海外トピックス

2012/9/4

vol.210 青は藍よりいでて…

インディアナ大学、ヒルトップガーデンの藍畑。雑草をとっているローランド・リケッツ(インデアナ州ブルーミントン市。以下同)
インディアナ大学、ヒルトップガーデンの藍畑。雑草をとっているローランド・リケッツ(インデアナ州ブルーミントン市。以下同)
藍を収穫して束ねて乾燥させる。息子のアネンちゃんが手伝い始めた
藍を収穫して束ねて乾燥させる。息子のアネンちゃんが手伝い始めた
アーミッシュの大工さん達が建てたすくもを作るための小屋。床は土間。たで藍が干してある
アーミッシュの大工さん達が建てたすくもを作るための小屋。床は土間。たで藍が干してある
藍がめの表面には「藍の華(はな)」が咲く
藍がめの表面には「藍の華(はな)」が咲く
大学内のスタジオ兼研究室で藍染めをする
大学内のスタジオ兼研究室で藍染めをする
家の前でローランドの家族が勢揃い。犬やにわとりも飼っていてにぎやか
家の前でローランドの家族が勢揃い。犬やにわとりも飼っていてにぎやか

徳島で藍染を学んだ若き米人アーティスト

一面に広がるたで藍の畑を前に、「10年がかりで、ついにすくも(※)作りが…!」と喜び一杯のローランド。 彼は、藍染めの素晴らしい作品を制作するアーティストである。藍草の栽培からすくも作り、藍染めを日本の徳島で長い間学び、現在、アメリカ中西部のインディアナ大学染織学部の助教授として教鞭をとるかたわら、インディアナ州ブルーミントンの大学町で藍草を育てている。 それだけではない。現在、ローランドは、四国徳島県のアートプロジェクトのプロデューサーとして重要な役割を果たしている(iamai.jp)。 展覧会を含めた現在進行形の藍プロジェクトには、すでに沢山の人々が参加。今秋の国際会議には世界中からアーティストや美術歴史家、藍のファンが訪れることだろう。徳島市から発信された藍プロジェクトは、地方行政の役所、大学、人々を動員して、日本、アメリカをはじめ世界を結び、町おこし運動としても大成功をおさめつつある。(※注:“すくも”とは、細かくきざんだ藍の葉に水をかけて発酵させ腐葉土状にし、藍染料にしたもの)。

大学の構内で、藍葉づくりから藍染まで

とうもろこしや大豆の畑が広がるブルーミントン市は都会インディアナポリスから80キロメートルも離れた人口7万人の農村地帯で、そんな環境だからか、彼が働くインディアナ大学には“ヒルトップガーデン”と呼ばれる広い土地があって、教授連はそこを各自の研究に使える。 ローランドは一角に藍を植えて生徒達と共に雑草取りや刈り入れなどに精を出す。そして、アーミッシュの大工さん達によってすくも作り用の小屋を最近完成。いよいよ本格的なすくも作りが開始される(Indigrowing Blue project at IU)。 実際、藍葉作りからすくも作り、藍染めまでの全プロセスを都会で行なうとなるとスペースの関係で難しいが、ローランドは授業としても研究としても、こういった都市から離れた環境を有効に使っている名人と言えようか。

日本の伝統工芸ならではのリサイクルシステム

森が広がり小川が流れているローランドの家の敷地はゆうに10ヘクタールはありそう。周辺は農場が点在しているのどかな田園地帯。藍の草を植え、刈り取って干すビニールハウス、織工芸家である奥様のスタジオ、子供達用に大木に取り付けたツリーハウス、そして鶏小屋などが自宅を中心に点在。夏の初めには、真の闇がぼうーっと明るくなるほど沢山の蛍でにぎわう戸外で、家族みんなで眠る夜も…。 3人のわんぱく盛りの坊や達が泥だらけになって駆け回る。飼っている鶏の糞は藍畑への肥料として使えるし、冬には家で薪を燃やすストーブから藍染めに必要な良質の灰が得られる。近所の農家からわらなども入手可能だ。使い終えた藍は土中へ捨てるが、肥料としてリサイクル。ことさらエコだのサスティーナブルだのと目新しく掲げなくても、ローランドがやっているような「繰り回し」は日本の伝統的な工芸のプロセスに多くみられる自然のかたちであった。

伝統技法を守りつつも新鮮な作品づくりにチャレンジ

四国の徳島では江戸時代から蜂須賀藩が藍作りを奨励・保護したが、時代が明治に変わり化学藍が安く手軽に使われるようになって、藍葉を作る農家やすくも作り師は激減した。しかし、死滅したわけではなく、齒をくいしばって藍を作る人々も少数ながら存在している。いずれも手間がひどくかかるが、本物の藍の色はそれをおぎなってあまりある…、実に深く美しい! 日本には沢山の文化や工芸の歴史があり、いったん失われたら取り戻すことは困難。しかし、現代の暮らしにマッチしなければ、それらは博物館に納められるか本に記録される以外消えゆく運命にある。種まきから藍を建て(藍染めをする)作品制作まで藍染めの全工程を一人でやりとげる人は日本で何人もいないと思う。一つ一つの工程が専門技術を要するし、大変な労力を必要とするので、日本ではもっぱら分業が行なわれて来た。 ローランドは、農村だからこそ安価で広い土地と大学のガーデンを使う、など、手に入るスペースを有効に使うことで全プロセスを可能にする環境を作り上げた。失われつつある日本の伝統をタイムリーに徳島県藍のアートプロジェクトとして立ち上げ、徳島とブルーミントンの“スペース”をも短縮、リアルタイムで日米間のコミュニケーションも始まった。伝統的な藍染めを決してはしょらず、丁寧に踏襲しながらもモダンでシャープな作品を作るローランドに「青は藍より出でて藍よりも青し」ということわざがふさわしいように思う(www.rickettsindigo.com)。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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2024/5/1

「海外トピックス」を更新しました。

サントスの「動く博物館」と中心街の再活性化【ブラジル】」を更新しました。

ブラジル・サンパウロ州のサントスでは、旧市街地2.8キロをめぐる「動く博物館」が人気となっている。1971年には一度廃止された路面電車を復活して観光路面電車としたものだが、なんと日本から贈られた車両も活躍しているという。