海外トピックス

2013/5/7

vol.226 ラグディール (その3) ~115年ぶりの大改修

ラグディールハウスが建てられた1897年にはまだ電灯がなかったのだろうか?ダイニングルームには美しいガラス細工が取り付けられ、明かりとりになっている(イリノイ州レイクフォレスト市 以下同)
ラグディールハウスが建てられた1897年にはまだ電灯がなかったのだろうか?ダイニングルームには美しいガラス細工が取り付けられ、明かりとりになっている(イリノイ州レイクフォレスト市 以下同)
当時のアーツ&クラフツ様式を色濃く残す工芸品の数々。立像は彫刻家であったシルビアかアリスの作だろうか?
当時のアーツ&クラフツ様式を色濃く残す工芸品の数々。立像は彫刻家であったシルビアかアリスの作だろうか?
ダイニングルームの重厚な手作りのテーブルの足にはH.S.のイニシアルが彫り込まれている
ダイニングルームの重厚な手作りのテーブルの足にはH.S.のイニシアルが彫り込まれている
アーティストインレジデンスが滞在する寝室。当時の工芸品と共に、面影をできるだけ残すような改修がなされた
アーティストインレジデンスが滞在する寝室。当時の工芸品と共に、面影をできるだけ残すような改修がなされた
アーティストインレジデンス達が朝食をとる食堂。好きな時間に来てお茶を飲んだり、息抜きもする
アーティストインレジデンス達が朝食をとる食堂。好きな時間に来てお茶を飲んだり、息抜きもする
ハワードショウがデザインした石の噴水。受け皿の下部分には詩人であった妻フランシスの詩が刻まれている(写真提供:The Ragdale Foundation)
ハワードショウがデザインした石の噴水。受け皿の下部分には詩人であった妻フランシスの詩が刻まれている(写真提供:The Ragdale Foundation)

3億円の費用をかけてラグディールハウスの大改修が着手され、1年余りの時間を費やして昨年5月に完成した。1897年(日本は明治30年)にシカゴの建築家ハワード・ショウが彼の両親とまだ小さい子供達のために建築設計した夏の家。現在に至るまでの115年間に大きな改修はしていなかったので土台がぼろぼろになっていたのである。
床は沈下し、窓枠はゆがみ、レンガは崩れ始めていた。電気系統、下水や冷暖房装置など基礎工事から始めなければならない。とりわけラグディールハウスと庭園はアメリカのアーツ&クラフツ様式の歴史的遺産として登録 (National Register of Historic Places) されているため、外観を大きく変更するわけにはいかない。壊してオリジナルな様式にならって建て替えればはるかに経済的だろうが、ラグディールファウンデーション審議会は「お金はかかっても修復し、本物を保存する」方向に決定し、現在の建築基準にも合うよう、またエコシステムも多く取り入れて ”グリーン” な改築に挑戦したのである。すぐに基金を集めるキャンペーンが開始された。

有名なベストセラー小説もここで書かれた

ラグディールハウスは、家具をはじめ、窓枠の細工、鉄や青銅を使った金工、ガラス、カーテン、壁紙、絨毯、什器、天井や手すりの彫り物にいたるまで、一つ一つが手作りの美術工芸品。アメリカのアーツ&クラフツ様式のエッセンスが集積されているので、美術館を想像するほどだ。しかし、美術館のように「見せる」ためにあるのではなく「使う」ための実用品であり、前回レポートしたように、ラグディールのアーティストインレジデンスとして滞在する場合には、目に触れ、手に取って、これらの素晴らしい品々に毎日囲まれて暮す幸運にあずかる。 アーティストにとって、普段の生活から離れて制作に集中する時、取り巻く環境というのはインスピレーションを与える大切な要素ではあるまいか? ちなみに、小説がベストセラーになり映画化もされた“タイムトラベラーズワイフ”(別の題名となったが、小説と映画共に日本にも紹介された。「きみがぼくを見つけた日」)はオードリィ・ニフェネガーがラグディールハウスにアーティストインレジデンスとして滞在中に書かれたものである。

外観はそのままに、内装・設備を大改装

筆者は、改装する前に2回、アーティストインレジデンスとしてそれそれ2週間ずつラグディールに滞在しているが、正直言って改修後訪れた時、さほどの違いはないような印象を受けた。失礼な言い方をあえてすれば、3億円はどこへ? その秘密は、外観は元のままに保ち、身体の内部だけ全取っ替えするのが目的であったためだ。シカゴのジョンソン ラスキィ建築設計事務所のほか多くの建築関係者が関わる大プロジェクトで(Johnson Lasky Architects, Walker Johnson, Buley & Andrews, Meg Kindelin)、沈下していた土台を引き上げ、基礎を正し、垂れ下がった屋根の部分を10cm引き上げてほかの屋根部分を強化、崩れていたレンガやタイルははがしてやり直した。壁を全部はがして電気配線をし直し、下水関係もすべて配管を変更。壁を塗りこめた後、アーティストによって再現されたアーツ&クラフツ様式の壁紙が貼られた。 驚くのは、地下に深く掘ったジオサーマルシステム。地熱を利用した冷暖房の方法を組み入れたことである。費用は当初かかるが、長い年月を考えれば経済的だし、関係者達は今後少なくとも200年は改修の必要はない、という覚悟でこの大プロジェクトに当たったのであろう。

夫が噴水をデザイン、妻がそれに詩を…

ハワード・ショウはラグディールにプールを作らなかったので、子供達は夏の暑い日には噴水に座って本を読んだりして過ごしたそうだ。3匹の魚の口から水が流れ落ちる石の噴水をハワードがデザイン、詩人である妻のシルビアに魚の回りに何か言葉を彫り込みたいから、と頼んで、以下のような詩ができ、夫妻共同の美しい作品となった。うまく訳せないので申し訳ないが英語のまま紹介する。家族がいかに芸術的で、しかもその才能を日々の暮らしの中に活かして互いに楽しんでいたか様子がうかがわれる。

“PURLING FOUNTAIN COOL AND GRAY
TINKLING MUSIC IN THY SPRAY
SINGING OF A SUMMER'S DAY.”
(Ragdale: A History and Guide. by Alice Hayes and Susan Moon, Open Books.1990.)

ハワード・ショウが愛用した机は、シカゴ美術館に

アーツ&クラフツ運動は、イギリスで産業革命が起こってのち、大量生産される製品に対して、真摯な職人の手仕事を賞賛し制作を奨励した運動で、その後アメリカに渡り、建築や工芸に大きな影響を与えた。 ラグディールハウスには当時の工芸品が現存しているが、ただひとつ画竜点晴を欠くと思われるのは、ハワード・ショウが自ら設計し作り上げたアーツ&クラフツ様式の机がないこと。“夕食後に父はいつもリビングルームの隅に置いた机で設計図を広げていました” と娘のエヴェリンがその机に向かう父の姿をなつかしく思い起したそうだが、ハワードの死後、彼が長期間シカゴ美術館のデコラティブアーツ部門の発展に尽力していた、という事情もあって、家族はこの思い出多い机をシカゴ美術館に寄贈してしまったのである。


参考資料
www.ragdale.org/aboutus
forestbluffmagazine.com
video.wttw.com
ChicagoArchitect magazine. "Ragdale Restored" by Stuart Cohen, FAIA. Sept/Oct. 2012


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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