記者の目

2016/8/22

学生の柔軟なアイディアで団地を再生

リノベコンペの最優秀作品を団地の空室で再現

 1960年代半ばに建設ラッシュを迎えた「団地」は、半世紀以上が経過した住宅も多く、時代の移り変わりとともに、ライフスタイルの変化等、多様なニーズに対応することが求められている。そのような環境の中、近年、リフォームやリノベーションによる再生で入居者を獲得しようとする動きが顕著だ。UR賃貸住宅の管理・リノベーションを多く手掛ける日本総合住生活(株)(JS)は2014年より、学生を対象とした「UR賃貸住宅リフォームコンペティション」を開催。最優秀作品のアイディアを住戸リノベーションに反映させている。  実際に施工された住戸を取材した。

学生コンペ最優秀作品「変化する垣根」をもとにリノベーションした住戸。ルーバーを垣根に見立て、緩やかに空間を区切った
学生コンペ最優秀作品「変化する垣根」をもとにリノベーションした住戸。ルーバーを垣根に見立て、緩やかに空間を区切った
ルーバーを開けると居室全体が採光により明るくなる
ルーバーを開けると居室全体が採光により明るくなる
寝室とダイニングスペースのルーバーを閉じた状態。個室感が出る
寝室とダイニングスペースのルーバーを閉じた状態。個室感が出る
ルーバーの操作で、キッチンにいながら家族の気配を感じられる
ルーバーの操作で、キッチンにいながら家族の気配を感じられる
リノベーション前の住戸。右手壁の奥には和室があった
リノベーション前の住戸。右手壁の奥には和室があった

◆若い世代の感性を生かしたい!

 同コンペは、変化するライフスタイルに即した住宅リフォーム・リノベーションの空間デザインについて、若い世代の感性を生かしていこうという考えから始めたもの。14年は日本女子大学の学生を対象に実施、15年は法政大学も加わり、36作品の応募が集まった。

 15年のコンペでは、「同団地内に高齢者世帯である親世帯が居住しており、夫婦共働き、子供1人(小学生)の世帯が暮らす住戸を想定すること」「子供の就寝専用のスペースを必ず作成すること」「コスト、実用面についても配慮すること」などを提案の条件に設定。

 築20年超のUR団地「グリーンハイツ武蔵境通り」(東京都西東京市、管理戸数761戸)の64.44平方メートル(2LDK)の住戸をコンペ(施工)の対象物件とした。「対象住戸は間口が5.3mしかなく、かつバルコニー側に和室付きの間取りだったので、近年のライフスタイルとはズレが生じていたことから、学生さんによるアイディアで新しい生活提案ができればと考えました」(同社総務部次長・田崎滋樹氏)という。

◆古いまち並みからヒントを得て、家の中に「垣根」を実現

 最優秀作品に選ばれ、実際に施工されたのは、日本女子大学修士1年生(受賞当時)の塩澤 瑠璃子さんがデザインした「変化する垣根」。
 住まいの中では、リビングが団らんの場として機能するのが一般的だが、自分の部屋に入ってしまうと団らんは生まれない。そこで、自分の部屋にいながら家族の気配を感じられる空間ができないかと考えた結果、「垣根」という答えにたどり着いた。

 塩澤さんは「垣根」のある日本の古いまち並みが好きで、垣根は他の家との境界であると同時に、「垣根越し」という言葉に象徴される通り、コミュニケーションのとれる緩やかな区切りの役割も果たしている。その垣根をルーバーの形で住まいの中に取り入れることで、団らん空間やプライベート空間、子供の寝室などを緩やかにつなげる空間を生み出せると閃いたのだそう。

 同プランで重要な肝となる「ルーバー」については、モックアップ(実物大の模型)を作成して検討を重ね、「倹飩(けんどん)式」(レールにはめ込むもの)を採用した。2LDKの間取りを1Rに変更し、光を調節できる可動式ルーバーを随所に設置。ルーバーの使い方次第で、子供部屋と夫婦の寝室を緩やかに区切ったり、目いっぱい開放すれば広々とした空間となり、居室全体が採光で明るくなるという仕掛けだ。

 「受賞した塩澤さんは、将来、建築士として住まいづくりの仕事に携わりたいという夢があり、今回の体験が貴重なものになったと話していました。われわれはどうしても『コスト第一』となって視野が狭くなり、斬新なアイディアが生み出せない。一方、学生さんの柔軟な発想力には目を見張るものがあります。採用したルーバーは合板で作成しましたが、もっと軽量で低コストの素材を使用して、商品化していくことも検討しています」(田崎氏)。

 3月に竣工した同住戸は、今後モデルルームとして公開を予定しており、これまでは学校関係者や不動産事業者、マスコミなどが数多く見学に訪れており、公開後はUR都市機構に引き渡しの上、入居者募集を予定している。3回目(16年度)のコンペも開催予定で、今後、作品を募集する予定だという。

◆コンペをきっかけにJSの知名度もUP、人材獲得へ

 学生コンペ開催によって、思いがけない効果ももたらされた。

 「正直なところ、当社の世間における知名度は決して高いとはいえません。実は以前、転職セミナーにブースを出展したことがあるのですが、残念ながら学生さんが集まらず、期待した成果は得られませんでした」と当時を振り返る田崎氏。
 ところが、コンペ開催をきっかけに同社の知名度が少しずつアップし、やる気のある優秀な人材の獲得につながっているのだ。

 就職活動が解禁となった今年3月、日本女子大学で行なった同社の会社説明会には、建築学科80名のうち約半数が参加。大学院は1学年12~13名程度だが、そのうち4名の応募があった。その中には来年度の新入社員として採用が内定した人もいるという。
 「年間の採用目標は約100名、うち3~4割は新卒採用を考えている当社にとって、建築の基礎知識がある人材を確保できるというのは、即戦力となり得る人材を育成するにあたりアドバンテージが高い。大きな市場を相手にするのではなく、建築を学ぶ学生さんに当社のことを個別に伝えていこうと考えています」(同氏)。

◆◆◆

 住生活の経験が少ない学生が、実際に住む人のライフスタイルをイメージし、住む場所を設計するというのは非常に難しいことだ。しかし、知恵を絞り「今後の賃貸住宅はどうあるべきか」について深く考えたコンペでの経験は、彼らの将来に必ずや生かされるはずだ。
 学生の柔軟な発想やアイディアが新商品開発につながり、事業者側にとってのメリットとなるかもしれない。

 「コンペに参加したことを機に、不動産業界への興味を持ってもらえたら」と同氏。そうした若者が不動産業界でイキイキと活躍する姿を見てみたい。(I)

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