記者の目 / その他

2017/11/22

“暮らしが楽しくなる” 団地に再生

築50年・約半数が空き家の“さとやま団地”を再生

 「二宮団地」(神奈川県中郡)は、昭和40年代に、神奈川県住宅供給公社(以下、公社)が72haの里山に開発した一戸建てと中層住宅のニュータウン。高度成長時代で住宅不足の当時、同団地はサラリーマン世帯憧れの新興住宅地だった。しかし、開発後50年が経過した現在は、住宅・施設の老朽化が進み、同公社が管理する賃貸住宅の半数近くが空き家の状態。この状況を改善すべく、2016年4月、公社は二宮町や地域住民と連携し、新たな魅力づくりと空室解消を積極的に推進する「二宮団地再生プロジェクト 湘南二宮 さとやま@コモン」に着手した。

72haの里山に開発された「二宮団地」。赤い部分が現在公社が募集
している18棟580戸の賃貸住宅
老朽化が進み、半数近くが空き家状態となっている賃貸住宅棟

◆“さとやま”を生かした新しい団地暮らしを提案

 二宮団地は、JR東海道線「横浜」駅から40分ちょっとの「二宮」駅からバスで約10分に位置。東京から車や電車で1時間ほどにあるまちで、湘南の西端に位置している。
 箱根湯本まで車で約20分、山・海など豊かな自然も身近にあり、都心への通勤も可能なエリアでありながら「二宮」の知名度は決して高いとは言えない。

2DKの住戸。風呂はバランス釜、台所には
瞬間湯沸かし器が使われている

 現在は28棟856戸の賃貸住宅を公社が管理しているが、その空き家率は約47%。50年間、ほぼ設備のバージョンアップを行なっておらず、風呂は今ではほとんど目にしなくなった「バランス釜」で、台所では瞬間湯沸かし器が使われている。洗濯機置き場もなく、脱衣所は台所をカーテンで仕切っているだけの間取りもある。

 「現在の二宮団地は、設備も部屋の広さも入居者ニーズに到底合いません。そこで、都心やレジャーポイントへのアクセスが良い点に注目し、自然を生かした“さとやまライフ”が楽しめる団地に再生しようと考え、“二宮団地再編プロジェクト 湘南二宮 さとやま@コモン”を始動しました」と話すのは、公社団地再生事業部県西部団地創生推進室・室長代理の鈴木 伸一朗氏。

 もともと家賃が安いこともあり、空き家が増えると住戸を適正に管理していくのが難しくなる。そこで、28棟856戸を18棟580戸に集約。コンパクト化(再編)することで、賃貸継続棟においては耐震診断、経年修繕、公共下水道接続等を実施するなど、住環境の整備を進めていく。事業期間は、16~24年度まで。賃貸終了後の建物と敷地については、現段階で具体的な用途は未定だが、駐車スペース不足のブロックに駐車場を整備するなど、同プロジェクトの推進に役立つ利活用を行なっていく考え。

 また、団地再生と合わせて地域の魅力アップを図るため、二宮町の知名度アップ、“二宮ブランド”の確立を目指すことに。16年5月、二宮町・地域住民とともに「一色小学校区地域再生協議会」を結成。二宮町総合戦略のモデル地区としてさまざまな地域課題に取り組み、団地再生を核とした地域創生の実現を目指していく。

◆入居を促進する「セルフリノベーション制度」

 プロジェクトの肝となるのが、賃貸住宅の入居を促進するための「セルフリノベーション制度」だ。同制度は、入居者自身のDIYによる内装等の工事を可能とし(壁・天井の塗装、床材のフローリング張り替え、室内木製建具、キッチン流し台取り替え、造作棚の取り付けなど)、退去時の原状回復を不要とするもの。

 タイプは「おてがるリノベ」と「しっかりリノベ」の2種類。
 「おてがるリノベ」は、洗濯機置き場を新設し、浴室内やトイレ等の設備機器に不具合がある場合のみ公社が修繕し、内装等は原状で引き渡す。居住者は好きなところだけをリノベーションできるというもの。家賃は月額2万8,700~3万2,100円に設定。
 「しっかりリノベ」は、給湯や浴槽などの設備は充実させるが、内装仕上げやキッチン、洗面台は入居者が設置。壁・天井塗装、床フローリング貼りも自ら行なうなど、室内全体を自分の好みに仕上げることができる。家賃は月額3万4,700~3万8,100円に設定した。
 なお、「おてがるリノベ」は契約(鍵渡し)から2ヵ月間、「しっかりリノベ」は3ヵ月間、家賃は免除され、その間にリノベーション工事を行なってもらう。

 公社は、実際にキーマンとなる人に住んでもらい、団地暮らしの実験を始めることに。また、影響力のある人の暮らしぶりをブログやホームページなどから発信することで、リノベーションと入居促進を図っていくこととした。

「しっかりリノベ」前の住戸
DIYの経験とスキルを活かしてしっかりリノベしたチョウハシ氏の住戸。壁・天井塗装、床フローリング貼り、キッチン流し台設置、吊戸棚等を設置した

 まず、冬場は焼き芋屋の店主でありデザイナー、一級建築士、大工という肩書を持つチョウハシトオル氏に話を持ちかけたところ、「自分好みの部屋にリノベーションできる団地暮らし」に興味を持った同氏。今年5月、「しっかりリノベ」プランの住戸に引っ越してきた。リノベした住戸に住みながら、稲作や竹林整備に参加したり、近所で見つけた植物で布を染めたりと、さとやま暮らしを満喫しているという。

