賃貸住宅オーナーの取り組みを探る Part.11
人口減、ストック増加に伴い、空き家率は今や全国平均で13.1%(総務省「平成20年住宅・土地統計調査」)。この“家余り”の時代、賃貸住宅経営はますます難易度を高めている。 今回は、この難しい市場に参入を決めた、あるオーナーの取り組みを紹介する。
■土地を相続。「この土地をどうにかしなければならなくなった」
埼玉県川口市。キューポラのある町の舞台として有名になったこのエリアは、古くからの鋳物産業が盛んなまちとして知られる。都心への交通アクセスも良いことから、マンション等が多数開発されており、新興住宅地としての側面も持つ。
今回ご登場いただくオーナーのS氏は、最近まで父親から引き継いだ鋳物工場を経営していた人物だ。「父親が亡くなったことから工場の土地を兄弟と相続しました。しばらくは鋳物工場を続けていましたが、諸般の事情により工場を閉めたことで、この土地を“どうにかしなければならなくなった”のです」(S氏)。
S氏が相続した工場跡地は、JR「川口」駅徒歩13分、埼玉高速鉄道「川口元郷」駅徒歩10分の住宅街に位置する。面積は約300坪。兄弟で分筆する前は、約700坪のまとまった土地だったという。
近隣では大規模なタワーマンションの建設も進められているが、「『買いたい』というディベロッパーなどからの話はなかったね」とS氏は苦笑する。土地の半分を相続した兄弟は、鉄筋コンクリート造の1LDK~2LDKタイプの賃貸マンションを、営業に来た不動産会社の勧めに応じて早々に建設。賃貸業に一足早く乗り込んだ。しかし、S氏は悩みに悩んだ。
■「止めた方がいい」の大合唱に「売って楽になりたい」とも…
それというのも、賃貸経営の難しさを、そこかしこで耳にしていたからだ。
近所の知り合いの賃貸オーナーからは「家賃の滞納率が高くて困っている」とこぼされた。
銀行からは「賃貸経営はやめた方がいい。どうしてもやるというのなら、土地の一部に建てて他は更地で残しておくこと。万が一の時に売って現金に替えられるから」とアドバイスされた。土地一杯に建てて借金で首が回らなくなり、売るに売れないというケースが多いという説明だったという。
ヒアリングした不動産会社からは「今単身者向けの賃貸は空室が多く、新築以外は値下げ競争の状態」と、これまた厳しいご意見。もっとも、以前単身者向けのアパートで生活したことがあるS氏は、「隣の子のすすり泣く声がまる聞こえのアパートを、自分で建てて、客に貸すことには抵抗がある」ということで、単身者向け物件の経営は、早々に選択肢から消えたという。
そこで、ファミリー向け物件を考えた。事業化に向けて、地方都市の賃貸事情を見学に出掛けたという。ちなみに都市部ではなく、あえて地方に出掛けたのは、ファミリー向け物件が多いだろうということと、これから需要エリアが縮小していくにつれ、数年後、10年後の所有地の状況が今の地方と重なるだろう、という思いからだったようだ。
しかしその見学先で、衝撃の現実を目の当たりにする。駅前すぐからアパートが林立。新築のものこそ入居者がついているようだが、駅から離れるにつれて空室が増えていった。駅から近いものでも修繕がされておらず、廃墟と化した物件が多く見られたという。2都市を回ったというが、状況はどちらも同様であった。「山の方までアパートが立ち並んでいてね。ファミリー向け物件もこの辺りの単身者向け物件と同じ賃料帯で、しかも空室だらけ。まるで使い捨てのような状況に暗澹たる気持ちになった。そしてそうした物件のオーナーも借金して建てているのだろうから、すでに返済が厳しくなっているんだろうな、などいろいろ考えたら、怖くなってしまった」(S氏)。
駐車場経営も、エリアの自動車保有率が低く、幹線道路から一本入った閑静な住宅街に立地することから厳しいと、初めから選択肢になかった。
「夜も眠れないほど悩んでね。売ってラクになりたいとも考えた」(S氏)。
