潜在ニーズを取り込み、高い運用実績を生み出す
20年ほど前まで、賃貸住宅といえば“ペット飼育厳禁”が常識であった。時を経て、現在ではペット飼育を認める物件が徐々に増えてはきているが、それでも飼育が許されるペットは犬がほとんど。猫については許可されない物件も多い。 そんな、賃貸住宅では敬遠される猫の飼育を標準とした賃貸マンションのコンサルを手掛けているのが、(株)クラシヲ(東京都葛飾区、代表取締役:杉浦雅弘氏)だ。自身が保有する物件はこれといってトラブルが発生することなく、満室経営を継続しているという。





◆「需要は絶対にある、トラブル発生リスクも低い」と確信
杉浦氏が猫専用の賃貸住宅の着想を得たのは、独立前の、地場大手管理会社に勤務していた時のこと。
20年間ほど賃貸管理業務の責任者として、管理業におけるさまざまな業務を担当。その中で、ペット飼育を禁止されている物件で、入居者が隠れて飼育しているケースに多数遭遇してきた。
「ペット飼育禁止なのに隠れて飼っている人がいる」「鳴き声がする」といった近隣からのクレームも含めて、ペット飼育に関連するさまざまなトラブルにも対応してきた。しかし、それらはいずれも“犬”の飼育に関してだったという。
「猫については、退去の立ち会いで『飼っていたんだな』と分かることはあったけれども、入居中のクレームというのは遭遇したことがなかった。つまり飼育しても、トラブルが増加するリスクは低いと思ったのです」(杉浦氏)。
そこで、競争力を失った物件の再生策として猫を飼育可とするリノベーション案を、社内の会議で提案。潜在需要が高いこと、住宅に与えるダメージは工夫次第で抑えることができること、鳴き声などの管理上のリスクも低いことなどを、長らく管理の現場を担当してきた実感も含めてプレゼン・提案した。候補となる再生物件もあたりを付け、オーナーの説得も行ない、OKの返事ももらった。しかしそれでも、リスクを恐れる会社の同意を得ることはかなわなかった。そのうちに、オーナーも周囲の人から止めるように説得をされたりして、結局実現できなかったという。
「『本当にニーズはあるのか』『きちんとした管理ができるのか』と問われ、私なりに説得したのですがね…」(同氏)。
それでも猫飼育ができる賃貸住宅の需要はあると信じていた同氏は、自身の読みに間違いがないことを実証したいと考え、2014年に千葉県市川市にある1994年築・全室空室の1棟アパート(約16平方メートル・12戸)を自身で取得。これで、猫専用賃貸物件を実現しようと考えた。
◆猫の生態を学び、基本仕様を決定
まず、猫の生態をきちんと理解するためにキャットシッターの養成学校に通い、また実際にキャットシッターとして活躍する人や獣医師、ペットショップのスタッフに詳しく話を聞き、猫飼育に適した部屋の仕様を研究。外装も含めたフルリノベーションを実施し、14年5月に「necoto」としてオープンした。
居室内は、爪研ぎなどでダメージを受けたとしても、それがクロスまででとどまるよう腰壁までの補強を実施。またボックス家具や物見台の設置により、一日中家の中で過ごす猫が快適に暮らせる、かつその部屋で生活する入居者も快適に生活できるよう改装した。
リノベーション後、周辺家賃より約25%ほど高い賃料設定で募集を行なったが、短期間で満室となり、以来その状態を維持している。
2015年、さらに千葉県市川市に入居者居住中の1棟物件も取得し、空いた部屋から猫飼育に適した部屋へとリノベーションを行なっている。こちらの募集状況も非常に好調だという。
◆基本仕様に特殊・高額な資材は必要なし
こうした実績を伝え聞いたオーナーから、所有する物件を猫飼育可で再生したいという相談が少しずつ舞い込むようになり、実際にコンサルティングも手掛けるようになってきたという。
杉浦氏はこれまでの自身の体験も踏まえ、5つの仕様を「necoto仕様」として、既存物件を猫飼育仕様へと変更する際に導入するよう指南している。
その5つとは、以下のとおり。
・「硬質塩化ビニールシート」の床材
表面がざらついた仕様のものを推奨。傷がつきづらく掃除が楽、原状回復時のコストも安価で済む。
・強化クロス
猫の爪でもひっかかりづらい「強化クロス」の導入で、ダメージが躯体にまで及ぶのを防止する。
・強化網の網戸
換気のためにも網戸は必須。編んだものではなく、パンチングで穴を開けているものを進めている。猫が爪を立てても目が寄ってしまうことがなく、非常に破れにくい。
・網戸のロック金具
猫が網戸を開けて脱走するのを防止する。
・キャットウォークの役割を果たすもの
上下左右の移動ができるもの。棚等の設置でも、その役割を果たす既製品でもOK。なお同氏所有の物件では、ボックス家具を高い所に設置したり、可動の棚板を壁に設置したりしてそれを実現している。「大切なのは壁2面を複数方向に移動できるようにすること」(同氏)だという。
「いずれもペット専用といったものではなく一般品なので、仕様を変えたからといって費用が増すということもありません」(同氏)。ちなみに網戸の開閉ロック金具も、ホームセンターなどで数百円で売られているものだ。
そしてもう一つ大切なことがソフト面の工夫である。しかし、その内容については「そんなに厳しいことは定めていません。絶対に守ってもらいたいこととして、不妊手術を受けさせるということと、毎日トイレを清掃するということは理解していただいています。しかしこれが守られれば、日常管理で他者に迷惑をかけることはないです」(同氏)。
これだけだが、杉浦氏が運営する賃貸物件で、近隣などから猫飼育に関連するクレームを受けたことは、これまで一度もないという。
◆新築物件でも高い競争力を発揮
こうした氏の取り組みの成果を受けて、ミサワホーム(株)が施工している3物件で、同社が推奨する仕様を導入することとなり、春の竣工に向けて工事が進められている。
ロフトや「蔵」(ミサワホームが提唱する収納空間)を設けることで、住まいを3層に仕立て、「猫」にも「人」にも暮らしやすい空間を提案しており、竣工を前に、反響は上々だという。
杉浦氏は、「最近の新築物件は、設備仕様は行き着くところまで行き着いた感がある。結果、立地と賃料の競争になりがちで、それはメーカー、オーナーにとっても非常に苦しい状況につながる。だからこそ、それ以外の競争力を獲得したい。そう考えている方に、一つの選択肢として“猫飼育対応”をおすすめしたいですね」と語った。
単身世帯やDINKSの増加等により、ペットを飼育したいという需要はますます高まっているが、集合住宅ゆえに飼育したくてもできないという人は多く存在している。(一社)ペットフード協会の調査結果でも飼育の阻害要因のトップとして、「集合住宅に住んでいて禁止されているから」の回答がトップとなっている。
賃貸住宅の入居者獲得競争が激化する中、猫飼育希望者に限らず、これまで排除していた層を積極的に取り込むということは、厳しい競争から一歩抜け出すことを意味する。潜在的な、あるいは将来的に需要が高いのはどういう層か、その人たちを獲得するにはどのような策が必要かを考えていくことが、厳しい市場を勝ち抜くための近道なのではないだろうか。(NO)
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