海外トピックス

2013/5/20

vol.227 「美しい景観」とは?

右は歩道で、写真では見えないがその右側が車道になっている。一軒一軒の前庭はオープンなので、いつもきれいにしておかなければならない(イリノイ州シカゴ市)
右は歩道で、写真では見えないがその右側が車道になっている。一軒一軒の前庭はオープンなので、いつもきれいにしておかなければならない(イリノイ州シカゴ市)
郊外の古い住宅街。並木が大きく育って、この地域の歴史と風格を感じさせる(イリノイ州ヒンズディール市)
郊外の古い住宅街。並木が大きく育って、この地域の歴史と風格を感じさせる(イリノイ州ヒンズディール市)
写真中央の歩道と左側車道との間の分離帯は“パークウェイ”という。この部分はシカゴ市に属し、違法ではあるが、写真のように庭にしている家もある(イリノイ州シカゴ市)
写真中央の歩道と左側車道との間の分離帯は“パークウェイ”という。この部分はシカゴ市に属し、違法ではあるが、写真のように庭にしている家もある(イリノイ州シカゴ市)
シカゴ市の中心にあたる繁華街。それでも広告や看板は最小限に押さえてある
シカゴ市の中心にあたる繁華街。それでも広告や看板は最小限に押さえてある
新しく開発された住宅地。並木の木々がまだ小さい(イリノイ州ウッドストック市。センテックホームズ社の開発地)
新しく開発された住宅地。並木の木々がまだ小さい(イリノイ州ウッドストック市。センテックホームズ社の開発地)

自然も人も、一斉に輝きだす“春”

まちが美しい。芝居の舞台が一瞬にして次の場面に変わったように、突然シカゴに春が来た。町も郊外の住宅地も木蓮やレンギョウ、こぶし、クラブアップルなどいちどきに花が咲き始め、木々の若葉がぱっと開いてきらきらと目に飛び込む。こまどりや真っ赤なカーディナルが若緑色の葉の間を縫って飛び交う。冬の間、ひと気のなかった歩道に、散歩やジョギング姿の人々を見かけ、カフェテラスには人があふれ始めた。 長く厳しい冬の後の春の訪れだから一層強く感じるのか、町がほれぼれするほど美しい。美しい景観である。 「景観」は英語では“scene”“view” “landscape” などが該当するが、偶然目に入ってくる自然のなかの風景や眺めと、こちらが意識して見る光景とが含まれよう。受動的、能動的、いずれにしても目を通して入ってくる。とすると、「美しい景観」とは、視覚に重点をおいた“外観の美しさ” であろうか?

都市としてのデザインの美しさ

シカゴ市と近郊都市の景観が美しいと感じる理由の第一に、歩道と車道が分離されて設けられている点があげられる。歩道には並木が植えられ、夏は深緑色に長く続く天蓋となって濃い蔭を作り涼しい。秋、木々は黄色からオレンジ色に紅葉して微妙な階調の綴れ織りのようだ。特に古いコミュニティでは大きい木が多くて、木々の樹齢がその地域の歴史と風格を表現している。 第二に、電信柱が無いこと。従ってべたべたと電信柱に広告とかビラも貼っていないから、通りは見渡す限り広々とすっきりしている。シカゴ市は家の後ろ側に裏通りがあって、電気や電話線は裏に配線したり地下に埋めている。ゴミ回収も裏通りだから、表通りはよそゆきのおしゃれな顔でいられる。 第三に、看板や広告塔が少ないこと。シカゴ近郊ではマクドナルドやガソリンスタンドの立て看板の高さにまで厳しい制限が設けられている市もある。 第四に、家の様式に統一性があること。と言っても、「クッキーカッター」といって一つの抜き型で作ったクッキーのように全く同じ外観の家、という意味ではない。家の様式がそれぞれかけ離れておらず、コミュニティ全体としてまとまった印象を与えるいくつかの建築様式をさす。煉瓦作りの古い家と違和感のない建築設計が奨励されているようで、どこも落ち着いたまち並みになっている。

住宅に関しては“全体主義”のアメリカ

家を新築、増改築する際には、市にプランを提出してその区域の建築基準に合うかどうか許可を受けなければ工事が始められないが、その際、建築予定の外観も含めて審議される。アメリカは個人主義の国、と思っていたが、住宅に関する限りは全体主義である。“全体主義” という言葉はおかしいが、地域の住民が自分の家だけでなく、地域全体の景観を美しく保とう、と気にかける考え方とでも言おうか。 個人の自由だからと言って、突拍子もない外壁の色を塗ったり、ネオンをつけたり、派手すぎる装飾はとりわけ高級住宅地では周囲のひんしゅくを買う。コミュニティの格調を保つには住民は一人一人それなりの責任を負うのである。芝生をいつもきれいに苅るとか、花を植える、正面玄関やフェンス、窓などの外見に気を使う。 例えばアルミサッシが実用的で安くても、品位と格調を保つためにクラシックな木枠にしなければならない規約のコミュニティもある。そして建物の手入れが悪ければ「気をつけるように」と隣人からの注意書きがドアに差し込まれることも。それでも各コミュニティは区域全体の景観をより美しく保つ努力を惜しまない。なぜならば、そのコミュニティ全体の美観レベルがあがれば、家を売る時には高く売れる、というきわめて合理的な経済観念にその考え方は基づいているからである。

消毒臭さではなく、人間臭さが美しさの源?

ここで少々ひっかかる思いがある。 アメリカのスーパーマーケットは清潔で匂いがなく、品々はすべてがラップされて美しく整然と並べられて売られる。住宅もしかり。家を買ったり売ったりする時に不動産エージェントや売り手買い手が一番気にかけるのは、“カーブ アピール”と言って、「見た眺めのよさ」である。これはぱっと物件を見た瞬間に植え付けられるその家の第一印象だから、それがセールスを左右するのは当然であろうし、ビジネスとして理解はできる。しかし、あまりにも美しい人口美女のような景観は、時に白々しく見える時さえある。これは全く個人的な思いであろうが、インドのさまざまな匂いが混ざった路地裏やメキシコの村のごちゃごちゃした市場、日本の飲屋街のネオンや看板の猥雑さなどが時折りひどく懐かしく思われる時がある。それらは確かに景観の美とは程遠いが、そこには消毒薬の匂いではなく人間臭さや暖かさ、物語があるような気がするから不思議である。 美しい景観を作り上げる努力は最低限必要であろうが、“外観” だけの美しさにこだわりすぎず、あるところで押さえておきたい。何事も行き過ぎは恐い。美しい景観を保つ高級住宅地でも、暗黙のうちに差別がきっちりと存在するコミュニティも現実にいくつかあるのだから。 人間性を重視し、住む人訪れる人が主体となってこそ、美しい景観はより活き活きしてくるのではないだろうかと思う。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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