海外トピックス

2016/5/20

vol.298 子供に豊かで奥深い教育を… 「シーズ・プログラム」

アンヌリース校の5年生22人に「藍染」を教えた(カリフォルニア州ラグナビーチ市。以下同)
アンヌリース校の5年生22人に「藍染」を教えた(カリフォルニア州ラグナビーチ市。以下同)
5年生担任のニルチァン先生と生徒達。藍染をした自分の作品を頭にかぶって
5年生担任のニルチァン先生と生徒達。藍染をした自分の作品を頭にかぶって
助手を務めてくれたシーズのディレクター、シェリル(左)と、世話役のジェニファー(右)。二人とも子供達はアンヌリース校に在学中
助手を務めてくれたシーズのディレクター、シェリル(左)と、世話役のジェニファー(右)。二人とも子供達はアンヌリース校に在学中
大人の藍染ワークショップ。バンダナを頭にかぶっている女性がアンヌリース校の校長でシーズ代表役を務めるリサ・シメルフェニッグ氏(中央前列)
大人の藍染ワークショップ。バンダナを頭にかぶっている女性がアンヌリース校の校長でシーズ代表役を務めるリサ・シメルフェニッグ氏(中央前列)
スカラー・イン・レジデンスが泊まる家。アンドレアがボランティアで気持ち良く家を提供してくれている
スカラー・イン・レジデンスが泊まる家。アンドレアがボランティアで気持ち良く家を提供してくれている
海からの潮風とまぶしい陽光…。カリフォルニアの海岸沿いは素晴らしい場所だ。しかし、すべてが高価で、残念ながら誰でもが住めるわけではなさそうであった
海からの潮風とまぶしい陽光…。カリフォルニアの海岸沿いは素晴らしい場所だ。しかし、すべてが高価で、残念ながら誰でもが住めるわけではなさそうであった

 でっかい心を持ち、必要な時はいつでも暖かい支援の手を差し伸べる遠縁の伯母さんを「シーズ(SEEDS)」は連想させる。前回、前々回とアンヌリース校のユニークな教育法についてレポートしたが、シーズはアンヌリース校と周辺のコミュニティに,、豊かでより深く知的な刺激を与える機会を提供することを目的に設立された非営利団体である(SEEDS Arts and Education, Inc.) 

 ちなみにSEEDSの頭文字をとって「S:子供の心を強化」「E:教育の充実」「E:精神を高揚させる」「D:子供の情熱を開発」「S:子供の好奇心をスパーク」と、5本の柱があげられているが、ボランティアベースの小さな団体ではある。

寄付金を募り、全米からアーティストを招聘

 プログラムのひとつに「スカラー・イン・レジデンス」が挙げられる。
1年間に全米から数人のスカラー(学者)を1週間から1ヵ月程度ラグナビーチに招聘。スカラーはそれぞれの分野の専門家であり、自分の専門分野をアンヌリース校の生徒達と分かち合う。滞在中に自分の研究や制作活動をすることが奨励され、そのためにリサ(アンヌリース校長)のアートスタジオが宿泊場所とは別に用意される。講演や講習会も催される。

 シーズはアンヌリース校の現校長であるリサが、子供の成長には芸術(視覚芸術、演劇、音楽)がいかに大切かを重視し創立した団体で、リサが委員長を務めている。また、アンヌリース校の何人かの教師が評議委員を兼ねる。

 シーズの趣旨に賛同する多くのボランティア達がイベント毎に参加、アンヌリース校の父兄が多い。寄付金集めには工夫が凝らされ、例えばロスアンジェルスレストランの有名シェフ何人かを招き料理会を開いたり、ワインティスティングなども行われる。地元の小売店やギャラリーが関わるイベントも多く、コミュニティとしての活動も活発だ。

 こうして集めた寄付金は(いずれも生半可な金額では決してないが)金銭的な援助を必要とする子供達への奨学金や、スカラー・イン・レジデンスの資金となるのである。

授業はアートから環境問題まで

 今回、「スカラー・イン・レジデンス」として招かれたジュディ・クルーガーは、日本画の枠を超えた興味ある技法を生徒達に教えた。ジュディは日本画を学んだあと、得た手法を超えて「エコロジカル・アブストラク・ ペィンティング」を確立した人物だ。

 具体的に言うと、日本画で使う伝統的な顔料に加え、海岸で採取した砂や土、砕いた石や貝殻などを膠で紙に付着させる。伝統的な日本画用の筆を使い、日本画のプロセス通りに膠作りもするが、結果としての作品は花や人物など具体的な画風を思い浮かべると肩透かしをくう。抽象的でモダンアートというか。

 さらに、絵画に使われる顔料を題材に環境問題を取り上げた授業も行い、社会的な責任の重要性を生徒達と論議した(www.judithkruger.com/work#/layers-of-laguna/)。 

 アートとして「砂や土を絵画に」というテーマのプロジェクトに加え、砂や土を使うことから理科の授業とも関連して双方にまたがった授業内容ともなった。

スカラーに選出されるには厳しい審査が

 シーズの「スカラー・イン・レジデンス」プログラムは誰でも申請書類を提出して応募できるが、厳しい審査を通らなければならない。申込者は本人自身について述べるほか、提案するプロジェクトの内容と達成する目的、対象年齢(学年)、レッスンプランの詳細、プロジェクトに必要な設備や材料の明細リスト、そして必要経費(旅費、レンタカー代、食費)などを記した10ぺージにも及ぶ書面を提出する必要がある。さらに専門分野における2名の推薦状が必要だ。

 シーズの委員会で申込者の審査が行なわれ、同時にアンヌリース校の教師達はこのプロジェクトをどう授業に組み入れるか、生徒達にどれだけの利益が得られるか、などが論議される。

 審査を通ったスカラーに対しては、旅費、滞在費、食費などすべての経費と授業料が支払われる。こうしたアンヌリース校の予算や授業枠を超えての特別プログラムを実施するには、学校とは別の組織による支援が必要になる。

藍染に歴史や風呂敷の使い方に子供たちが高い関心

 筆者はアンヌリース校の5年生に対して、4日間授業の一環として「藍染」を教えた。世界の藍染の歴史、日本の社会的な階層によるさまざまな藍染衣服。刺し子や藍染衣類の繰り回し(リサイクル)といった内容だ。
5年生達は建てた藍がめで白い布をそれぞれ3枚ずつ染めた。染め上げたバンダナを頭や首に巻いたり四角い藍染布を風呂敷にしたり…。アメリカではプラスチックバッグやショッピングバッグがいつでもどこでも簡易に使われる。だから布でモノを包む歴史を知らない生徒達だが、さまざな包み方をデモンストレーションし、風呂敷がいかにエコロジカルかという長所も説明したところ、生徒達に風呂敷は新鮮でかっこよい印象を与えた様子だった。

 最終日に生徒達は本や水筒などを包む実演をして、父兄達に発表した。その他。一般の人々向けの藍染講習会もリサのスタジオで行い、学校の教師達も多数参加。初心者にもかかわらず、各自6枚すつ藍染作品を染めあげたのである。彼らの熱意と疲れを知らないエネルギーに圧倒された。

 彼らの体験が種 (=SEEDS) として芽を出し成長し、将来美しい花を咲かせ、さらに種となって増えてゆくことを祈りつつ…、ラグナビーチをあとにした。


Akemi Nakano Cohn
jackemi@rcn.com
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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