記者の目

2011/9/2

“ユーザー主導”の住まいづくり(後編)

セルフリノベーション編

 前回紹介したように、「ユーザーが主体となって働きかける」という流れは、無視できない潮流だ。セルフリフォーム・リノベーションは、以前は一部の建築関係者やDIY好きのユーザーなどが中心だったが、最近は、未改装の中古住宅や賃貸住宅をユーザー自らカスタマイズするという方法が一般的に見られるようになってきた。  後編は、セルフリノベーションの動向を筆者なりにレポートした。

オリエンタル産業では、自分自身で室内を塗装したいと希望する購入者に対し、ワークショップを開いて塗装するメンバーを募集しているケースもある(写真提供:オリエンタル産業(株))
オリエンタル産業では、自分自身で室内を塗装したいと希望する購入者に対し、ワークショップを開いて塗装するメンバーを募集しているケースもある(写真提供:オリエンタル産業(株))

「見かけ倒しのリノベはいらない」。 セルフリノベーションという選択

 最近、リノベーション業界は好調だ。国のストック重視の流れはもちろん、ユーザーの間でも「築年数が古くても味わいのある物件が良い」や「個性のある住まいで暮らしたい」といったニーズが強まっているためだ。
 リノベーションは、通常、最小限の工費・期間で最大限の価値にすることが求められるが、そのなかで意匠を凝らした物件も増えており、特に、似たような間取りが多くなりがちな賃貸マンションやアパートでは、その新鮮さが若年層を中心に“ウケて”いる。

 ただ、取材で現場を歩いてみると、少ない工費で抑えるために、コンクリートに塗装が直塗りの床などが多く、実際素足で歩いていると体は冷えるし、衝撃も直に感じるため「本当に住むに当たって快適なのだろうか」と疑問に思う物件も…。もちろん、なかには老朽化した物件の定期借家契約で、「いずれ取り壊すのだから」とオーナー・ユーザー双方が割り切っているケースもあるだろう。
 現在は、供給数も少ないため、モノめずらしさで入居者・購入者が一時的に集まるかもしれないが、ストック重視の時代を背景に、リノベーション物件は今後主流になっていくことが考えられ、そうしたなかでは、快適性の追求、例えば健康、環境などに配慮された物件がより増えていくべきとも思う。

 話は戻るが、賃貸住宅では、空室に悩んでいるオーナーほど投資費用がないというケースが多い。不動産管理会社側も為すすべがないと悩んでいるケースがあるだろう。
 そうであれば、最初から入居者によってセルフリノベーションしてもらうというのも選択肢として有効である。実際、戸建てタイプの賃貸で入居者がオーナーに頼み込んで改装、非常にすばらしい物件になったため、現在は別の入居者に以前より高い賃料で貸し出しができているという事例も耳にした。
 入居者もどうせ住むなら中途半端に改装されたものより低費用で自分好みに改装できるほうがいいというケースもあるだろう。また、オーナー側もいつから空き家になっているかもわからないような物件をそのまま活用できるなど、提供者側・居住者側双方にとって「お宝」になる可能性がある。
 ただし、退去時などに入居者とのトラブルが起きないよう注意が必要だ。定期借家契約の採用、造作買取り不可などの特約設定、契約時の重要事項説明など、不動産各社ではさまざまな取組みをしている。

 今後、企業側がユーザーにセルフリノベーションを提案していくには、前回触れた「R不動産toolbox β版」(http://www.r-toolbox.jp/)のように、リノベーションに必要な設備や建材、サービスといった“提案アイテム”を持つ必要性も出てくるだろう。
 東京・神奈川を中心に不動産・建築全般のプロデュースなどを手がけるオリエンタル産業(株)では、10年前からオーストラリアの高級塗料の輸入代理店を務めている。自然素材を使用した同塗料は、その高い安全性や温かみのある風合いが最近のリノベーションユーザー層の趣向とマッチングしているようで人気が高く、同社で仲介した中古物件に施すケースも多い。場合によっては、購入者自らペイントし、自分好みに改装するサポートもしている。引渡し後もペイントのメンテナンスや塗り替えなどをユーザーから持ちかけられることも多く、継続的に関係を持てるのも魅力だ。

セルフリノベの延長? 学生の手を借り再生

 一方、リノベ工費を抑える方法として「学生の協力」も挙げられる。

 近年、各地で築年数の経過した中小ビルの空室率は増加傾向にある。(社)日本ビルヂング協会連合会の「ビル実態調査」によると、全国の小規模ビルの空室率平均は2008年時に10.7%だったのが10年には16.7%にまで上昇。都心部でも同様で、人口の多い東京や神奈川でも築年数が不明なビルが手付かずのまま放置されているケースも多い。

 日本の市町村で人口が最も多い横浜市も路地を一歩入れば、相当築年数が経過した中小ビルが散見される。そういったビルに注目したプロジェクトが、横浜市の「芸術不動産」(運営:アーツコミッション・ヨコハマ)だ。2004年に立ち上がった同プロジェクトは、アーティストやクリエイターの滞在・居住・制作等の場所を創出するため、その趣旨に賛同するオーナーと共同して物件の改修、借り手の公募などを行なうもの。これまでに2物件を再生、現在はアーティストの活躍の場として活用されている。1件目は築約50年、20年以上放置されていた木造2階建ての一軒家。オーナー側は、もちろん改装費用を多くかけられない。そこで手を借りたのが“大学生”であった。費用を安価で抑えられるだけでなく、学生にとってはフィールドワークの良い機会となる。

 大学生との共同によるリノベーションプロジェクトは、賃貸住宅業界のなかでも多く生まれている。「木賃アパート再生ワークショップ」(代表:連 勇太朗氏(慶応義塾大学政策・メディア研究科))もその一つ。09年から始まった大学生を中心とした産学連携の建物再生チームで、発起人は、リノベーションの先駆者である(株)ブルースタジオ・専務取締役の大島芳彦氏だ。
 同プロジェクトは、老朽化や収益性の低下などが問題とされる1960~80年築の木造賃貸アパートを、その価値を生かしながら安価で再生し、情報を発信していくものだが、このほど、(株)エイブルCHINTAIホールディングスとコラボレーションして、東京都調布市の新たなアパート再生に着手した。
 前述したように空室に悩むオーナーほど、予算を割けない、または予算に対してシビアなのが実態。同プロジェクトでは、(1)部分から思考し、モノをつくる、(2)工夫できる仕組みをつくる、(3)継承する素材を探求する、をポイントに、改修コストは一部屋50万円程度に抑えていくことをあらかじめ条件としている。

 入居者自らという訳ではないが、これらの取組みもユーザーによる一種のセルフリノベーションといえるだろう。オーナーにとって、学生や一般人に物件を委ねることは勇気がいることかもしれないが、一つの活路とはなるはずだ。エイブルでは、空室に悩むオーナーに向けて同取組みを積極的に提案していく方針だ。

※※※

 住宅供給過多の今、型通りの住宅は選ばれなくなりつつある。不動産会社には、ユーザーが「自分たちで選べる」のはもちろん、「自分たちでつくれる」という選択肢を備えた住宅やサービス提案といった“発想の転換”が求められていくだろう。それは不動産仲介・管理におけるサービスのあり方にも共通するのではないだろうか。(umi)

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