東京から東海道線で約70分にある神奈川県中郡二宮町。相模湾を望むのどかなまちで、まちの有名人として地域おこしに貢献する不動産事業者がいる。同町内で売買・賃貸仲介、管理等を手掛ける(株)太平洋不動産(神奈川県中郡二宮町、代表:宮戸慎一氏)の店長・宮戸 淳氏だ。まちおこしのためにと、自ら「プリンスジュン」に変身。イベント等に登場したり、その様子をブログやSNSで情報発信したりと地域の魅力を発信し、地元への移住促進に一役買っている
◆「二宮町を愛し、愛されるスーパーナルシスト」
「二宮町を心から愛し、愛されるスーパーナルシスト」ことプリンスジュンは、同氏の「本来の姿」(「宮戸 淳」は仮の姿らしい)である。おとぎ話や少女漫画に登場する王子様のような出で立ちと振る舞いで地元のイベント等に颯爽と現れ、その様子をブログやSNSにつづり、二宮町の楽し気な雰囲気を全世界に向けて発信している。
地元の不動産会社の二代目に過ぎなかった宮戸氏が、なぜ「プリンスジュン」に変身したのか。そのきっかけは約8年前にさかのぼる。地元のJR「二宮」駅前の空き店舗をDIYで改装してベーカリーが開業し、その店舗が評判を呼び、他エリアから人を呼び寄せ、地域のにぎわい創出につながった。それまで数字を追う営業スタイルだった同氏だったが、それを見て意識が変わり、不動産を活用して地域のにぎわい創出を目指すようになった。「たった1件のパン屋の開業で二宮に人が集まり、まちの雰囲気も変わりました。自身、二宮のまちは好きでしたが、まだまだこのまちを良くすることができると思ったのです」(宮戸氏)。
◆ブログの発信力を高めるために誕生
「プリンスジュン」の誕生はその2年後。地域情報を発信する同社のブログをリニューアルする際に、より注目を集め情報発信力を強くする方法として、「プリンスジュン」を考えた。「昔から目立つことは好きでしたし、大学の頃からなぜか『プリンス』と呼ばれることが多かったんです。周囲から期待されていたこともあるし、インパクトも十分なので、ブログのリニューアルを機に、自ら『プリンス』に変身しました」(宮戸氏)。
それ以降、プリンスジュンとしてブログやSNSに登場して情報発信し、二宮町の知名度アップとファンづくりにつなげている。「SNSのタイムラインに情報を書き込んでも、時間が経つと流れて行ってしまいますが、ブログはそうではなく、何年も前の記事でも検索ワードに引っかかりさえすればピンポイントでユーザーに情報が届きます。地域の素敵なところの情報を発信するにはブログというメディアが重要です」(同氏)。
プリンスジュンが発信する情報は、地元のイベント、地元の商店・飲食店だけにとどまらず、「海の近くでの生活」も含め、地元で生まれ育ったからこそ感じることをありのままに伝えている。「当社のホームページをリニューアルするためにアクセス分析をしたところ、アクセスが多い物件は『海が身近』だったり『広い庭』といった、二宮ならではの物件情報でした。つまり、この地域に家を求める人は建物のデザインなどではなく、この二宮に住み始めてからどのような生活ができるかを想像し、期待して物件を探しているということ。そうした要望に応えるのが不動産会社の役割です」(宮戸氏)。
◆地域イベントに登場
プリンスジュンとしての活動は情報発信だけではない。マルシェだったり、地域のお祭りだったり、あらゆる地域イベントに登場して地域住民と一緒に楽しみ、周囲の人たちを楽しませることだ。
10月末、筆者が二宮町の広場で行なわれた地域の女性らによるクラフトイベントを訪れるとプリンスジュンがあるブースでサイン会を行なっていた。主催者の女性が「例年は呼ばなくても来てくれていたのですが、今回はブースを作りました」と話す。とはいえ、1ヵ所にとどまっているプリンスではない。会場内を歩くと、周囲から「おお、実物!」とか「ナマのプリンスだ」などの声が上がっていた。
プリンスジュンになってから、美容室はもちろん、脱毛やエステ、ジムに頻繁に通って自分磨きにも余念がない。これにはきっかけがあり、「あるイベントにプリンスジュンが登場した時、子供に呼び止められ、『プリンスなのに白髪がある』と言われてしまった。プリンスジュンとしてこれはいけないと思い、アンチエイジングに取り組んでいます」。その肌つやは良く、髪の毛も黒くつやつやしており、とても筆者と同年代とは思えない。40歳台になってからはクラシックバレエも始め、プリンスとしての動きにキレも出てきている。
◆活動開始以降、町は転入超過基調に
プリンスジュンとしての活動は、不動産業にも良い影響を与えているという。「これまでプリンスジュンとして活動してきて、移住のために二宮で家探しをするお客さまが来店する際、すでに私のことをご存じ。集客への効果というわけではないですが、その分、お客さまとの会話が弾みやすく、どのような暮らしがしたいか、どのような家がいいのか、ニーズを聞きやすくなります」(同氏)。
前述したイベントでプリンスジュンと談笑していた男性に話を聞くと、「移住の時に太平洋不動産にお世話になって以来、友人付き合いをさせてもらってます」と話していた。移住してきた顧客と宮戸氏が友達になることで、顧客も二宮のコミュニティにも溶け込みやすくなる。そうすれば、移住の成功=定住につながるというわけだ。計算でやっているわけではないが、こうした形でも二宮町への移住・定住に貢献しているのも事実だろう。
二宮町の職員も、「町役場に移住相談を寄せる方に話を聞くと、かなり高い割合で太平洋不動産のブログをご覧になっています。プリンスジュンの活動前、二宮町の人口は転出超過で推移していましたが、開始後は転入超過基調に転換しています。町役場としても協力して二宮を盛り上げていきたいですね」(二宮町政策部地域政策課広報統計班長:國分康太氏)と語る。
今では、まちを歩いている最中やお店で酒を楽しんでいる時に「プリンスさん!」と見知らぬ人から声を掛けられるプリンスジュン。「仮の姿」の宮戸氏は「もともと目立つのが好きだったので、いい気持ちですよ」と笑う。
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太平洋不動産のブログを読んでいると、二宮に興味がわいてくる。昨年自宅を購入した筆者は、結局取りやめたが二宮への移住を真剣に考えたぐらいだ。年明けには、プリンスジュンが公式キャラクターとして行なったクラウドファンディングの結実となる壁画アートイベントも開催される。気候も良いので遊びに行こうと思っている。
さて、プリンスジュンの行なっていることは、「地域の魅力発信」というあらゆる地場不動産事業者や行政に求められることで、特別な狙いはまったくない。一風変わってはいるがしっかり実績を挙げている移住促進策として特筆したい。(晋)