記者の目 / 仲介・管理

2017/8/23

既存ストックを保育園に

「企業主導型保育事業」制度を活用

 働き方改革等で仕事と子育ての両立に向けた取り組みは進んでいるものの、保育園不足の影響で、子供を預けることができず就労できない女性は多く存在している。その打開策として2016年4月より政府が始めたのが「企業主導型保育事業」制度。ここでは、地場の不動産会社が同制度を活用し、既存の自社ビル内に保育園をオープンした全国的にもめずらしい事例を紹介したい。

◆事業所内保育施設に、認可並みの補助が

 政府は、待機児童解消加速化プランにもとづく18年度末までの保育の受け皿の整備目標を40万~50万人分としている。それを加速するため始まったのが「企業主導型保育事業」。

 同事業は、事業主が、事業所内に保育施設を設置した場合など、その運営費・整備費について、認可施設並みの助成が受けられるというもの。対象は、厚生年金の適用事業所等で、子供・子育て拠出金を負担していることが条件となる。従業員だけでなく、地域住民の子供の受け入れも可能だ。

 メリットとして、契約面では、就労条件などを満たせば、認可保育園とは異なり自治体の承認は不要であるものの、保育料は認可保育園並みの水準で提供できることがあげられる。延長・夜間、土日の保育、短時間・週2日のみの利用といった、一時的な利用の受け入れも可能であることから、多くの人に訴求しやすいことも利点だ。

「企業主導型保育事業」制度のイメージ<内閣府同事業のチラシより>

◆自社商業施設内に保育園を誘致

 同制度を活用して、自社ビル内に保育園をオープンしたのが、東海エリアを中心に総合不動産業を営む、むさし企業(株)(名古屋市中村区、代表取締役社長:横山篤司氏)だ。同社は6月に、企業主導型保育園「ぬくもりのおうち LDK覚王山」(名古屋市千種区、98.6平方メートル、定員19人)を開設。大阪を中心に保育園事業を展開する(株)S・S・M(大阪市淀川区、代表取締役:上野公嗣氏)に出店してもらう形で、事業をスタートした。

保育園を出店した商業施設(2階)が入る
築26年の下駄ばきマンション

 同保育園は、むさし企業のグループ会社(株)LDKプロジェクトが運営する商業施設「まちのツリーハウス LDK覚王山」(名古屋市千種区)の1区画にオープン。同施設は地域のコミュニティ拠点となることを目指し、14年5月に開設したもの。ブックカフェを中心に、ダンススタジオ、キッズスペース、デイサービスの複数店舗で構成し、「健康」「学び」「癒し」をテーマにしているほか、中心に木のぬくもりのあるカフェを設置することで、多くの利用者を集めるだけでなく、交流促進にもつなげている。また、イベント利用等でカフェを丸ごと貸し切ることができるなどの「場のシェアリング」も展開。そういった取り組みによって、現在、月の来館者数は平均で500人に上る。

「まちのツリーハウス LDK覚王山」の間取り図
<画像提供:(株)LDKプロジェクト>

 周辺が閑静な住宅地ということもあり、同施設利用者の中で一番多いのは周辺に住む子育て女性。子育てしながら上記のシェアリングシステムを活用して、事業に取り組むケースも多数出てきており、「同施設をより一層、子育て女性を支援できる環境に進化させたい」(同社副社長・横山幸子氏)という思いで保育事業の誘致に踏み切った。「企業主導型保育園であれば、既存施設への誘致が比較的容易だと分かり、同制度を活用することになった」(同氏)という。同保育園ではLDKプロジェクトとS・S・Mの従業員が利用できる企業枠のほか、地域住民向けに公開している地域枠も設けている。また、より多くの企業が利用できるよう、法人会員システムも設定。登録企業の従業員は企業枠として、保育料も一般の半額で利用できるようにした。登録企業は同保育園を「自社指定保育園」や「推薦保育園」として扱うことが可能で、採用の際などに告知することができる。

交流スペースとなっている
「まちのツリーハウス LDK覚王山」のカフェスペース

 8月時点では約10人が利用。法人会員として3社が登録している。利用者からは「仕事場に併設したところに子供を預けられてうれしい」「保育園帰りにコミュニティカフェで他のママと交流できることが魅力」「国が示す条件をクリアしていることで安心感がある」といった声が寄せられている。法人会員からも「子育て女性を積極雇用したいが、自社での保育園整備は難しいため、同制度があることがありがたい」といった反響が出ている。
 むさし企業グループでは、同事業での実績を踏まえて、不動産オーナーの保育園開所のコンサルティング等も手掛けているという。

企業主導型保育園「ぬくもりのおうち LDK覚王山」

◆中小ビル等、新たなストック活用手法となるか

 今回紹介した保育園の入ったビルは、もとは1991年築の下駄履きマンションで、商業施設ができるまでは2階店舗部分が空室状態だった。同施設を通じてあらかじめコミュニティ拠点として機能させたうえで、保育園を誘致したことが成功の要因につながっているものの、こういった既存ストックを活用した企業主導型保育事業は、他のエリアでも展開が可能なのではないだろうか。

 地域の企業や保育園運営事業者等と連携を図るなど、従来にはないさまざまなノウハウが求められてくるが、地域社会への貢献や地域住民との交流はもちろん、それを通じた地域顧客の開拓など、地場不動産会社にとって重要な社会的責任や職務にもつなげていけるはずだ。横山氏は「建物を所有している不動産会社だからスムーズに進められたとも言えるが、企業主導型保育事業の取り組みは、不動産業という視点でも、地域社会への貢献という意味でも、大変意義がある」と述べる。
 空きスペースを保育園へ。新たな既存ストック活用方法の一手法として注目できる。(umi)

【関連ニュース】
自社ビル内に企業主導型保育園を開業/むさし企業(株)(2017/6/26)

この記事の用語

下駄ばきマンション

1階や2階を商店や事務所、駐車場にし、それ以上を住宅にしたマンションの俗称。下駄ばき住宅ともいう。おおむね昭和40年代以降登場したもので、住宅部分と比較して面積が異なったり壁量が少なかったりするため(駐車場の場合はとくに顕著)、耐震性には十分な配慮が必要になる。

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