海外トピックス

2015/12/7

vol.287 「家族仲良く」の願いが込められた感謝祭

英国から出航したメイフラワー号は2ヵ月かかってアメリカ東部のプリマスへ錨をおろした(ニューイングランド地方のプリマスに近いメイン州の海)
英国から出航したメイフラワー号は2ヵ月かかってアメリカ東部のプリマスへ錨をおろした(ニューイングランド地方のプリマスに近いメイン州の海)
かぼちゃのスープを料理中(イリノイ州シカゴ市。以下同)
かぼちゃのスープを料理中(イリノイ州シカゴ市。以下同)
10kgの七面鳥が焼き上がった感謝祭の食卓
10kgの七面鳥が焼き上がった感謝祭の食卓
緊張感にあふれる現在、平和と家族や友人達の無事を心から祈って乾杯
緊張感にあふれる現在、平和と家族や友人達の無事を心から祈って乾杯
チベット、タイ、カンボジアなどから移民が続々とやってきているシカゴ市
チベット、タイ、カンボジアなどから移民が続々とやってきているシカゴ市
メキシコやグアテマラ、コロンビアなどからの不法滞在者が多くて(この写真の家族ではない)、彼らを送り返す動きもあり、移民問題は騒然としている
メキシコやグアテマラ、コロンビアなどからの不法滞在者が多くて(この写真の家族ではない)、彼らを送り返す動きもあり、移民問題は騒然としている

 感謝祭 (Thanksgiving Holiday) はアメリカ人にとって大切な祝祭日。普段離れて住む家族が一同に集まり食卓を囲む。定番メニューは詰め物をしてオーブンでローストした10kg前後の七面鳥、マッシュポテトにグレーヴィソース、いんげんキャセロール、さつまいものグラタン、芽キャベツと人参の炒めもの、アップルパイやかぼちゃパイ等、いずれも素朴である。

 家族で食卓を囲み、パレード見物に出かけたり、アメリカンフットボールをTVで見て過ごす。感謝祭メニューを母親が毎年一切合切取り仕切る独裁的な家庭、一皿ずつ持ち寄って食卓を囲む民主的な家庭、早いうちに娘に主導権を譲り渡す摂政型家庭、夫と妻の実家を交代に訪れる折衷型家庭…など、さまざまなタイプがあるが、感謝祭は家族や友人、隣人達をまじえて仲良く楽しい時を過ごす11月の恒例行事。

 しかし、家族に限らず人間関係に争いの種は尽きないようで、感謝祭が始まった当時でさえ先住者と入植者との凄惨な争いが続出、現在に至るまで暗い影を引いている。

初期の入植者の多くは餓死や病死

 感謝祭は、現在では宗教色のない祝日だが、1620年に宗教の自由を求めてイギリスから船出をしたピリグラムファーザーズ(巡礼始祖)100数人がアメリカ大陸に着き、インディアンの助けで生き延びられた事を祝ったのが起源と言われる。徳川家康が1616年に亡くなっていることを思い合わせると、かなり昔の話だ。

 メイフラワー号はニューヨーク・ハドソン河口が目的地だったが、嵐で北のケープコッド近くに辿り着いた。そこは厳しい冬の土地であったが、多くの乗員が病み、船旅は限界に来ていたので、プリモス (Plymouth Colony) で定住を決行した。持ってきた苗や種はアメリカの地に馴染まず、ピリグラム達の半数は餓死や病死したという。

 春になり、近くに住むワンパノアグ族インディアンがピリグラム達のために農耕を指導(英国で奴隷だったインディアンの一人が英語を解し通訳したそうだ)。秋には、インディアンの助けでトウモロコシなど作物の収穫があったので、入植者53人と先住民90人が食事を共にし、収穫を感謝して神に祈った(American Experience: The Pilgrims, www.pbs.org/wgbh/americanexperience/films/pilgrims/)。

増え続ける入植者と対照的に、原住民は激減

 しかしインディアンの土地へ入植した英国人とインディアンとの間は、文化の違いがもとで亀裂が深まってゆく。

 例えば、インディアンには「土地を売り買い」する習慣はない。そして部族ごとに酋長はいても、彼らを統率する大統領とか首長はいなかった。だから英国人がある部族の酋長に土地を売るサインを求め、酋長が書類にサイン(Xマーク)をしても、他の部族の土地まで売るわけではないから、他の部族は納得できるわけがなく争いとなる。

