海外トピックス

2014/11/20

vol.262 改築と景観との密接な関係

壁だけ残して改築中の家。新しくこの家を買った持ち主によって大改築されている。もちろん、まだ買い主は引っ越して来ていない(イリノイ州シカゴ市。以下同)
壁だけ残して改築中の家。新しくこの家を買った持ち主によって大改築されている。もちろん、まだ買い主は引っ越して来ていない(イリノイ州シカゴ市。以下同)
家の裏側では地下室も3階も新たに作られているが、正面と側面の壁だけは残されている
家の裏側では地下室も3階も新たに作られているが、正面と側面の壁だけは残されている
柵が張り巡らされ、工事中の家だが、全体のイメージは以前とそう変わらないようだ
柵が張り巡らされ、工事中の家だが、全体のイメージは以前とそう変わらないようだ
土台と1階の壁などは以前のまま残して、窓は変える様子
土台と1階の壁などは以前のまま残して、窓は変える様子
内部は大改装されている。取り付ける新しい窓が幾つか写真内右側に用意されている
内部は大改装されている。取り付ける新しい窓が幾つか写真内右側に用意されている
古い倉庫が立ち並んでいた工場地帯が最近改築され、デザイン事務所やレストランなどに変わった地域
古い倉庫が立ち並んでいた工場地帯が最近改築され、デザイン事務所やレストランなどに変わった地域

改築中の建物が最近よく目につく。不思議に思うのだが、工事中は業者の車の出入りが多いから、当然「あ、改築しているな」と傍目にも目立つが、完成してしまうと、特に引き立って見えるわけでもなく周囲の景観に溶け込んでしまう。
アメリカ人は個人主義だとか自己主張が強いと思われがちだが、改築に関してはどうもそうとは言いきれない。顕著な例として、外側の壁だけ残して内部のみを改築する場合があり、工事終了後はどう改築されたのか中に入ってみない限りわからない。外側は以前と同じ外観だから落ち着いた印象のままである。せっかく大変な金額をかけて改築するのだから、傍目にみても「新しくしました!」と示したいのではないかと思うが…、しかしどうもそうは考えないらしい。

市場の活性化で、売主の改装ニーズも旺盛に

景気も雇用率も良くなりつつある気配、そして家のローン金利はいまだに低い。この2つの要素から、不動産セールスは好調で、住宅、商業物件共に物件価格は上昇中(Chicago Tribune newspaper 02/20/2014)。
活発な不動産セールスは改築の活性化を呼び起こす、と言うと飛躍するようだが、関連がある。中古物件売買が圧倒的に多いアメリカでは、改築で家の値打ちを上げてから売る場合が多い。数年前の景気低迷期には、改築しても不動産ビジネスが動かない状況だったため、価格を下げなければ売れず、投資として成り立たなかった。また、中古物件を購入してから住み易くしたいと改築をする場合も多いが、改築資金を金融機関から、例えばホームエクィティローンとして借りるとなると負担は肩に重い。
2008年以降人々は家のローン返済だけでアップアップの状態で、雇用率低迷の不安感から誰しもが余分の支出は控え、改築に踏み切らなかった。雇用率の好転とともにようやく改築が盛んに行なわれるようになってきたのである。とは言え、中古物件を買って改築してから転売する業者は以前に比べて少ない。物件価格と売値の価格の差、つまり利益が薄いためビジネスとして成り立たないのだ。改築するのは主に家の持ち主で、建築家か改築専門業者に直接発注する。

地域の住民で構成される審議会が、美観もチェック

この町、この区域に住んでみたい、と思わせる要素のひとつに「景観の良さ」がある。
町の景観というのは、一軒だけの家や店ではなくて、目に入ってくる町全体の印象だろう。こぎれいな商店がほどよいバランスで町なかにあり、並木道が美しく、家がよく手入れされ、大きな木々や花が多い区域。ごみがちらばっておらず、芝生はきれいに苅ってある。そういった区域は落ち着いた外観を保っている。そういうまちなみにするためには、住民ひとりひとりの自覚と責任が要求される。家を改築する際には市に建築家か業者がプランを提出し、審議会を通して市の許可を受けなければならない。審議の内容には安全性や建築基準などがあるが、さらに美観も含まれる。美観について相当厳しい規制のある町もある。
美観というのは主観的でもあると思うが、コミュニティの性格により美観の基準もそれぞれ違うようだ。審議会は区域の住民で組織されているので、例えば保守的な市では審議会のメンバーがそもそも保守的だから保守的な建物は許可されやすく、自己主張の強い建築は拒否されるケースが多くなる。

物件そのものより、ロケーションが価値判断の基準に

外観の良い区域は物件価格が高い。アメリカの不動産ビジネスで「第一にロケーション、第二にロケーション、第三にロケーション」と言われるように、物件それ自体よりも立地、つまりその物件がどんな区域に建っているかという点が最重要である。ある屋敷町では3億円の価値がある建物でも、別の区域、例えば危険が多い区域だと、価値は半分以下に落ちてしまう。そういうところは人々の移動(引っ越し)も激しいから、住みつく住民によってコミュニティ全体も変化してゆく。
自動車産業隆盛期には豪華な中央階段から広間におりる貴族の屋敷のような家が多くあったデトロイト市だが、破産後の今では街灯もつかず荒れ果ててしまった、とデトロイト郊外に住むミシガン州の友人はぼやく。
反対に、くずれかけた空き家が放置されホームレスや麻薬常習者がはびこっていたシカゴのマックスウエルストリート地区はお洒落な大学町に変貌。市と地主であるイリノイ大学による再開発により、この区域の物件は庶民に手が届かない価格となり、当時を知る人々にとっては目を見はる大変化だ。

個性より調和。まちの価値が上がれば家の価値も上がる

町(地域)全体の価値が上がれば、従って家の価値も上がってゆくという図式には説得力がある。改築をすれば100%とはいかないにしても物件の値打は上がる。その区域全体の価値が上がれば、結果として家を売るときに高く売れる。明快である。
町は生き物で、刻々と変貌してゆく。市、州、ひいては国の行政、産業、経済の舵取りで町や区域が変わってゆき、個人の力ではどうにもならない場合も確かにある。しかし、個人個人が改築をする際に、内部はどんなに好きなように改築しても外観は近隣と調和のとれた外観になるよう注意深く考慮すれば、よいコミュにティを保つことができる。
やたら個性的な外観にこだわるよりも、コミュニティ全体の調和を考える気持ちが、常にアメリカ人達に働いているようだ。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com


明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

新着ムック本のご紹介

ハザードマップ活用 基礎知識

不動産会社が知っておくべき ハザードマップ活用 基礎知識
お客さまへの「安心」「安全」の提供に役立てよう! 900円+税(送料サービス)

2020年8月28日の宅建業法改正に合わせ情報を追加
ご購入はこちら
NEW

月刊不動産流通

月刊不動産流通 月刊誌 2024年5月号
住宅確保要配慮者を支援しつつオーナーにも配慮するには?
ご購入はこちら

ピックアップ書籍

ムックハザードマップ活用 基礎知識

自然災害に備え、いま必読の一冊!

価格: 990円(税込み・送料サービス)

お知らせ

2024/4/5

「月刊不動産流通2024年5月号」発売開始!

月刊不動産流通2024年5月号」の発売を開始しました。

さまざまな事情を抱える人々が、安定的な生活を送るために、不動産事業者ができることとはなんでしょうか?今回の特集「『賃貸仲介・管理業の未来』Part 7 住宅弱者を支える 」では、部屋探しのみならず、日々の暮らしの支援まで取り組む事業者を紹介します。