記者の目 / 開発・分譲

2013/5/24

さよなら「同潤会アパート」

最後の生き残り「上野下」建替え、84年の歴史に幕

 日本の近代共同住宅の始祖ともいうべき「同潤会アパート」が、ついにその姿を消すことになった。最後の生き残りだった「上野下アパート」の建替えが決定。6月上旬に取り壊される。防災性の高いコンクリート造の共同住宅というだけでなく、モダンな外観、当時最先端の設備、住民のコミュニティを生む仕掛けなど、現代のマンションに求められる要素を先取りしていた同潤会アパート。その最後の姿をレポートする。

取り壊しを目前にした「同潤会上野下アパート」。さすがに痛みを感じさせるが、独特の存在感があった。前庭の樹木の高さが、建物の歴史を感じさせる
取り壊しを目前にした「同潤会上野下アパート」。さすがに痛みを感じさせるが、独特の存在感があった。前庭の樹木の高さが、建物の歴史を感じさせる
1階から3階までは階段室型、4階部分は内廊下型と構造が異なる。そのため、4階部分は内廊下の幅だけ外に張り出しており、この建物の特長となっている
1階から3階までは階段室型、4階部分は内廊下型と構造が異なる。そのため、4階部分は内廊下の幅だけ外に張り出しており、この建物の特長となっている
階段室は大きな窓から日が降り注ぐ。手すり形状に、昭和モダニズムの影響が見出せる
階段室は大きな窓から日が降り注ぐ。手すり形状に、昭和モダニズムの影響が見出せる
オリジナルの玄関ドアは、木製。居住者がアルミ製に交換している住戸も多かった(玄関ドアの交換は、本来管理組合の許可がいるが、このマンションは管理組合がなかったため、自由に交換できた)
オリジナルの玄関ドアは、木製。居住者がアルミ製に交換している住戸も多かった(玄関ドアの交換は、本来管理組合の許可がいるが、このマンションは管理組合がなかったため、自由に交換できた)
2K住戸の内部。キッチンの一部を除き、ほぼ原形を保っている。天井の低さが気になる以外は、初期の公団団地とほとんど変わらない
2K住戸の内部。キッチンの一部を除き、ほぼ原形を保っている。天井の低さが気になる以外は、初期の公団団地とほとんど変わらない
ダストシュートの投入口
ダストシュートの投入口
ダストシュートに投げ込まれたゴミは、そのまま1階に集まる仕組み
ダストシュートに投げ込まれたゴミは、そのまま1階に集まる仕組み
実質4畳半ほどのワンルームタイプ。これでも、当時の下宿に比べたら、快適性は比較にならなかったのだろう
実質4畳半ほどのワンルームタイプ。これでも、当時の下宿に比べたら、快適性は比較にならなかったのだろう
4階住戸は、トイレやキッチンも共同だった
4階住戸は、トイレやキッチンも共同だった
屋上の共同水場。手前の人砥ぎ流しで洗濯をしたのだろう
屋上の共同水場。手前の人砥ぎ流しで洗濯をしたのだろう
階段室型住戸は、通常横の移動ができないが、屋上部分はすべてつながっており、容易に住民同士の交流が図れた
階段室型住戸は、通常横の移動ができないが、屋上部分はすべてつながっており、容易に住民同士の交流が図れた
竣工時は集会室がなかったが、主婦同士のコミュニティが活発だったため、1階住戸が改造された。受付の文字が右から書きだされている。窓枠がおしゃれだ
竣工時は集会室がなかったが、主婦同士のコミュニティが活発だったため、1階住戸が改造された。受付の文字が右から書きだされている。窓枠がおしゃれだ
「井戸端会議」のたとえ通り、前庭の井戸は住民の憩いの場だった。建て替え後も、防災対策で井戸を残すという
「井戸端会議」のたとえ通り、前庭の井戸は住民の憩いの場だった。建て替え後も、防災対策で井戸を残すという

日本の共同住宅の始祖「同潤会」

 一歩、敷地内に足を踏み入れると、たちまち、昭和初期にタイムスリップした感覚に襲われた。80年余の年輪を刻んだ建物は、その節々が悲鳴をあげ、雑草が至る所に生い茂っていたが、戦前では最先端のモダンなデザインと、最新鋭の設備で、庶民羨望の「アパートライフ」が営まれたそこは、老いさらばえながらなお、強いオーラを放っていた。

 「同潤会」とは、関東大震災の復興事業のため設立した財団法人で、その活動の一環として、地震に強い鉄筋コンクリート造の共同住宅「同潤会アパートメント(現:同潤会アパート)」を1926~34年にかけ16棟建設した。いずれも、当時の日本の住まいの概念を覆す最新鋭の設備と思想が盛り込まれ、のちの公団住宅や民間マンションに多大な影響を与えた。しかし、築後50年を過ぎた昭和後期から老朽化が問題となり、次々と取り壊し、再開発が始まった。そして、最後の生き残りとなったのが、「上野下アパート」だ。

 「上野下アパート」は1929年の竣工で、地上4階建て2棟、総戸数71戸、店舗4区画という規模。東京大空襲の被害も免れた建物は、老朽化と設備の旧式化、地域防災の改善の観点などから、昭和後期より建て替えが継続的に要望されてきたが、戦後の混乱期に居住者へ払い下げられたため権利関係が複雑だったこと、管理組合がなかったこと等から、数度の建替計画が不調に終わっていた。

 そうした中、三菱地所レジデンス(株)が2011年10月事業協力者として認定。計画の具体化、区分所有者の合意形成を行ない、12年4月に建て替え決議が成立、13年5月7日権利変換計画認可も下り、6月上旬の建物解体が決まった。