 英国人はウィスキーでインディアンを懐柔したり平和条約を結ぶ一方、力ずくで土地略奪もするようになる。増え続ける入植者達は天然痘などの疫病を持ち込み、免疫力のなかったインディアン達が次々と病死。ニューイングランド地方へ入植した英国人は1640年に約2万人以上、1678年には6万人以上が入植したと言われ、増え続けるイギリス人達とは逆にインディアン人口は激減。ニューイングランド地方総人口の80%が死亡したり、奴隷として売り飛ばされた(https://en.wikipedia.org/wiki/)。

一攫千金狙いの入植者も増え、争いが多発

 入植者同士の争いも激化した。なぜなら最初の入植者ピリグラム達はピューリタニズムから分離した厳格なキリスト教徒達で、新天地で宗教を生き方の楚としたので、例えば学校は聖書を読むために設立された。
ところが、その後の入植者達は新大陸で一攫千金を狙うツワモノや、借金をして船を雇い多くの資源をアメリカ大陸から英国に持ち帰る起業家や投資家が多く、宗教とコミュニテイを優先するピリグラム達とは相入れなくなる。

 周辺のインディアン部族を巻き込み、血みどろの争いは絶える事がなく、「感謝祭」という友好的な集まりはなかったのだが、約200年後の1863年、南北戦争の後、国全体をまとめるためにリンカーン大統領により国民の祝祭日が制定されたのだ。

何のための「感謝祭」か…

 ところで、“感謝”の祭は誰に何を感謝するのだろう?

 遠い昔のインディアンの好意に感謝?

 アメリカ合衆国はメイフラワー号で入植後400年を経て、当時から想像もつかぬ程繁栄してきた。感謝祭の翌朝はショッピングセンターや大手小売り店が大安売りをするのを狙って夜中から行列して開店を待ち、早朝に扉が開くと一斉になだれ込む人々が毎年「ブラックフライデー」としてニュースになる。

 休み明けの月曜日にウェブ通販で購入する人々が多い「サイバーマンデー」も話題を呼び、小売店の年間総売上の半分が感謝祭からクリスマスに集中すると言われるように、商業戦は凄まじい。

 忘れるわけにいかないのは、ニューイングランドアメリカインディアン連合が感謝祭の日を「白人によるインディアンの虐殺と侵略の日」とし、先祖への弔意を表す腕章をつけて抗議のデモを行なっていること(www.uaine.org)。

 アメリカは移民で成り立っている国ゆえに、メキシコ人違法定住者やシリアの難民受け入れ問題が現在苛烈な議論を呼んでいる。オバマ大統領が感謝祭に行ったホワイトハウスからの挨拶の中で、“感謝祭の起源は自由を求めてアメリカにやってきた人々である”と述べ、シリアからの難民受け入れを断固として拒絶する政治家の主張をやんわりとかわしたのが印象的であった。

 移民問題はアメリカを強くもするが、反面、宗教や人種間の亀裂は深く、平和共存は想像もつかないほど難しいのであろう。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

新着ムック本のご紹介

ハザードマップ活用 基礎知識

不動産会社が知っておくべき ハザードマップ活用 基礎知識
お客さまへの「安心」「安全」の提供に役立てよう! 900円+税(送料サービス)

2020年8月28日の宅建業法改正に合わせ情報を追加
ご購入はこちら
NEW

月刊不動産流通

月刊不動産流通 月刊誌 2024年4月号
市場を占う「キーワード」
ご購入はこちら

ピックアップ書籍

ムックハザードマップ活用 基礎知識

自然災害に備え、いま必読の一冊!

価格: 990円(税込み・送料サービス)

お知らせ

2024/3/7

「海外トピックス」を更新しました。

飲食店の食べ残しがSC内の工場で肥料に!【マレーシア】」配信しました。

マレーシアの、持続可能な未来に向けた取り組みを紹介。同国では、新しくビルを建設したり、土地開発をする際には環境に配慮した建築計画が求められます。一方で、既存のショッピングセンターの中でも、太陽光発電やリサイクルセンターを設置し食品ロスの削減や肥料の再生などに注力する取り組みが見られます。今回は、「ワンウタマショッピングセンター」の例を見ていきましょう。