オーナーズエージェント企画、賃貸マンション「ラ・ステラ」の場合
地元の人が「あそこにだけは住みたくない」という場所に、賃貸住宅を建てなければならないとしたら、皆さんはどうするだろうか?突拍子もない奇抜な手を考えるか、それとも正攻法のマーケティングで斬り込むか。いずれにしろ、おおいに悩むことだろう。そうした難題に果敢にチャレンジしたのが、今回紹介する「ラ・ステラ」(愛知県半田市、総戸数63戸)。奇抜な外観と裏腹に、緻密なマーケティングにもとづき住戸プランを策定。竣工2ヵ月前に満室となった物件だ。
「あそこにだけは住みたくない」 地元住民がささやく建設地
「ラ・ステラ」は、JR武豊線「乙川」駅徒歩1分に立地する、地上6階建て、総戸数63戸の賃貸マンション。建設地は、紡績会社の本社・工場跡地で、今回建物を施工した(株)沢田工務店(愛知県半田市、代表取締役社長:沢田貞雄氏)のクライアントである投資家が取得。同社に賃貸住宅としての運用プランを練るよう求めてきた。そこで、同社は、自社で企画を練るいっぽう、賃貸住宅の総合プロデュースに定評のあるオーナーズエージェント(株)(東京都新宿区、代表取締役社長:藤澤雅義氏)に、マーケティングと建物プラン提案を依頼した。
沢田工務店が、オーナーズエージェントの力を求めてきたのには、理由がある。それは、建設地が地元住民ですら「あそこにだけは住みたくない」とささやき合うほどの場所だったからだ。
半田市は、名古屋中心部まで1時間強を要する郊外都市。名古屋通勤圏としてはギリギリ。JR武豊線は非電化路線で、日中は1時間2本程度しか列車が走っていない。さらに、生活利便施設や教育・行政施設へのアクセスも悪く、なるほど「住みたい」と思える要素がまったくない。
だが、「それを言ったらおしまいよ」である。「勘と経験でやろうとするから無理なのであって、緻密なエリアマーケティングでニーズをはじき出し、それにマッチした住戸プランと家賃設定さえできれば、きっちりと満室になる」と話すのは、オーナーズエージェント・藤澤氏。当初、沢田工務店側が考えていたのは、3LDK・専有面積70平方メートル台が中心のファミリー向け賃貸マンションだったが、オーナーズエージェント側は、このプランを一蹴。周辺エリアのマーケティングを開始し、それにもとづいた住戸構成と、建物プランを提案した。
「エリアマーケティング」でニーズを洗い出す
オーナーズエージェントが基本としているのは、「エリアマーケティングにより、需給ギャップの著しい(需要が供給を大きく上回る)間取りをメインにする」こと。同社の調査により、同エリアでは(1)家族形態は、単身者が3分の1、カップルが3分の1である、(2)2LDKのニーズが44.6%とほぼ半数、1LDKが20.3%で続く、ファミリー向け3DKは5.7%と人気がない(3)供給量が最も多いのは1Kの41.5%、次いで2DKの18.3%、3DKの17.2%。2LDKは5.7%、1LDKも9.8%しか供給されていない、(4)1Kの空室率は14.5%、2DKは23.4%といずれも平均よりも高い、などが分かった。
この結果、ユーザーニーズと供給量の「需給ギャップ」が最も激しかったのは2LDK、これに次ぐのが1LDKで、これらを家族形態の7割弱を占めている「単身者」「カップル」向け企画で作ればいい、との結論が導き出された。沢田工務店の提案は、残念ながらまったく的外れだったわけだ。
ベースとなるマーケティングが終了すれば、あとはメインユーザーにウケる建物の内外装デザイン、そして住戸プランを、限られた建設費の中で実現できればいい。したがって、多少の「冒険」もできるというものだが…。
あまりにも目立つ「正三角柱」の建物
オーナーズエージェントがデザインを担当したその建物は、「冒険」とか「斬新」というには、いささか「行き過ぎ」ともいうべき、すごい形をしている。「正三角形」である。
正確には「正三角柱」。上から見ると、北側が底辺、南側が頂点の正三角形を描き、北・東南・南西がそれぞれ辺となる。各「辺」に当たる部分から建物を眺めると、ごく普通のマンションだが、3ヵ所の角住戸はその角が鋭く尖っており、かつて見たことのない光景である。記者は現地まで車で行ったのだが、辺から頂点、そして辺へと移動しながらの眺めは、摩訶不思議な、錯覚にでも囚われているような感覚であった。藤澤社長の言う「エリアのランドマークになるようなデザイン」という目的は、“200%以上”達成しているといっていいだろう。