 そこで同社は、同潤会の果たした歴史的意義を踏まえ、居住者の完全退去が終わったところで、建物閉鎖を前に、報道陣に公開してくれたのだ。

ダストシュートなど最新鋭の設備 コミュニティも重視

 地上4階建ての建物は、3階部分までが内階段を挟んで2戸が向き合う、いわゆる「階段室」タイプで、4階部分だけが内廊下方式になっている。後述するように、部屋タイプが異なるためだが、躯体の途中で構造が分断されている珍しい建物だ。そのため、4階部分が片持ち梁で外にせり出している。耐震強度やコストを考えると、今では実現が難しそうだ。その構造から、各住戸は多面採光が実現しており、かなり快適だったはずだ。

 外壁は、濃茶の洗い出し仕上げと、やはり手が込んでいる。建設当時は、エリアのランドマークだったためか、「上野下アパートメント」という大きなサイン文字が外壁に付いていたようだが、今ではうっすらとした跡が確認できるだけ。バルコニーは存在せず、窓はすべて腰窓だ。

 建物内に入ってみる。すでに、住民が退去した建物は、階段室の電気も点いていなかったが、思いのほか明るい。この建物、通風や採光のための窓や吹き抜けが非常に多いことも特長のひとつ。階段室の窓は、ことのほか大きい。手すりのデザインなどは、和洋折衷の昭和モダンの影響を感じる。1階住戸を改装した集会室の窓枠もしゃれていた。

 住戸は、2タイプ用意されている。まず、4階部分にあるキッチン、トイレが共同のワンルーム。24戸が内廊下に沿い整然と並ぶ。各戸の専有面積は15平方メートルだが、これは登記上の面積。実際は10平方メートル前後だ。収納も1つだけで、いわば独身者向けの下宿部屋のようなものである。

 もう1つは、専有面積約39平方メートルの2K。和室2部屋に水回りという、風呂の有無を除けば、高度経済成長期の公団住宅と何ら変わりがない家族向けの間取り。収納も、部屋の広さにしては十分。キッチンは、現代の感覚ではいかにもチープだが、米櫃までついている。井戸水で人研ぎの流しを共同で使っていた長屋の庶民から見れば、水道をひねれば水が出て、横の配ぜん台で調理までできるキッチンは、腰を抜かすほどの最新機器だったことだろう。和式トイレや4階の共同トイレ、共同キッチンも同様だ。

 オリジナルの玄関ドアは木製だが、階段室には防火扉が備わっている。震災復興住宅だけに、防災には相当気を使ったようだ。びっくりしたのが、家族向け住戸に備わる「ダストシュート」だ。ふたを引き出し、ゴミを入れると、そのまま縦管を通り1階のゴミ捨て場に行くシンプルな構造。ゴミ分別が厳しく、ゴミの量も激増した現代では難しいだろうが、上層階住民にとってはありがたい設備だったであろう。

 さらに、建物内を歩いて驚くのは、戦前生まれにして、すでにコミュニティを意識した作りがなされている点だ。

 当時は洗濯機もなく、バルコニーも無いため、住民は屋上か前庭で洗濯をしていた。そのため、屋上には大きな共同水場と物干しが備わっている。階段室型の団地では、横の移動ができないが、この建物は屋上がすべてつながっており、団地内の横のコミュニティが容易になっていた。屋上にはベンチも備わっていた。前庭には井戸と物干し台。この周りが周辺の子供達にも格好の遊び場だったそうだ。

 集会室も竣工時はなかったが、専業主婦を中心としたコミュニティが活発化したため、1階住戸を改装して新設したという。長屋住まいが当たり前の当時は、近隣同士のコミュニティは自然なもの。この建物もその当たり前を、当たり前に実現したいわば「複層長屋」だったといえる。

複雑な権利関係ひも解き、新たな船出

 「この建物も、完成当時は、専業主婦同士、子供同士のコミュニティがあり、老人の孤独死などありえなかった。建物は消えるが、記憶には残る。三菱地所レジデンスには、このコミュニティを継承した素晴らしいマンションをつくってもらいたい」――上野下アパートマンション建替組合理事長の森瀬光毅氏は、建て替えに向けての思いをこう語る。

 建替計画が進まなかったのは、権利関係の複雑さからだ。戦後、東京都から居住者へと払い下げられた同物件だが、建物登記は居住者ごとになされたものの、土地登記は協和会(住民の自治組織)だったため、権利が均等割りされた。つまり、権利を専有面積で単純案分できなくなってしまったのだ。区分所有法制定以前の共同住宅のため、管理組合が無かったことも、話し合い紛糾に拍車をかけた。

 それが何とか動き出したのは、複雑に絡んだ住民の思いを丹念にほぐしていった三菱地所レジデンスの努力と、世代交代による話し合いのスピードアップ。余剰容積があったため、権利者の負担なく継続居住できたことも大きかった。
 
 建替え後は、地上14階地下1階建て、総戸数128戸(専有面積25~75平方メートル)、店舗4区画に生まれ変わる。制震構造の採用、バリアフリー化、歩道状空地、防災備蓄倉庫や生活水確保のための井戸、炊き出し用かまどベンチなど、防災性向上とコミュニティへの配慮は、同潤会の意思を引き継いだ。建物の意匠も、旧建物をリスペクトした意匠も一部に取り入れる方針だという。

 建物完成は15年夏。権利者65名のうち、55世帯が再び居住し、コミュニティも引き継がれる。“新生上野下アパート”を早く見たいものだ。(J)

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