海外トピックス

2012/6/6

vol.204 母国語がない「ベルギー」という国は?

ゲント市の中心広場。教会の鐘がひびき、中世に戻ったよう(ベルギー。以下同)
ゲント市の中心広場。教会の鐘がひびき、中世に戻ったよう(ベルギー。以下同)
14世紀頃の肉市場だった古い建物を上手に使っている。壁はギャラリーとして展示(後方)、中にすっぽりとトンネル状にレストラン。肉のかたまりのデコレーションが面白い
14世紀頃の肉市場だった古い建物を上手に使っている。壁はギャラリーとして展示(後方)、中にすっぽりとトンネル状にレストラン。肉のかたまりのデコレーションが面白い
すっきりとした町の不動産店舗。古い石畳に囲まれながらもモダンな店がまえだ
すっきりとした町の不動産店舗。古い石畳に囲まれながらもモダンな店がまえだ
この不動産屋さん、それにしてもこのゴリラの看板はなんなのだろうか?
この不動産屋さん、それにしてもこのゴリラの看板はなんなのだろうか?
ベルギーには800ものビール銘柄があるというが、トラピスト修道会のなんとかいう銘柄がジェニーの好み。甘党としては、カプチーノにどこでもクッキーや薄切りのパウンドケーキ、チョコレートなどがおまけでついてくるのに感激!
ベルギーには800ものビール銘柄があるというが、トラピスト修道会のなんとかいう銘柄がジェニーの好み。甘党としては、カプチーノにどこでもクッキーや薄切りのパウンドケーキ、チョコレートなどがおまけでついてくるのに感激!
数日間滞在したデニスとロザリン家。菜食主義の夫妻は趣味と実益を兼ねて裏の広い畑で庭いじりを楽しむ。
数日間滞在したデニスとロザリン家。菜食主義の夫妻は趣味と実益を兼ねて裏の広い畑で庭いじりを楽しむ。

東はドイツ、西は北海、南はフランス、北はオランダ、南東はルクセンブルグに囲まれた、九州より一回り小さな国、ベルギー。
ベルギーには、なんとベルギー語がない。日本語、イタリア語、ロシア語など、どこの国にも母国語があると思っていたが…、ベルギーは歴史も国家事情も複雑なのだ。
ベルギーの国歌はオランダ語、フランス語、ドイツ語のバージョンがあるそうな。住宅事情も同様に複雑になってきた様子だが、しかし、国々が絡み合い攻防戦が繰り広げられたヨーロッパの長い歴史の中で、ベルギー人達は「合意に持ちこみ、なんとかやりくりする」という優れた能力を培い学んで来たに違いない。欧州連合本部 (EU) がベルギーあるのも象徴的に思える。

移民増加の影響か、高騰する都市の物価

ベルギー人のジェニーは美術教師。歴史や社会問題にも造詣が深い。独身でアパート住まいだが、最近は近隣にアラブ系の移民達が増えて騒がしく落ち着かないという。 「イスラム系の人々は我々フレミッシュ(ベルギー)社会に順応してゆく、というよりも、彼等が我々を順応させようとしている。」とある友人は言う。ベルギーはナチスから多くのユダヤ人達をかくまい、ベトナム戦争では難民を受け入れて来た。移民受け入れの是非はともかくとして、移民増加のためばかりでもあるまいが、ブラッセルは物価が値上がり続け、ジェニーはアパート代の高騰で中世の香り高い古都ゲントに引っ越した。 都会のブラッセルからわずか1時間足らずのゲントは、すり減った石畳や放射状に広がる風雅な中世の町並み。とりわけゴシック風の教会や運河沿いの古風な修道院など、時が止まったかのようだ。ゲントは中世には北海から運河伝いに船が行き交い毛織物の輸出でヨーロッパで最も栄えたそうだ。しかし、川の土砂が増えて大きな船の出入りが困難になり栄光の歴史は終焉を迎える。

ゆったりした郊外の町では、若年層も一戸建て住宅を所有

一方、デニスとロザリン夫妻は、ゲント市の境界ぎわの土地に、木工職人だったお父さんがこつこつと時間をかけて建て、その後デニスが何度か改装をした家に住んでいる。がっしりしたレンガ造りの家はガスによる全館ヒーター暖房で、真冬はさらに居間の中心にあるストーブに薪をくべる。「窓を開ければ涼しい風が入るから」と冷房設備はない。 デニスは宇宙大気に関する科学者で、世界各地の学会に参加したせいか、あちこちの文化や社会情勢に明るく、ロザリンはボランティアで活動しているので話題は果てしなく広がり盛り上がった。夫妻共菜食主義で、趣味と実益をかねて広い庭を耕し野菜や果物を作っている。周囲は農場が多く、住宅はちらほらという田園地帯にもかかわらず、ゲント市の中心、セントピーターズ駅へは車で15分足らず、バスも便利だ。 このあたりでは賃貸アパートは非常に少なく、若い人々は質素でも一戸建ての家を持つそう。土地も気質もゆったりとしている。

対立する南北。住宅購入を拒否されることも…

ジェニーや多くの友人達にベルギーの歴史を尋ねたが、「複雑すぎる」と声をそろえ、「19世紀初頭にオランダから独立してひとつの国家となったと思えばいい。」と笑顔で言われてしまう。 ベルギーは北(フレミッシュ地域のオランダ系住民)と南(ワロン地域のフランス系住民)とに大きく分けられる。そして北と南とは対立関係にあるらしく、南北別の国にしては?とジョークか本気か討論されるほど。フレミッシュ地方で家を買おうとしたフランス系の人が不動産業者に何の理由もなく断られた、という話を聞いた。さらに同じ北でも、西側はフレミッシュ言語で話し、東側はオランダ語やドイツ語を話すというややこしさ。 フレミッシュ語というのは、書かれた公式な文字ではなくて、まあ京都弁とか東北弁といった話し言葉か。ジェニーがオランダ人と話す時はオランダ語で、同郷のフレミッシュ人と話す時はフレミッシュ語で話していると言うが、その差は聞きとれなかった。 ゲントと同じ地域のブラッセルはフレミッシュ地方に属するにもかかわらず、例外的に南の地方が使うフランス語が公用語となっているが、EU(European Union)本部があるため、国際的に通用するフランス語が使われるのだろう。

芯は強いが、慎ましく穏やかな国民性

幾つかの国々に囲まれているために戦争に巻き込まれることも多く、第一次、第二次世界大戦でも戦場になった。ドイツ軍がフランスへ侵攻する通り道であり、いやもおうもなく、ベルギーはドイツ軍に従う羽目に…。しかし、ジェニーのお父さんは軍人でありながら地下に潜り、危険を犯してドイツ軍に反抗したそう。 デニスの家族もドイツ軍に従わなかった。「ベルギーのために」というよりも、むしろ個人で考え、自分の意志を通す国民性なのではなかろうか。だからこそ、小さな国でありながら EU の本部でありえるのかもしれない。 彼等は「もしも本部がフランスのような大きな国にあればドイツが黙っていないだろうし、ドイツが本部になれば別の問題も起きかねない。しかしベルギーはちっぽけな弱国だから力関係も利害関係も少ないんだ。」と言うが、そういう慎ましさ、篤実さにベルギー人、いやフレミッシュ人の気質を見る思い。 短い滞在期間ながら、知り合い話し合った友人達から、“芯は強いが穏やかで刺のない国民性” という印象を受けた。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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