぞれが無理なく自分に合った場を選択できることが「心地良さ」につながっているようだ。鈴木夫妻は「いろいろな交流の場があることで、自然体で楽しむことができ、人脈も広がった。新たに知り合った人たちからまちの魅力を教えてもらい、さらに暮らしが豊かになった」と話す。

◆◆◆

 今回の事例を踏まえると、事業者側からの一方的な情報発信や限られた客層・種類のコミュニティだけでなく、入居者にとって「同じ目線の情報」「自身で選択できるコミュニティ」があることが、人気のポイントになりそうだ。不動産会社が、今後、コミュニティ型賃貸住宅を手掛ける場合のヒントになるだろう。(umi)

【関連ニュース】
  「団地のコミュニティをテーマにセミナー」(2020/1/31)
【関連記者の目】
“暮らしが楽しくなる” 団地に再生」(2017/11/22)

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