記者の目

2016/1/13

続・地方で挑戦!空き物件の再生

中心市街地の雑居ビルをシェアオフィス等にリノベーション

 3年ほど前、当コーナーで「地方で挑戦!空き物件の再生」(前編)(後編)を紹介した。山形市の老舗不動産会社・千歳不動産(株)(代表取締役社長:武田晃士氏)が、東北芸術工科大学准教授・馬場正尊氏((株)オープン・エー代表)が行なっていた「山形R不動産」に参画し、地域の大学生とともに空室のワンルームなどをリノベーションしているという内容だった。  千歳不動産は、その活動を続けて4年半、リノベーション会社「(株)マルアール」を立ち上げ、本格的にリノベーションによるまちづくりを開始した。中心市街地での不動産ストック再生ビジネスに注目が集まる中、同社ではどういった取り組みを進めていくのか。本稿で紹介しよう。

長年空室だったビルを同社で借り上げ、再生していく(写真は2015年7月に行なわれたリノベーションワークショップの様子)<写真提供:(株)マルアール、以下同>
長年空室だったビルを同社で借り上げ、再生していく(写真は2015年7月に行なわれたリノベーションワークショップの様子)<写真提供:(株)マルアール、以下同>
近隣に山形市役所や山形銀行本店があるなど山形市内の中心部に立地。とはいえ、この界隈では近年空きビルなどが増えている
近隣に山形市役所や山形銀行本店があるなど山形市内の中心部に立地。とはいえ、この界隈では近年空きビルなどが増えている
築年数の経過に加え、床面積がやや広いことから、賃料を下げても借り手がつかなかった
築年数の経過に加え、床面積がやや広いことから、賃料を下げても借り手がつかなかった
改装後は、カフェ、イベントスペース、シェアオフィスなどで構成。地元で活躍するクリエイターにも入居してもらい、魅力あるここにしかない場所を創り上げた。マルアールの役員でもある小板橋氏のデザイナー事務所が事務局となって、同ビルのイベント情報など、情報発信も積極的に行なっていく
改装後は、カフェ、イベントスペース、シェアオフィスなどで構成。地元で活躍するクリエイターにも入居してもらい、魅力あるここにしかない場所を創り上げた。マルアールの役員でもある小板橋氏のデザイナー事務所が事務局となって、同ビルのイベント情報など、情報発信も積極的に行なっていく
15年12月には1階のカフェ・イベントスペースがプレオープン。イベントは多くの人で賑わった
15年12月には1階のカフェ・イベントスペースがプレオープン。イベントは多くの人で賑わった

◆リノベーションでエリア活性化へ

 マルアール立ち上げのきっかけは、2014年9月に開催された「山形リノベーションスクール」。同社は「山形R不動産」としてスクールのサポートを行なった。リノベーションスクールとは、スクール受講生等により、まちの遊休不動産の活用方法等をプランニングするもの。「山形リノベーションスクール」において提案された企画を実現させるために、エンジンとなる組織が必要と感じたという。
 また、同スクールを通じて馬場氏のほかに、同じく芸工大教授で、建築家の竹内昌義氏(みかんぐみ共同代表)、山形在住の著名なデザイナー・小板橋 基希氏(アカオニデザイン主宰)といった、リノベーション業界で著名な面々とのつながりができたことから、その人たちの協力を得て、新たにリノベーション事業を展開していきたいと考えた。

 15年6月、千歳不動産が出資してマルアールを発足。「山形R不動産」を担当してきた千歳不動産の常務取締役・水戸靖宏氏が代表取締役に就任した。馬場氏、竹内氏、小板橋氏にも取締役に就任してもらうことで、不動産業と建築業、デザイン業のワンストップ展開を目指す。
 これまでの賃貸住宅はもちろん、オフィスや一般住宅などさまざまな用途に合わせたリノベーションを展開。サブリースも行ない、企画、設計、施工、ブランディング、入居斡旋、運営までワンストップで請け負う体制を築いている。「千歳不動産とは別会社とすることで専門特化した業務を展開できるほか、新規開拓もフットワーク軽くできるようにしました」(水戸氏)。

 また、単なる建物空間のリノベーションだけでなく、新しい暮らし方や働き方を提案し、地域住民の生活、建物、まちの価値を上げていく提案まで行なっていく方針。サブリース物件を用いたコミュニティ拠点の運営やイベントの開催などを展開し、リノベーションによるまちの活性化を目指す。

ここにしかいない「ヒト」が魅力となる場を

 同社の初弾プロジェクトとして、山形市七日町(なのかまち)内の「シネマ通り」に立地する雑居ビルを再生する。七日町は山形銀行の本店があるなど、商店街と繁華街が融合された中心市街地。中でもシネマ通りはその名の通り、かつては映画館が立ち並び、賑わいのある「若者に人気のストリート」だったという。しかし、近年は郊外の商業施設に人が流れ、映画館はすべて閉館。今はその名前だけが残っており、界隈は寂れつつある。

