記者の目 / 開発・分譲

2014/7/28

既存不適格マンションの建て替えに挑む

旭化成不動産レジデンス「シンテンビル建て替え」がこの夏着工

 耐震性に問題がある老朽化マンションの建て替えは喫緊の課題だ。ただ、耐震補強をすれば居住性が著しく損なわれるなど実質的に補強工事が不可能なマンションは多い。余剰容積が大きい、都心“超一等地”といった物件であればいざしらず、経済合理性の問題もあり、ディベロッパーや不動産会社がビジネスとして手掛けるのは現実的ではないともいわれる。  そうした中、旭化成不動産レジデンス(株)は、“既存不適格マンション”の建て替えプロジェクトに挑戦。紆余曲折を経て合意形成し、この夏に着工する。

解体前の「シンテンビル」外観。手前のグレーの部分と奥の白い部分が共に建物の一部。紆余曲折を経て建て替えの合意形成、着工に至った
解体前の「シンテンビル」外観。手前のグレーの部分と奥の白い部分が共に建物の一部。紆余曲折を経て建て替えの合意形成、着工に至った

◆築52年。大幅な容積率オーバー

 同社が挑戦したプロジェクトは「シンテンビル(左門町ハイツ)建て替えプロジェクト」(東京都新宿区)。1962年に竣工。事務所と住宅の複合建物で、554.47平方メートルの敷地に対して、床面積4,068.49平方メートル、専有部分の面積3,214.61平方メートル。しかし容積率は460.82%。現在の容積率では、この建物は建てられない。つまり、大幅な容積率オーバーマンションだったというわけだ。

 悪条件はこれだけではない。鉄骨鉄筋コンクリート造11階建ての建物は、地下1~地上4階を土地所有権者である法人(A社)が区分所有し、5~11階の住戸28戸に27人の区分所有者が地上権を持つ。こうした複雑な権利関係があることから、「シンテンビル(左門町ハイツ)」という表記も、「建物全体は『シンテンビル』、住宅部分は『左門町ハイツ』」という意味だ。しかも建物全体の管理規約はなく、「左門町ハイツ」のみの管理規約があるだけ。容積率オーバーの既存不適格ビルということで、建て替えにより区分所有者への還元面積が小さくなるほか、こうした権利関係の調整、所有者の持ち出し額など、これら合意形成に向けたハードルは担当者が「途中で心が折れそうになりました」と漏らすほどだった。

 では、なぜ合意形成に成功し、着工にこぎつけたのか。プロジェクトを時系列で追いながら、そのポイントについて説明しよう。
 最大のポイントは「所有者間で情報共有をしっかりしていた」こと。区分所有者が法人含めて28人と少人数だったこともあるが、マンション全体の情報共有が上手くいっていたのだ。

◆雨漏り、赤水の常態化、耐震性の著しい低下も住民間で情報共有

 建て替えに向けた準備・検討をはじめたのは2009年。当時、屋上や外壁からの雨漏り、赤水の常態化などに住民は頭を悩ませていた。もちろん耐震性にも不安を抱えていた。また、地上権の存続期間はこの時点であと12年。こうした状況を放置したまま12年という長い期間を過ごし、そのまま地上権を更新するのか、といった問題もあった。「左門町ハイツ管理組合」が、コンサルタントに依頼して簡易耐震診断を行なったところ、耐震性能の指標となるIS値が0.3を下回り、“震度6強の振動・衝撃で倒壊・崩壊の危険性が高い”とされた。こうしたデータを早い段階から入居者間で共有していたことで、建て替えの合意形成成功につながったという。

◆東日本大震災で「倒壊覚悟」

 そうしたデータや、既存不適格であるために建て替え後の専有面積が大きく減少することなども踏まえた議論を行なっていた折、11年3月11日の東日本大震災発生である。ちょうど準備・検討から土地所有者であるA社も交えた建て替えの本格検討に向けて動き出していたタイミングだ。「3月5日に左門町ハイツの区分所有者を対象に再生説明会が開催され、26日にはA社を交えて建替え推進決議を行なう予定でした」(旭化成不動産レジデンス開発営業本部マンション開発第四営業部・今井豊久氏)。

 幸い、居住者にけが人は出なかったものの、丸2日間エレベーターが停止。5~11階にある住宅に住む高齢の住民は買い物に出られず、居住者間で助け合って難を乗り越えた。最初の余震の際には建物倒壊を覚悟した居住者もいたほどだという。結果的に入居者が建て替えの必要性を強烈に実感。そして26日には建替え推進を決議し、同年6月には旭化成不動産レジデンスを事業協力者として選定した。

