記者の目

2024/7/18

「新築ではつくれない価値」をプラス査定

 経年した木造住宅の価値をゼロとする考え方がある一方で、しっかりとメンテナンスを重ねて味わいを増した木の良さ・美しさを評価する取り組みはまだ珍しい。住まい手によるメンテナンスの重要性に着目し、無垢の木材の経年”美”化に着目した事業者が出てきた。無垢の木材を使った個性的な木造住宅を供給している住宅メーカーである(株)アールシーコアは、ユーザーが何らかの理由で手放すことになった自社住宅を次のユーザーに仲介する不動産流通事業に参入。メンテナンスによる維持管理や年月を経た木材の風合いに価値を見出すことで、同社で家を新築する人のメンテナンス意識を高めることにも期待している。

代官山の同社展示場。個性的な住宅には一定のファンがいる

◆売り主「せっかく大事にしてきたのに」

 同社は24年4月、自社住宅を仲介する「歳時住宅」事業に参入した。住宅メーカーである同社がなぜ不動産流通事業に参入したのか。その理由について、歳時住宅事業を担当する同社BESS事業本部技術部主幹の井上大輔氏は「もともと当社は、住む人自身にメンテナンスをしっかり行なってもらい、長く建物を使っていただくということを事業の根幹に置いています。とはいえ、創業から数十年が経過してファーストオーナー(新築した施主)が住んでいた家や別荘として使ってきた建物を手放すケースも増えてきました」と語る。ただ、同社には不動産仲介の部門がなかったことから何もできなかったのだと振り返る。そのため、ユーザーは一般の不動産会社の仲介で建物を売却していたが、築年を重ねた家は「建物価値ゼロ」で査定されることも多く、ユーザーからは「大事に修理しながら使っていたのに残念」という声もあったという。

 その状況を知った同社では、「経年で風合いが増した当社の家の価値を分かる人に引き継ぐことで、そうした事態が避けられる」(井上氏)と考えた。さらに、予算の都合で新築が難しいユーザーに対して、既存の同社住宅を提案できるというメリットも生まれることから、2020年頃から自社住宅の不動産流通事業参入の検討を始めた。

 22年8月には、関東近隣の直営店の展開エリアで自社が施工した住宅の流通事業を試験的にスタート。約2年半で、ほとんど広告宣伝を行なわなかったにも関わらず問い合わせ約60件、査定約30件、成約約10件と上々の成果を挙げたことから、査定等を含めた事業のマニュアルを整えて、24年4月から同社と住宅販売のパートナーシップを結んだ地区販社のエリアも含めた全国展開に踏み切った。

◆木の艶や色の変化に魅力を見出す

 同社の歳時住宅事業最大の特徴は物件の価格査定。土地と建物の分割査定だけではなく、躯体・設備・建具など建物の部位ごとの耐用年数を設定しているほか、住宅履歴書をしっかりと整備し、セルフメンテナンスに履歴についても記録してもらいポイント化する。さらに、机上での簡易査定は決して行なわず、必ず現地に赴いて査定する。同社住宅のメンテナンス担当者が、経年の変化を目視で判断。オーナーが都度行なってきたメンテナンスや、無垢の木材が年月を経て風合いを増した「経年美化」がプラス評価される。「無垢の木材の色の変化や艶の増し方、長年にわたって手で触れることによる形の変化など、それらを『経年による味わい』として評価します。抽象的なものではありますが、それらはすべて『新築では作れない価値』であり、日頃から当社の住宅を見てきたメンテナンスの担当者であればその価値を判断できると考えています」(同氏)。

 こうした査定を行なってきた結果、築20年が経過した建物でも、約1,000万円の価値が付いたケースもあったという。「当社はもともと独自路線での商品開発やアフターケアを行なってきました。感性に合わない人は当社の家には見向きもしないでしょう。既存住宅になっても、そうした点を評価していただけていることに変わりはなく、経年による付加価値のある住宅を、新築するよりもリーズナブルに購入できるという点が購入者に響いているようです」(同氏)。

◆メンテナンスを促進する環境整備も

 さらに成約後は、新築の成約客と同様に、同社が定期開催するメンテナンス説明会に必ず出席してもらうことで、維持管理の重要性や手法について学んでもらう。メンテナンスを促進する仕組みも設けている。「歳時住宅事業に先立って、保険会社と共同で修繕積立金制度を構築しました。月々少しずつ積み立てていくことで、将来的な屋根の塗装や防水工事などの足しにすることができます。営業現場では、メンテナンスのスケジュールに合わせた積立金額などの提案も行なっています」(同氏)。

 歳時住宅事業は、同社の住宅を建てたくても予算の都合でそれが叶わないユーザーにとって新築以外の新たな選択肢として提案していくのに加え、新築ユーザーに対しても、家を手放す際にメンテナンスの価値を認めてもらえるということで、安心感やメンテナンス意識の喚起にもつなげる。「歳時住宅で既存住宅を取得したセカンドユーザーがメンテナンスをしっかり続け、さらにその家をサードユーザーに譲るという循環ができることを願っています。BESSブランドの住宅での住み替えの促進にもつなげていきたい」(同氏)。

 全国化してから、3ヵ月が経過し、問い合わせが35件、うち3件で媒介契約を結んだ。さらにそのうち1件には買い付けも入るなど、早くも実績が上がり始めた。現在はまだ売り物件を集めるために既存のオーナーへの周知を図っている段階。その上で今後は、新築の検討客に対して歳時住宅事業を発信していくという。

◇ ◇ ◇

 同社の注文住宅を取得するユーザーは建物を重視する傾向があり、買い手の好みに合う建物であれば、立地の優先順位は低くなるという。極端なケースではあるが、歳時住宅事業において埼玉で物件を探していた人の好みに合う物件が神奈川で出たところ即決に近いスピードで購入を決めたケースもあったとか。

 また、建物に愛着を持ち丁寧に、自らの手でメンテナンスを行なってきた売り主にとって、家を売るという行為は「大切に育ててきた娘を嫁に出す」ような感覚があるという。実際に、取引をきっかけに売り主と買い主の家族ぐるみの交流がはじまったケースもあるのだとか。既存住宅流通とは、単なる土地建物の仲介ではなく、売り主と買い主を「家」を介してつなぐ事業でもあると強く感じさせられた。(晋)

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