そこまで悩みつつも“売るのは最後の手段”と、ヒアリングに歩いたり、ネットを駆使して情報を集めたり、素人オーナーとしては熱心すぎるほど、情報収集に力を注いだ。
そうして「どこも一緒の規格化住宅では、これからの市場は勝ち抜いていけない」という一つの結論に達した。所有地のエリアに住宅メーカーがこぞって当時としては珍しいテラスハウスを建て始めたのを目にしたが、やはり入れ替えと同時に空室を目にしていたからだ。
■“最悪の事態”も考え、まずは3棟の建築を決断
そんな中、自然素材にこだわった住宅建築で定評のある(株)千葉工務店のサイトに行き着く。早速同社に連絡をとり、建築に向けての姿勢や取り組みを聞いて、その思いに共感。また同社で賃貸物件を建設したオーナーの話を聞いたところ、「アパート、マンションも含め数多くの物件を所有しているが、同社で建てた物件は初期投資こそかかれど、その後のこと(家賃回収、管理、入居者募集)を考えると、もっとも満足している」との話を聞き、同社に依頼し、ファミリー向けの戸建賃貸を3棟建設することを決断した。
慎重なS氏。所有する土地の約3分の1に、3棟の木造2階建て戸建住宅を建設した。「3棟の稼働状況を考えて、その後新たに建設するかどうか考える。うまく行かなければ、売ることもできるしね」(S氏)。いざと言うとき売却しやすいよう、そしてゆくゆくの相続の際にも分けやすいようにと考え、この結論に至ったという。
その3棟だが、実に贅沢。木材部分は合板を使用せず、国産無垢材を100%採用。
内壁は燻煙乾燥のスギとシラス壁。床は同じく燻煙乾燥させた厚さ30mmのスギ板を用い、冬は南側に大きく開口したペアガラスを通して得た熱を厚い床で蓄熱する、パッシブ仕様としている。
南面に設けられたベランダや濡れ縁も木製にこだわった。外壁には黒のガルバリウム鋼板を用いて、シックな雰囲気を演出している。
構造もしっかりした造りで、断熱も屋根と床断熱は140mm、壁断熱は100mmの、いずれもセルロースファイバーを施工。長期優良住宅の認定も取得した。
専有面積は3棟とも85平方メートル前後。間取りは3LDKで、1階にLDKと水回り、2階に3つの洋室を設置。ユニットバスも、賃貸ではほとんど見ない1616サイズを導入と、ファミリー、それも子どもが大きくなってもゆとりを持って生活できるつくりだ。
電気・ガス併用で、キッチンはIH。HEMSも導入した。
何より圧巻は、2帖以上のスペースを確保した玄関土間と、そこに鎮座する薪ストーブだ。
ぱちぱちと薪を燃やすストーブは、部屋を優しく温める。排気管は2階の吹き抜け部分を通過しているため、その温かさは2階にも届く。
「アウトドア好きな方には喜んでいただけるのではないか。また、シックハウス症候群(化学物質過敏症)などを発症している方にも安心して住んでいただけると思う」とS氏は胸を張る。また、自然素材ということで、時間の経過に伴う物件の変化が、“汚れ”ではなく“味”となって加わっていくことも、この物件の魅力だと語った。
現在は外構の工事中だが、建物は竣工。家賃を19万~19万8,000円で募集を開始した。現在、オープンルームを開催中だ。
「所有にこだわらず、あえて賃貸を志向する層は着実に増えている。しかし、ここまで“おごった”賃貸は本当に少ない。この物件の価値を理解し、この住まいを好きになって入居してくれる人がいたら、それこそオーナー冥利に尽きる」とS氏。
優良商品は、その商品価値も長く続く。同物件が、その証明となる事を願いたい。(NO)
※物件の詳細は
千葉工務店ホームページ
http://www.chiba-arc.co.jp/chibaarc2012/Work/lease.html
(株)ジーエー管理サービスホームページ
http://www.ga-kanri.co.jp/new/new_list.html
でご覧いただけます。
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