海外トピックス

2018/2/6

vol.339 アートを核にしたコミュニティづくり(その1)

シカゴ市にあるリルストリート・アートセンターは地下1階、地上3階建ての工場を改造した建物。天井が高いのでスタジオスペースに最適である(イリノイ州シカゴ市。以下同)

 リルストリート・アートセンターはシカゴでいま人気のスポット。

 陶芸、金工、デジタルと写真、染織、ガラス工芸、絵画、版画の部門を備え、生涯教育を目的とするアートスクールで、クラスに加えて多くのイベントや興味深いプログラムを次々に打ち出して多くの人々を惹きつけている。 

 創始者のロビンス氏(BruceRobbins、Founder & Executive Director)は、暮らしにおける大切な「場」として仕事場と家庭を第一と第二にあげ(どちらを優先するかは人によるが)、第三の「場」としてコミュニティの重要性を説く。そして、リルストリート・アートセンターをそのコミュニティにしたいと願っている。

試験もなく、誰でも受講が可能

廊下にも所狭しと生徒の作品が陳列されている。左は絵画科、右は陶芸科

 リルストリート(以下“アートセンター”は略す)は、学位や単位をとる大学と違って入学試験はなく、年齢は0歳児から上限はない。ちょっと試しにアートの味見をと受講する人から、真剣にアーティストを目指して研鑽する人まで生徒の動機は幅広く、それら多種の望みを受け入れるリルストリート側の器も広くて深い。
 学期は10週間のクラスが基本だが、例えば夏になると、建物の前に屋台を出してアーティストが木工や粘土を使ったアートプロジェクトを指導。アートには無縁、と思い込んでいる通りがかりの人でさえ短時間で楽しいアート体験をし、思い込みは修正される。

陶芸科のスタジオでろくろ回しをデモンストレーションするPatty Kochaver 先生(写真中央)

  また、界隈にはアーティストスタジオが多く、スタジオ巡りが初夏に開催されるが、リルストリートも1階から3階までスタジオを開放して生徒の作品を陳列し、スタジオ巡りの大勢の人々を取り込む。
 見学だけでなく、1時間で小さな作品を仕上げる講習も各スタジオで行なわれ、家族や子供達が無料で参加。リルストリートの存在をさまざまな人達にアピールするよい機会になっている。

カフェでは、生活困窮者に食事を提供

創始者でありエクゼクティブ・ディレクターのブルース・ロビンス氏。リルストリート・アートセンター内にあるファーストスライスパイ・カフェにて。昼食どきは満席になる

 1階にはギャラリーとショップと受付、さらに「ファーストスライスパイ・カフェ」がある。
 この店のケーキとパイは絶品!「ラテンヒップホップサラダ」「ヤギのチーズと野菜ローストのサンドイッチ」「地中海キッシュ」など、魅惑的で美味しいので、リルストリートの生徒だけでなく、ランチを目的にわざわざやってくる人々で昼食時は混み合う。

 カフェのオーナーのメリーエレン・ディエズはフランスで料理を修業後、シカゴの高級レストランでシェフとして働き、その後自分で非営利組織のカフェを立ち上げた。「飢えに苦しむ人々においしい家庭料理を」と、いくつかの機関を通じて食事を寄付。シカゴ市のストリートワイズワークレスキューセンターにも毎週600食を配達し続けている。食事が充分でない青少年やホームレスへも売上金から常時寄付をしている。
 同カフェは毎年春に、飢えに苦しむ人々を助けるエンプティボウルという大きな催しに参加しているが、リルストリートがスポンサーである。http://firstslice.org/first-slice-outreach-program/

選抜されれば、1年間自由に制作活動できるシステムも

陶芸科主任のDave Trost 先生。リルストリートはロビンス氏により43年前に陶芸教室を開いたが、現在は学期に2千人を超える生徒数の学校に成長。トロスト先生は忙しい

 アーティスト・イン・レジデンス・プログラムはリルストリートのユニークな試み。年に1度、応募者の中からアーティストを各部門にひとりずつ選抜し、選ばれたアーティストは提供されたスタジオで1年間自由に制作するというものだ。授業を受け持つ機会もあるし、さまざまなクラスを無料で受講することもできる。

 2017年度染織部門ではレイチェル・ディヴィスが選ばれたが、滞在期間中は染織に限らず、版画や陶芸など好きなクラスを受講。異なる媒体を通して自己の可能性を探っている。レイチェルはアートの栄養をつけ咀嚼する時間を1年間与えられているわけだ。将来どう成長するかはアーティスト次第だが…。
 アーティスト・イン・レジデンスのスタジオは開放され誰でも立ち寄れるので、訪れる人もアーティストも互いに新鮮な刺激を与え合うことになる。

生徒にスタジオを開放。交流の場に

建物内の巨大なガス窯。これから生徒たちの作品を1回目に焼くために高く積み上げている所

 オープンスタジオプログラムは授業以外の決められた時間に生徒がスタジオを使える仕組み。受講時間内に作品が仕上がらず遅れを取り戻したいとか、もっと数多く作品を作りたいとか、のんびり一人で制作したいなど、登録した受講生に限るが、自由にスタジオにやってきて制作ができる。
 リルストリート側では「モニター」というボランティアを置き(モニターは無料で好きなクラスを受講できる)、やかましい音楽やおしゃべりには注意を与え、食べ物でスタジオを汚さないよう、参加者が快適にスペースを共有できるように目を配る。
 授業がない時間、スタジオは空いているのだから生徒が使えれば結構、オープンスタジオのシステムは実際的だ。クラスメート同士誘い合い何人かでやってくる生徒達も多く、コミュニティの雰囲気が漂う。

オープンスタジオとは、授業時間外に生徒がやってきて自由にスタジオで制作に励めるシステム。陶芸科にて

アートを栄養素としてコミュニティが醸成

 このようにリルストリートはアートを中心とした多岐にわたるプログラムが目白押しだ。
 アートを栄養素として、技と心の成長を促進し、さらに発信地であるリルストリートを核としてコミュニティが形成されてゆく。

展覧会「アート・オブ・ザ・キッチン」が開催中のギャラリー。手前はギャラリーショップ。作家たちによるユニークな作品が並ぶ

Akemi Cohn
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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「海外トピックス」を更新しました。

飲食店の食べ残しがSC内の工場で肥料に!【マレーシア】」配信しました。

マレーシアの、持続可能な未来に向けた取り組みを紹介。同国では、新しくビルを建設したり、土地開発をする際には環境に配慮した建築計画が求められます。一方で、既存のショッピングセンターの中でも、太陽光発電やリサイクルセンターを設置し食品ロスの削減や肥料の再生などに注力する取り組みが見られます。今回は、「ワンウタマショッピングセンター」の例を見ていきましょう。