海外トピックス

2013/6/6

vol.228 ラグディール(その4) ~若きディレクターの新しい試み

エクゼクティブディレクターのジェフリー・ミューセン氏。100年前は納屋だったラグティールオフィスにて。網戸の向こうに鹿がしばしば出没するそう(イリノイ州レイクフォレスト市 ラグティール内。以下同)
エクゼクティブディレクターのジェフリー・ミューセン氏。100年前は納屋だったラグティールオフィスにて。網戸の向こうに鹿がしばしば出没するそう(イリノイ州レイクフォレスト市 ラグティール内。以下同)
籐椅子が置かれ、本を読んだりゆったり寛げるラグティールハウスの南側。園丁さんが丁寧に庭の手入れをしていた
籐椅子が置かれ、本を読んだりゆったり寛げるラグティールハウスの南側。園丁さんが丁寧に庭の手入れをしていた
普段は全米に散って大学で音楽を教えている仲間達がラグティールに集まる。作曲や演奏にいそしむ貴重なひととき
普段は全米に散って大学で音楽を教えている仲間達がラグティールに集まる。作曲や演奏にいそしむ貴重なひととき
国際コンペ「リング・プロジェクト」で選抜された建築家のステファン・リー氏(左)。右は進行具合を聞くミューセン氏
国際コンペ「リング・プロジェクト」で選抜された建築家のステファン・リー氏(左)。右は進行具合を聞くミューセン氏
リー氏の「リング・プロジェクト」作品スケッチ。シンプルだが、構造的にしっかりと考え抜かれた彫刻作品だ
リー氏の「リング・プロジェクト」作品スケッチ。シンプルだが、構造的にしっかりと考え抜かれた彫刻作品だ
リー氏によって作品がひとつひとつ組み立てられ、設置が始まったところ。向こうに見えるのはラグディールハウス
リー氏によって作品がひとつひとつ組み立てられ、設置が始まったところ。向こうに見えるのはラグディールハウス

ラグディールはアーティストインレジデンスプログラムを中心に、興味深いアート支援活動を国際レベルで展開している(www.ragdale.org/residency)。選抜されたアーティストはラグディールに数週間滞在して、それぞれの分野(文学、詩、音楽、演劇、視覚芸術等)で創作活動を行なう(vol.224参照)。
ラグディール側ではアーティスト達が創作活動に集中できる環境作りを一番の目的にしているが、アーティストはその期間中にでき上がった作品を提出したり、小説や作曲など完成する義務はない。ラグディール側は何一つ代償として(?)受け取るわけではなく、アーティストを育てる手助けをするのである。
それにしても、アート活動はビジネスと必ずしも結びつくとは限らないから、このようなアーティストインレジデンスプログラムの継続は大変なことだと察せられる。
エクゼクティブ ディレクターに昨秋から就任したジェフリー・ミューセン氏(Mr. Jeffrey Meeuwsen。 以下敬称略、ジェフと呼ばせていただく)にお目にかかり、若い視点でとらえた画期的なプログラムなどを伺ってみた。

アーティスト支援を継続させるための新しい取り組み

ジェフが収入内訳のグラフを見せてくれた。ラグディールの収入源の33%は個人からの寄付。募金集めの特別な催しによる収入は20%。ラグディールを結婚式場などとしてレンタルすることで17%。各種団体からの助成金15%。投資収益11%。政府からの奨励金2%。 従って、収入の大半は寄付であり、支持をいま以上に得るにはどうしたらよいだろうか、と新しく就任したジェフはまず考えたという。アーティストインレジデンスプログラムを提供している組織は全米で数ヵ所あり、「ファンド レイジング」とよばれる寄付金集めのイベントも独創的な工夫を凝らしてしばしば大々的に開かれる。 アメリカ人はよく寄付をするが、義理や納得できない基金内容にはお金を出さないというはっきりとした面がある。従って彼等の財布の紐を緩めさせるには、しっかりとした説得力が必要になってくる。

VIP待遇などの特典を付けた会員制度を創設

ジェフは、“INSIDE1260”というプログラムを作り出した。アーティストを手助けする独特なグループで、会員はVIP待遇される。詩の朗読やアーティストインレジデンスのスタジオ訪問、展覧会、パフォーマンス、ファミリープログラム、ツアーやワークショップ参加などの特典があるが、一般の参加者と区別し、特別内覧日が設けられていたり、VIP席が確保してある。年会費は15万円から150万円まで4段階に分かれているが、この金額で分かるように、経済的に余裕のある人々をターゲットとしたプログラムだろう。 ラグディールは非営利団体なので、法律で認められている範囲内で税控除があり、税金をどっさりと国にもっていかれるよりは、まとまった金額を非営利団体に寄付してアートを後援しようじゃないか、と考える富裕階層の人々が決して少なくない。ヨーロッパでも日本でも、アーティスト達にはパトロン(後援者)が必要であったのは歴史に見ることができるが、“INSIDE1260”は、ラグディールが招くアーティストやライターと、社会的な影響力を持っている INSIDE1260会員を結びつけ、さらに一歩踏み込んで、彼等にアートに対する理解と興味を深めてもらおうとする教育的な試みとも言えよう。

海外アーティストと交流できる特別制度も

さらに、ジェフは「異文化のもてなしフェローシップ」(Cross-Cultural Fellowship)を設けた。“あなたの支援がアーティストの人生を変える” とうたったプログラムで、75万円から150万円支払ったINSIDE1260の会員は、海外からのアーティストの後援者として、アーティストがラグディールに滞在中、そのアーティストのスタジオを訪問したり家族ぐるみで食事を共にしたり…、アーティストと親密な付き合いをする。異文化のもてなしフェローシップにより招かれたアーティストは、旅費、材料費、滞在費、食費などがカバーされ、ラグディールに25日間滞在して作品に集中できる。 ジェフは、同プログラムで10人のアーティスト招待を目標にしているが、すでにモロッコはじめさまざまな国から6人招待が決定しているという。

夏には特設舞台でパフォーマンスコンペも

ラグディールハウスがハワード・ショウにより建てられた約100年前、夏にはいつも戸外に作った舞台で家族総出で演劇や詩の朗読を上演したそうだ。そこでジェフは、ショウ家が行なっていた楽しく創造的な“劇場”を再現しようと、「リング・プロジェクト」を立ち上げた。一般公募の中から選抜された建築家(またはデザイナー)は、ラグディールハウスの前庭に一時的な建物を設置する。そこで夏の間に数回パフォーマンス(モダンダンスや現代音楽)や詩の朗読をしよう、という国際コンペティションである。 選抜された建築家には多少の助成金が与えられ、アーティストインレジデンスとしてラグディール敷地内のスタジオに滞在して制作と設置をする。今年の1月に締め切られた国際コンペの“リング・プロジェクト”には、世界中から多数の応募者があり、最終審査で、画期的で最も美しく彫刻的な作品を提案したニューヨーク在住の建築家、ステファン・リーのデザインが選ばれた。筆者が訪れた際には、彼がちょうどニューヨークから到着し、組み立てを開始したばかりであったが、100年前のアイディアをどう現代風に解釈するか、でき上がるのが楽しみだ。 リング・プロジェクトは来年も公募する予定なので、「日本からもぜひ参加して欲しい。」とジェフから一言。


協力:Ragdale Foundation


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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