 同エリアの一角に立地する鉄骨造地上4階建て、ワンフロア約80坪で、10年程全フロアが空いていた1961年築のビルを同社で1棟丸ごと借り上げ、「とんがりビル」プロジェクトとしてスタートした。「老朽化が進み、床面積が比較的広いため、賃料を下げてもなかなか借り手が見つからず、オーナーも困っていた物件でした。再生するにしてもオーナーが費用を工面することが難しいため、当社で負担し、サブリースによって費用を回収していく方法を採用しました」(同氏)。

 再生のベースとなったのは、先に述べた「山形リノベーションスクール」で持ち上がった企画内容。「山形は郊外型の商業施設などは揃っており、洋服などは仙台まで買いに行く人が多い土地柄。単純に大型店やインターネットで買える物を販売するだけでは難しい。そこに訪れなければ手に入れることができない何かを用意することが重要と考えました」(同氏)。

 そこで、同物件1階にはカフェ、本屋、イベントスペース、2階を写真スタジオと小板橋氏が主宰するデザイン事務所、3階をシェアオフィス、4階を家具のショールームで構成し、新しいアイディアや文化を発信できる人を集めることで、人々が集まる場の形成を目指すことにした。建築・プランニングは竹内氏と馬場氏、サイン・グラフィック関係は小板橋氏、家具・内装デザインは4階のテナントでもある山形の家具工房「TIMBER COURT」の職人・相田広源氏が担当する。デザイン事務所では、「とんがりビル」についての情報発信も担当する。

 「カフェや本屋、イベントスペースは、地域のコミュニティ拠点としていくほか、山形で開催されているドキュメンタリー映画祭や山形ビエンナーレ、七日町クラフト市などのイベント会場としても活用していくことを考えています。
 また、大学では、学内のイベントを学外の会場でやりたいという意向が強く、これまではなかなか自由に使える空間がなかったそうですが、『とんがりビル』ではそういった需要にも応えていきたいと思います」(同氏)。

 グランドオープンは16年2月の予定だが、15年12月6日に1階カフェのプレオープンイベントを開催。近隣住民など多くの人が集まった。また、イベントスペースでは、グランドオープンに向けて山形ビエンナーレ関係の展示会をスタートし、同物件のPRにもつなげている。

点から面、エリアリノベーションへ

 同社では今後、「とんがりビル」を活動と情報の拠点にして、さまざまな企業や個人を巻き込みながらまちづくりを進めていく方針だ。そして、将来的にはまちに点在する空き物件を埋めて、ネットワークを形成。まち全体をリノベーションしていくことを目指す。「若い人がワクワクできる場所を創り、その取り組み自体を『とんがりビル』から発信していく。それに魅力を感じる人を増やすことで、その周囲の空き店舗をリノベーションしたいという需要が生まれ、それをまたわれわれが提案していくなどして、その輪を広げていきたいと考えています」(同氏)。

 実際に周囲のビルオーナーの中に関心を持つ人も出てきており、面での展開が現実味を帯びているという。「他の古いビルオーナーさんにも『とんがりビル』をモデルルームとしてお見せしながら、再生の提案を進めていきます」(同氏)。
 また、「とんがりビル」の実績を踏まえて、山形市の商工課等から公共不動産の活用の話も持ち上がっている。「まちなかにありながら現状維持のみの状態だった物件も多い。活用しながらその物件やその周囲の文化や歴史的価値を守っていくような取り組みができればと思っています」(同氏)。

 中心市街地におけるストック再生ビジネスは今後不動産会社が担うべき事業として注目が集まっている。さまざまな専門家と密に連携しながら、進めていく同事業は、そういったビジネスモデルの先駆けとして、今後もその動向を注目したい。(umi)

新着ムック本のご紹介

ハザードマップ活用 基礎知識

不動産会社が知っておくべき ハザードマップ活用 基礎知識
お客さまへの「安心」「安全」の提供に役立てよう! 900円+税(送料サービス)

2020年8月28日の宅建業法改正に合わせ情報を追加
ご購入はこちら
NEW

月刊不動産流通

月刊不動産流通 月刊誌 2024年5月号
住宅確保要配慮者を支援しつつオーナーにも配慮するには?
ご購入はこちら

ピックアップ書籍

ムックハザードマップ活用 基礎知識

自然災害に備え、いま必読の一冊!

価格: 990円(税込み・送料サービス)

お知らせ

2024/4/5

「月刊不動産流通2024年5月号」発売開始!

月刊不動産流通2024年5月号」の発売を開始しました。

さまざまな事情を抱える人々が、安定的な生活を送るために、不動産事業者ができることとはなんでしょうか?今回の特集「『賃貸仲介・管理業の未来』Part 7 住宅弱者を支える 」では、部屋探しのみならず、日々の暮らしの支援まで取り組む事業者を紹介します。