記者の目

2017/3/29

ベンチャー企業の成長に寄り添うビル経営

 近年、東京都内に続々と再開発による大型ビルが誕生しているのに加え、多くの大手ディベロッパーが中規模ビル事業に参入、新築の中規模ビルも増えている。それらの新築ビルは耐震性や省エネ性に優れ、既存ビルがいくら耐震性や省エネ性を向上させても、差別化策にはなりにくい。そうした中、都内で9棟のオフィスビルを保有・経営する(株)髙木ビル(東京都港区、代表取締役:髙木邦夫氏)は、ベンチャー企業やスタートアップ企業を誘致し、テナントに寄り添った成長支援策を打ち出すことで、中小規模の既存ビルでも新築に負けない競争力を維持している。

◆テナントの実業への資金投下促す

 ベンチャー企業の成長を国も支援しているが、成長と共に付きまとうのがオフィスの移転。事業を拡大すればオフィスの移転コストも必要になるが、成長著しいベンチャー企業は短期間で拡張移転を繰り返すケースも少なくなく、それだけ移転コストが経営に重くのしかかってくる。ビルオーナーとしてベンチャー企業を支援する取り組みを展開している髙木ビル専務取締役の髙木秀邦氏は「ベンチャー企業の経営者は、事業拡大のビジョンは持っていても、オフィスの拡張移転にまで意外と気が回っていない」と話す。

 同社は、ビルの賃貸を通じたベンチャー企業の成長支援を推進。あるベンチャー企業が髙木ビルの保有物件に入居する際、(株)日本商業不動産保証(東京都港区、代表取締役:豊岡順也氏)が展開している保証金の半額保証サービスを利用したのをきっかけに、ベンチャー企業向けにオフィスを賃貸する髙木ビルと、保証金の半額保証商品を販売する日本商業不動産保証とがタッグを組み、ベンチャー企業支援の仕組みづくりを進めていくことで合意した。その後、第一勧業信用組合や(株)NTTドコモ、(株)E3、弁護士ドットコム(株)など大手企業がこの取り組みに賛同。金融やオフィス環境整備、法務など、ベンチャー企業が成長していく上でのさまざまなサポート体制を整えて2016年5月に「次世代型出世ビルプロジェクト」を発足した。

虎ノ門髙木ビル
同社が保有する「虎ノ門髙木ビル」(東京都港区)

 日本商業不動産保証によると、坪賃料2万円のエリアでオフィスを床面積50坪から100坪に拡張移転しようとすると、原状回復費や移転先内装費、保証金等を合わせて4,200万円以上かかるが、同プロジェクトの支援を受けることで1,500万円近くのコストダウンができるという。

 「貸す側である私たちが移転コストを低減する仕組みを用意し、紹介することで、テナントであるベンチャー企業が資金を事業拡大や人材採用など実業に充てることができます」(髙木氏)。

◆オーナーが設備を保管してリサイクル

 髙木ビルでも、新しい取り組みにチャレンジしている。一般的に、退去時にテナントが廃棄するオフィスのOAタップを、成長移転するベンチャー企業から同社が無償譲渡してもらい保管、次に入るテナント企業に無償で貸与して再利用してもらう「サイクルオフィス」を今年1月からスタートした。

 「例えばOAタップは、製品代や施工費を含めると1本数万円のコストがかかっています。それをまだ使えるのに、退去時に全部外して廃棄料を払ってまで廃棄するのです。ベンチャー企業が順調に成長して、2年で移転したとしたら、そのコストは大きな無駄です。廃品回収業者も保管スペースを確保するコストが必要になることから、対応できないようで、いろいろな無駄があるのです」(髙木氏)。

 居抜きとは違い、一度撤去して保管、原状回復するので、新テナントのオフィスの自由度を狭めることにはならない。また、髙木ビルが保管している設備は無償で貸与するため、施工費こそかかるがトータルでみた場合は新テナントの経済的負担は軽くなる。現在はまだ、コードやパーテーションなど一部の設備だけの対応だが、将来はオフィス家具などにも対応範囲を広げたいという。「テナントは、浮いたコストを受付のデザイン向上などに投下すれば、企業価値向上にもつながります」(同氏)。

サイクルオフィス
前テナントが使った設備を髙木ビルが保管、次のテナントが利用する「サイクルオフィス」のスキームイメージ

◆中小ビルオーナーが連合してサービス向上

 髙木氏は、これらの取り組みについて「オフィスビルを借りる際にはテナントに多額のコストがかかりますが、テナントとビルオーナーがビジネスパートナーとして同じ目線に立ち、工夫すればコストを削減できることをオーナーから提案することが大切」と、テナントの視点に立った取り組みがオーナーには求められると話す。

 課題は、仲介事業者等に向けた同プロジェクトの認知度アップ。オーナーが直付けするケースもあるが、仲介事業者の認知度を高めることで、集客力のアップが見込める。そのため、不動産業界団体での講演や同社が保有するビルで仲介事業者向けの見学会を行なってプロジェクトを紹介するなど、周知活動を続けている。

 髙木ビルが保有する9棟のビルで始まったプロジェクトは、現在都内二十数棟のオーナーが参加。17年度中に100棟にするのが目標だ。「中小ビルオーナーは情報収集や発信が得意ではありません。今後、レンタルオフィスから中規模ビルまでラインアップを充実させることで、このプロジェクトに参加したオーナーが横でつながり、テナント企業の“成長に応じて出世ビルから出世ビルへ”という移転パターンをつくっていきたい。ビルオーナーが違っても、初期審査の結果を継続的に適用できる仕組みなど、さまざまな仕掛けを講じていきます」(同氏)。

◆◆◆

 どうしても資金面やブランド力で大手企業には対抗しづらい中小ビルオーナーが連携することで、テナントへのサービスを充実させ、幅広い面積のオフィスを用意し、企業規模に応じた移転を提案できるのは、集客力に乏しい中小ビルにとっては大きな武器となる。賃貸住宅や大規模オフィスビルなどに比べて遅れていた感もある中小オフィスビルのソフトサービスによる差別化策が今後注目されていきそうだ。(晋)

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