内部も、当然「三角だらけ」である。オートロックを抜けると、建物外周に沿って整然と住戸が並び、建物より一回り小さい正三角形を描く内廊下が住戸に沿い走っている。中央の「三角地帯」には、階段室・エレベーターと、三角形の吹き抜けが屋上まで続いている。
逆に、色彩はいたっておとなしいブラウンとオフホワイト基調。建物内部も、オフホワイトで統一されており、居住者が日常的に不安を感じることはないだろう。
ただ、このデザイン案を携え、客づけを依頼する地元賃貸業者を回った際「デザインや住戸の方角に不安を訴える業者が、多数いた」(藤澤社長)というのも、容易に理解できた。奇抜なデザインへの不安はもっともだが、よくある板状型の建物であれば、全室南面プランも可能だし、北面に共用部を寄せた「コの字」型も効率がいい。だが、この三角柱型では、どうしても北面住戸が3分の1出てしまう。
それでも、三角にこだわったのは、「誰も住んでいない家に住んでいる」という居住者心理に訴えるためであり、マーケティングでニーズが読めているからこそ可能な「冒険」でもあったわけだ。
「頂点」の処理にも一工夫
間取りは、マーケティング結果に基づいて、1LDKと2LDKがメイン。専有面積は約29~59平方メートルと、シングル・カップルに特化している。
ワンルームを除いた各住戸は、いずれもLDKと寝室を大きく取り、寝室以外の部屋はあえて小さめ(4~5.2畳)としているのが特徴。「最も滞在時間の長いLDKと寝室の面積を広げたしわ寄せがきているわけですが、その代わり、狭くても日当たりが最も良い場所にすることで、書斎や趣味室に合う部屋としています」(藤澤社長)。専有面積は小さいが、ほとんどの住戸が6m以上とスパンを大きく取っているほか、ユニットバスはファミリー向けの広さ(1416サイズ)、納戸やウォークインクローゼットをふんだんに設けるなど、実質生活スペースにゆとりを感じさせる工夫を凝らしている。また、サッシュはペアガラスを用いるなど、ピンポイントでコストを割いている。
さて注目は、北側の住戸をどう需要喚起するかということと、三角形の「頂点」部分をどう処理しているかということ。三角形の「しわ寄せ」が来る間取りは全部で3タイプ(反転間取り合わせ4プラン)。そのうち2タイプは、頂点部分を納戸もしくはバルコニーに充て、居室はスクエアを確保している。
また、北側住戸のうち2戸は、日当たりをあまり重視しない単身者向けのワンルーム。キッチンを窓側に持っていくことで無駄な廊下を無くし、長辺一杯にとったクローゼットなど収納を充実させ、入居者をきっちり確保した。
だが、藤澤社長をして「この住戸だけは、ふたを開けるまで心配で仕方なかった」という住戸が1タイプ(2プラン)残った。その住戸は、専有面積50平方メートルの1LDK。北面の頂点に接するこの住戸は、角の部分こそバルコニーで吸収したものの、隣の住戸の頂点が部屋を寸断し、LDK、寝室ともに不整形。その2室を扉一枚で結んでいる「奇形」である。
「ですから、本来隣接住戸のバルコニーとすべき部分を取り込み、かつ寝室を狭めることで、バルコニーをさまざまな使い方が提案できる4畳大まで広げました。また、LDKはサッシュ面積を増やし、洗面所も“無駄”に思えるくらい大きくしています。LDKと寝室が完全に分離していること、家賃を抑えたこともうけ、結果的には一番人気でした」(藤澤社長)
マーケティングでも読み切れないのが、消費者心理である…。
空室率2ケタ市場下で、竣工2ヵ月前に満室
入居者募集は、年明けから行なわれた。賃料は、ワンルームの3万7,000円から2LDKの7万4,000円まで。前述した変形住戸を除き、周辺相場を1割以上上回る高値付けだ。にもかかわらず、竣工2ヵ月前にはきっちり満室を確保した。「地元のお医者様とか、上場企業のサラリーマンの方とか、これまで地元賃貸物件が拾い上げることができかったユーザー層が入居している。マーケティングの勝利」と、藤澤社長は自賛する。
同マンションのまさに隣接地で、某賃貸住宅メーカー施工の木造賃貸アパートが入居募集していた。アパートにもかかわらず、広さ・賃料がほぼ同じだという。
「ほとんど同時期に入居者募集を開始しましたが、あちらはまだ入居者ゼロだそうです」――と、沢田工務店の担当者は、嬉しいような悲しいような複雑な表情だった。聞けば、半田市の賃貸空室率は12.4%。どこかが満室になれば、そのしわ寄せは新築物件にさえ襲いかかってくる。賃貸事業に求められるスキルは、どんどん高くなっているようだ。(J)
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