海外トピックス

2018/2/20

vol.340 アートを核にしたコミュニティづくり(その2)

絹地へ直接ペイントしている生徒(イリノイ州シカゴ市。リルストリート・アートセンターにて。以下同)

 リルストリート・アートセンターは美術史志望の若者が43年前に起業し、育ててきたコミュニティである。
 気さくな中年おじさん(失礼)のブルース・ロビンス氏(以下敬称略)から遡ってうら若きニューヨークのコロンビア大学生を想像するのは難しいが…、彼は美術史専攻中にたまたま学んだ陶芸に取り憑かれてしまったのである。
 ブルースは進路を陶芸一本に絞り、土や陶芸素材を売って小遣い稼ぎをし、卒業後家族がいるシカゴに戻ってリル通り(ストリート)にある古い建物を入手。制作と陶芸素材を売る他に陶芸クラスも催し、次第に形ができ上がっていった。
 やがてスタジオが手狭になり、2003年、元工場だった建物を購入して現在のシカゴ市北部に移転した。地下1階、地上3階建てで 3,716平方メートルの広さ。駅から2分、バスも停まる。

陶芸を中心に7講座。仕事帰りの受講生も

手びねり、ろくろ使用、彫刻に主眼を置くなど様々な陶芸プログラムがある。初心者に粘土の使い方を説明しているモリー・ビショップ先生

 7つの部門(陶芸、金工、デジタルと写真、染織、ガラス工芸、絵画、版画)があり、基本教科と特別トピックスを提供、10週間の学期で合計2000人近くの生徒が受講する。
 ブルースの陶芸熱が出発点になったせいか、現在でも陶芸科は群を抜いて大きく、6つか7つの教室と大きな釜を備え、全生徒のうちの3分の1が陶芸科に所属している。ろくろ、手びねり、彫刻と技法別に初心者から上級者のクラスがある。
 この他に「マグカップばかり作る」「夢と神話と物語を粘土に」「陶土で箱のアート」「人形作り」「色鮮やかなタイル作り」等、テーマを絞った楽しいクラスも見受けられ、これらはストレス解消に役立つのか、仕事帰りに通ってくる人が多い。

初心者も自由に制作。作品をネットで販売する人も

釉薬(うわぐすり)をかけ、乾かしてから窯に入れる

 金工科はメタルスミス、ジュエリー、そしてガラス工芸が含まれ、基本から段階を追って技法を学ぶのは他の部門と同じ。10週間の基礎クラスは週1度3時間で、月謝はメタルキット込み約4万円。エナメル技法や木とメタルの組み合わせ、象嵌など専門的なクラスもある。
 ガラスビーズ作りは初心者でも簡単に仕上がるせいか人気があり、色ガラス棒をバーナーで溶かして接合したり、金太郎飴のように合わせてから切断してアクセサリーにしたり、ガラス玉に色ガラスをくっつけたり、巻き込んで焼いたり。
 スタジオは開放されていて、費用を払えば授業外の時間でも溶接機材などが使えるようになっている。
 金属を扱う技法と知識を習得してのち、自分のアイディアを活かしてブローチやイヤリング等を制作、ネット上で売る人も少なくないと聞く。趣味だけにとどめず実用に活かすアメリカ人ならでは。師弟関係も序列もなく動きやすい反面、個人主義を貫くアメリカ社会の厳しい部分もうかがわれる。

ジュエリークラスの入り口横にはショーケースの中にいま人気一番のガラス工芸作品が展示されていて、思わず目を惹きつけられる

生徒制作のスープボールで年1度ボランティアイベント

 リルストリートは多くの非営利団体と手を組んでイベントを企画、ボランティア活動や場所を提供している。
 「エンプティボウル」プロジェクトは食べ物が充分に得られない生活困窮者を助ける全米規模の草の根運動で、年に1度それぞれの地域でアイディアを出し合って行なわれる資金集め。シカゴでは毎年3月9日にリルストリートで催されるが、面白い企画なので紹介しよう。 
 リルストリートの陶芸科教師生徒達でスープボウルを沢山前もって制作する。ファーストスライスパイ・カフェは、おいしく温かいスープを当日用意。趣旨に賛同する参加者は9日にリルストリートへ行って25ドルで券を買う。
 すでに仕上がり並んでいるボウルの中からお気に入りを選び、そのボウルで美味しいスープをいただく。飲んだあと、そのボウルは持ち帰る、という流れ。当日の売り上げ金は生活困窮者への寄付で、すべてボランティア活動。毎年家族連れも大勢参加する楽しいイベントとなっている。

アーティスト・イン・レジデンスのレイチェル。多くの応募者の中から選抜された。1年間スタジオを与えられ、制作に励む

センターを核に立体的に広がる交流の輪

 また、予算を削られてアートの授業がない学校を対象に、アートを生徒達に紹介する「アートリーチ」プログラムもある。
 教師がリルストリートへ学級生徒を引率し、生徒達は各科のクラスやアーティストスタジオを見学。時にはリルのスタジオで実際にアート作りをすることもある。
 リルストリートはセンター自体が「点」で存在するというよりは、立体的で動きがダイナミックだ。石を投じると波紋が周囲に拡がっていくように交流の輪が大きく広がってゆく。
 もちろん、ブルースの信念である「コミュニティづくり」がその「石」であろう。

1階のメインギャラリーとは別の2階のアネックスギャラリー。ややくだけた感じで作品が展示される
1階ギャラリー横のショップ。すべてアーティストによる手作りの作品。リルストリートで教えている教師や生徒の作品も時には展示される

Akemi Cohn
www.akemistudio.com
www.akeminakanocohn.blogspot.com

明美コーン

コーン 明美
横浜生まれ。多摩美術大学デザイン学科卒業。1985年米国へ留学。ルイス・アンド・クラーク・カレッジで美術史・比較文化社会学を学ぶ。 89年クランブルック・アカデミー・オブ・アート(ミシガン州)にてファイバーアート修士課程修了。 Evanston Art Center専任講師およびアーティストとして活躍中。日米で展覧会や受注制作を行なっている。 アメリカの大衆文化と移民問題に特に関心が深い。音楽家の夫と共にシカゴなどでアパート経営もしている。 シカゴ市在住。

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飲食店の食べ残しがSC内の工場で肥料に!【マレーシア】」配信しました。

マレーシアの、持続可能な未来に向けた取り組みを紹介。同国では、新しくビルを建設したり、土地開発をする際には環境に配慮した建築計画が求められます。一方で、既存のショッピングセンターの中でも、太陽光発電やリサイクルセンターを設置し食品ロスの削減や肥料の再生などに注力する取り組みが見られます。今回は、「ワンウタマショッピングセンター」の例を見ていきましょう。