 ちなみに、後述するが、団地の中央に位置する「百合が丘商店街」内に設置している「コミュナルダイニング」の設計やデザイン、工事を手掛けたのもチョウハシ氏とその仲間だ。

大井氏の住戸では、ワークショップ参加者とともに
部屋づくりを行なっている。この様子を特別ページで
公開し、団地への誘引効果を期待する

 続いて、今年6月から「おてがるリノベ」に入居したのは、編集者の大井 あゆみ氏。現在、東京と二宮の二地域居住生活を送っている。
 二宮在住で、セルフリノベーションワークショップを全国でプロデュースする「KUMIKI PROJECT(株)」に、床張りや壁塗りなどのリノベ・ワークショップを開催してもらい、参加者と少しずつ部屋づくりを進めた。団地の住戸には物がほとんどなく、実家にあったハンモックをぶら下げてシンプルに暮らしているそうだ。
 「リノベーションの様子や二地域暮らしを、『YADOKARI×公社二宮団地暮らし方リノベーション』という特別サイトから発信しています。新しい団地暮らしの提案ができれば」(同氏)。

◆コミュニティのある楽しい暮らし

 専有部のリノベーションに加え、共用部でも“楽しみながら暮らしてもらう”ための取り組みを推進している。その一つが、先述した「コミュナルダイニング」だ。“食”や“食文化”を通じて団地住民のみならず地域住民が気軽に集まれる「地域の囲炉裏端・縁がわ」をテーマとした共用スペースで、昨年11月にオープンした。
 もともと健康器具の販売店だった店舗を、チョウハシ氏のほか、地域に関係する設計士・デザイナー・公社職員が解体と内装作業を実施。1階の手づくりテーブルやキッチンカウンターは従前店舗の残したものを再利用。廃材も有効利用しながら、2階はくつろげる座敷に。バックヤードにはピザ釜も製作した。

従前店舗の内装や廃材を有効活用してつくった「コミュナルダイニング」
「お食事会議」ではここ1~2年の間に
二宮町へ移住してきた新住民と
長く住んでいる人たちが食事や会話を楽しんでいる

 毎月第4土曜日には「お食事会議」を開催。参加者は、代々地元に住む人もいるが、ここ1~2年の間に二宮町へ移住してきた新住民が多いという。基本的には皆が集まって、一品持ち寄りで飲んだり食べたりするそうだが、「これからの豊かな団地暮らし」を議題に話し合いを行なったりもしている。
 お食事会議の常連で、団地住戸を仲介する不動産会社の店長が、引っ越ししてきた人に声をかけて参加を促すこともあるそう。「こうした働きかけのおかげで、新参者も自然とコミュニティに参加できるため、二宮の暮らしに溶け込みやすいというメリットも生まれています」(鈴木氏)。

高齢者が多く集まる「歌声ダイニング」。
コミュナルダイニングは多世代が利用できる
施設として重宝されている

 月に1度、参加無料のイベント「歌声ダイニング」も実施。60~70歳代の参加が最も多く、童謡や昭和の歌謡曲を皆で歌うという。また、6月には2児の母の歌手が童謡レゲエライブを開催。親子連れがたくさん集まった。

公社所有地に整備した共同水田での
田植えイベント
協議会を通して開催した古民家コンサート。里山ウォーク、ランチもセットになっており、約90名が参加した

 そのほか、公社所有地に整備した共同菜園や共同水田でイベントを行なったり、公社所有の竹林を活用した竹林整備体験&タケノコ狩りなどのイベントも実施している。
 まちおこしの一環として、協議会の古民家部会と連携し「発酵オリーブ茶」(二宮はオリーブが有名)づくりにチャレンジしたり、協議会を通じた「古民家コンサート&里山ウォーク」も。二宮町一色にある「古民家ふるさとの家」を会場に、弦楽4重奏+ピアノの無料コンサートを実施。森の中やミカン・オリーブ畑の間を歩く里山ウォークと、地域の名産品を中心としたランチをセットにしたイベントで、地域住民約90名が参加した。「公社の取り組みを知ってもらういい機会となりました」(同氏)。

 昨年12月からの賃貸住宅への入居申込者は20件以上と、以前と比べて倍増しているが、退去が依然として多いのも事実。全国で団地の空き家化が問題視されているが、二宮団地も例外ではない。しかし、こうした公社の取り組みのほかにも、若者が二宮町へ移住してくるケースが増えつつあるという。確かに、パソコン1つあれば仕事ができる人、あまりお金のかからない田舎暮らしを楽しみたい人にとっては、うってつけの場所だと感じた。同じような志を持つ人同士が集まることで、コミュニティも活発になるだろう。

 団地再生だけでなく、地域創生をも視野に入れたこのプロジェクト。成否を分けるのは「発信力」と「コミュニティ」ではないだろうか。これからの動きにも注目したいところだ。(I)

【関連ニュース】
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神奈川・二宮団地でセルフリノベ導入(2017/5/23)

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リノベーション

新築を除く住宅の増築、改装・改修、模様替え、設備の取替えや新設などの改造工事を総称してリノベーションという。リフォーム、リモデルなどとも。既存建物の耐震補強工事もリノベーションの一種である。

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