海外トピックス

2012/2/6

vol.196 闇の美しさを再発見

窓際にランプを置く家の風景は、最も多く見受けられる。ある時刻に自動的に点灯するようセットしてある(イリノイ州シカゴ市)
窓際にランプを置く家の風景は、最も多く見受けられる。ある時刻に自動的に点灯するようセットしてある(イリノイ州シカゴ市)
シカゴの下竹社中による「夜ばなしの茶事」。和蠟燭のみの明かりで行なわれる(イリノイ州ヒンズディール市)
シカゴの下竹社中による「夜ばなしの茶事」。和蠟燭のみの明かりで行なわれる(イリノイ州ヒンズディール市)
あかあかと燃える暖炉が部屋の中心。加えていくつかの部分照明(コロラド州アスペン市)
あかあかと燃える暖炉が部屋の中心。加えていくつかの部分照明(コロラド州アスペン市)
蝋燭だけともした食卓では親密で楽しい会話がはずむ(メイン州)
蝋燭だけともした食卓では親密で楽しい会話がはずむ(メイン州)
殺風景な倉庫を改築した分譲住宅だが、照明器具を変えることでおしゃれな空間に(イリノイ州シカゴ市)
殺風景な倉庫を改築した分譲住宅だが、照明器具を変えることでおしゃれな空間に(イリノイ州シカゴ市)
ソファの傍らにランプ、そして絵を別の照明器具で照らす典型的な照明器具の置き方(イリノイ州シカゴ市)
ソファの傍らにランプ、そして絵を別の照明器具で照らす典型的な照明器具の置き方(イリノイ州シカゴ市)

分散照明が根付いているアメリカの住まい

アメリカの家は夜どうしてどこでも室内が薄暗いのか、未だに不思議でならない。たくさんのアメリカ人がサングラスをかけているように、日本人に比べて目が弱い、という説もあるが、本当だろうか? 夜、天井から煌々と部屋中照らす明るい家はまず見かけた覚えがない。観察してみるとどの部屋にもいくつかの照明源があって、状況に応じて使い分けているようだ。例えば本を読む時は安楽椅子のかたわらにスタンドを置き、点灯すると手元を明るく照らすから部屋全体を明るくする必要はない。食事用のテーブルを照らすペンダントはよく見かけるが、それは食事する時だけテーブル部分を照らすわけで、ダイニングキッチンの主な光源ではない。調理台のすぐ上に料理をし易くするために照明をつける場合も多いが、これも部屋全体を明るくする役割はない。 つまり、天井から下げるあかり一つだけで部屋全体を照らしてはいないということで、幾つかの照明器具を使って明かりを分散する習慣がアメリカには根付いているような気がする。

「夜ばなしの茶事」で、幻想的な雰囲気を体験

茶道で「夜ばなしの茶事」というおもてなしがある。電灯は使わず行灯(あんどん)や手燭という昔ながらの明かりだけを使った茶事で、親しい友を招いて長く暗い冬のひと夜を楽しく過ごしましょう、という趣向だ。 食事も薄暗い明かりの中…、幻想的とは言え、普段明るい電灯に慣れた目には驚くほど暗く感じる。しかし、次第に暗さに慣れてくると、炭火の赤さが目に鮮やかに映り、焚かれた香、釜の湯のたぎる音、茶の香りなど五感が活発に働きだしてくるのが感じられる。 年の暮れに「除夜釜」とよばれる茶事に列する機会があったが、この時も和蠟燭のみの明かり。森に囲まれたシカゴ市郊外の広々とした西洋風の家の1部屋だけ畳を敷いた四畳半で、亭主と5人の客という親密な茶事。うすぼんやりした闇に包まれた静寂の空間に身を置いて、一瞬一瞬を味わう素晴らしい体験であった。

闇の中で美を効果的に表現してきた日本文化

作家の谷崎潤一郎は漆器を例にあげ、“金蒔絵は明るい所で一度にぱっとその全体を見るものでなく、暗い所でいろいろの部分がときどき少しずつ底光りするのを見るようにできているのであって、豪華絢爛な模様の大半を闇に隠してしまっているのが、云い知れぬ叙情を催すのである。”と、闇を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと、著書「陰影礼賛」の中で繰り返し述べている。 建築の中で金屏風が闇の中に浮かび上がって光を間接的に反射させるそのおぼろげな美、蝋燭の明かりで催される文楽の妖しいまでの人形達の美しさ、うすい闇に浮かぶ舞妓さんの白い化粧の魅惑など、伝統的な美の秘密を解き明かす。 日本の建築家や工芸家達が闇を受け入れた上で、いかに美を抽出し効果的に表現してきたか…。闇が果たした美に関する氏の指摘は、夜でさえ昼間と同じ明るさに慣れた現代に生きる我々にとって、改めて暮らしを見直す気持ちを呼び起こさせるに違いない。

光と影が生むドラマティックな建築物

光と影が空間に織りなすドラマティックな効果について考察したルイス・カーンという建築家がいる(Louis Kahn 1901-1974)。 コンクリートと白の大理石を組み合わせ、完成まで12年もかけたというダッカのバングラディッシュ国政センターは記念碑的な大きな建築物で、刻一刻と移り変わる光が大理石に濃い影を作り、表情が変化し、影そのものがまるで建物の主役のようだ。 アーメダバードのインド経営大学、テキサス州ファートワース市のキンベル美術館も共に光によって空間を規定すると言われる。カーンはしばしば夕刻からとっぷりと暗闇に包まれるまでの時間をオフィスでひとりじっと動かずにいたという。瞑想していたのか、アイディアを練っていたのか、何も考えずただぼんやりしていたのか…、わからないが、彼が作った建築の数々を眺めると、闇が形作る不思議な空間をいかに模索していたか、おぼろげながらその一端がうかがえるような気がする。

いつもと違った照明を楽しんでみては?

省エネルギーが当たり前のように普段の生活に浸透したこのごろ、夜らしい明かりの感覚を楽しむのもよいのではないだろうか? と言っても、やたらと電灯のスイッチを切って部屋を薄暗くする、という意味では決してない。照明器具をいくつかに分散して、その時々で照明を変えてみよう、という提案である。低い場所に照明器具を置いてそこから部屋全体を照らすと、いつもとは違った空間が浮かびあがる。また、照明器具を間接的に壁や天井に反射させるのも部屋の表情ががらりと変わって柔らかい雰囲気を醸し出す。本を読んだり、キッチンで料理をする時などは手元を照らす明かりは当然必要だ。専門家に配線を頼むのも一つの方法だが、まずは小さな電気スタンドであれこれ自分で試してみるのはどうだろうか? いくつかの照明を設置すると数倍電気代がかかると考えがちだが、全体の明かりを落として部分的に照明をほどこすので、決して電気代が増すわけではないので念のため。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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2024/5/1

「海外トピックス」を更新しました。

サントスの「動く博物館」と中心街の再活性化【ブラジル】」を更新しました。

ブラジル・サンパウロ州のサントスでは、旧市街地2.8キロをめぐる「動く博物館」が人気となっている。1971年には一度廃止された路面電車を復活して観光路面電車としたものだが、なんと日本から贈られた車両も活躍しているという。