◆敷地利用権で誤算。経済的条件を見直し

 翌7月には左門町ハイツ管理組合、A社、コンサルタント、旭化成不動産レジデンスで構成する「シンテンビル建替え計画委員会」を設立。具体的な検討に向けて動き始めた。
 大きなポイントとなったのは建て替え後の敷地利用権。左門町ハイツ管理組合は所有権への権利変換を希望していたが、同管理組合にA社は参加しておらず、合意もなされていなかった。事業協力者選定の段階で旭化成不動産レジデンスは所有権に権利調整することを前提として経済的条件の目安を提示していたが、A社から12年3月に「現在と同じく地上権に」との最終回答があり、経済的条件の再構築とそれに基づいた合意形成が必要になった。

 従前の資産評価は、地上権の場合の方が低くなり、住戸を再取得する場合の追加負担額は地上権・所有権ともほぼ同じだが、地上権の場合は地代が発生するため、区分所有者の負担は大きくなる。しかも、建築費の高騰という新たな住民の負担増加要素が出現した。「合意形成に向けたハードルが高くなったということになります」(同氏)。ただ、工事中の地代や契約更改に伴う一時金はA社の協力を取り付け、地代は減額、一時金はなしにできた。

 その後、区分所有者との個別面談を実施。所有権に変換する目論見だったのが、地上権のままということになり、住戸を売却する住民の説得が困難を極めたという。「個別面談を重ねることで、ご理解・ご承諾を得ました。高齢の方が多く、負担を強いることがないような配慮も求められました」(同氏)。

 そうして、13年2月に建替え決議集会が行なわれた。前述したとおり、左門町ハイツにのみ管理組合があり、シンテンビル全体の管理組合がないため、マンション建替え円滑化法は使えない。そこで、区分所有法第34条第5項により区分所有者の5分の1以上、議決権の5分の1以上を有する者が集会を招集した。

 ようやく建替え決議にまでこぎつけた。あとは等価交換・売買契約を締結すれば解体・建築に着手できる。しかし、ここでもまた、難しい問題が出現した。

◆区分所有者の死去により工事が中断

 建替え決議も無事に終わり、いよいよ等価交換および売買契約の締結……となるのだが、またもや難題が降りかかる。予定していた期間中に1戸だけ契約ができなかったのだ。合意形成が取れていなかったのではなく、区分所有者のBさんの判断能力に問題があり、住戸を売却する方向で成年後見人の司法書士と協議していたところ、契約に必要な家庭裁判所の許可が出て数日後にBさんが亡くなってしまった。そこで、法定相続人との間で手続きが必要となるのだが、Bさんの姉も意思能力がなく、成年後見の申し立てを関係者が進めているところだった。

 この時点で、すべての住戸、事務所の内装の撤去は完了している。しかし、この1戸が未契約であるため建物本体の解体に着手できず、工事は止まった。

 そして、Bさんの姉も14年1月初旬に亡くなる。公正証書遺言があることが判明し、遺言執行者の弁護士と旭化成不動産レジデンスが面談して状況を説明。売買契約は相続登記が完了しなければ締結できないため、建物の解体同意書の提出を求めた。相続人の甥と姪からも同意書をもらい、建物本体の解体工事に着手することができた。
 その後、相続登記が5月中旬に完了し、未契約住戸の売買契約も締結。建替え決議から、実に1年以上が経過していた。

◆情報共有と区分所有者の「命を守る」決断

 建て替え後のマンションの概要は延床面積3,560平方メートル(従前4,068平方メートル)、住戸は28戸から36戸に増えた。間取りも3K主体から、1K・1LDK・2LDKになった。竣工は16年を予定している。

 今井氏は、「情報共有がしっかりしていたことに加え、住民のみなさんが厳しい条件でも建て替えを決断したことが大きい。専有面積が少なくなるが、このまま放置すればスラム化し、地震による倒壊の危険もある。区分所有者のみなさんが当事者意識を持ち、自らの命を守り、少しでも資産価値を保つには建替えしかないという決断を下したのが合意形成に成功した一番の要因です」と振り返る。

◆さまざまな問題が凝縮されていたプロジェクト

 既存不適格マンションの建て替えには、さまざまなハードルが立ちふさがっている。再建後の所有面積や区分所有者の費用負担、高齢の区分所有者が多いため、意思能力の確認も早い段階で行なっておくべきだ。今回のプロジェクトは、今後のマンション建て替えにかかわるさまざまな問題が凝縮されていたと言っていいだろう。

 同社の関係者に話を聞くと、「途中、今回のプロジェクトから手を引こうかと考えたこともありました」と打ち明ける。しかし、「区分所有者の建て替えにかける思いに応えなければと思い、当社も覚悟を決めました」と、難しいプロジェクトに挑んだのだという。

 今後、こうした例は多く出てくることが想像できる。建て替え事業を手掛ける事業者は、プロの知恵とノウハウを生かして、区分所有者を支援していただきたい。(晋)

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